この話は、「どうぞよい旅を」を未読の状態で書いているため、そこでのヨザックやコンラッドの様子、話の流れとは全く異なっていると思います。

それでもいい、あるいは「どうぞよい旅を」を未読の方のみ、お読みになって下さい。

 

 

 

 

 

十三歳になろうかという夏の夜、

オレはあいつと出会った。

 

 

0.5+0.5=1

 

 

薄暗い闇の中、オレたちを乗せた船は冷たい夜風を切って走っていた。「シンマ国」とかいう、魔族の国へ向けて。

 眼下には、暗い色をした液体と、そこにぼんやりと揺らめく白光。それがどこまでも続いている。

 

「海、珍しい?」

 背後からかけられた声に、オレはゆるりと顔を上げた。

 振り返れば、自分とほぼ同じ年頃と思われる少年が微笑んで立っている。

 

『残りたい者は残るがいい。だが自分の中のもうひとつの血に生きると決めた者は、我々と一緒に海を越えるがいい』

 

 月光を背にそう言った男が連れていたのが、この十かそこらの少年だった。おそらくあの男の息子だろうと推測している。

とりあえずここは、無難にある程度会話をしておくべきだろう。

「オレはあの村から出られなかったし、その前も寺だか教会だかに預けられていたから」

「そう。初めてなんだ?でも、夜はあまり甲板には居ない方がいいよ。風が冷たい」

「そういうあんたはいいのか?」

「俺はマントがあるから。 あ、マント貸そうか?」

「いや、いい。寒さには慣れてる」

 あの村じゃマントどころか上着さえなかった、とは胸中での付け加えだ。

 今度はこちらから話題を振ってみることにした。情報が多いに越したことはない。

「ダンヒーリー様……だっけ?あんたの親父さん、魔族なのか?」

「いや、人間だよ。母は魔族だけど」

 “親父さん”という部分を否定しない辺り、やはり息子という読みは当たっていたようだ。

 そして、思いがけず新たな事実も得た。

「ってことは、あんた……」

「うん、君と同じ。混血だよ」

「そうか……」

思わず自嘲しそうになり、オレは再び海へと視線を向けた。

泥に汚れた顔、つぎはぎの服、やせ細った身体。血色のいい顔、綺麗で上物の服、健康そうな身体。

同じ混血の子供でも、国が違うだけでこうも変わるものか。どこまでも世界は馬鹿げている。

 

しかも。

考えようによっては、これから自分の向かう国は、そんな風に混血でもまともな生活を送れる場なのかもしれないのだが。

「……」

 オレは無言のまま、同じく隣に並び海を覗き込む奴の横顔を盗み見た。

 相変わらず微笑んだままのそれは、どこか妙に大人びていて。歳相応のものではない。全てを悟りきったとでもいわんばかりの、冷めたもの。

 これから向かうのは、こいつにそんな顔をさせる国なのかもしれないのだ。

「……シンマ国ってのは、やっていける場所なのか?混血みたいな半端者でも」

 問いかければ、相手は視線をこちらに向けずに答えた。

「そうだな……、君がいたあの場所よりはずっとマシだろうけど、差別が無いとは言い切れない……かな」

「ふーん……」

 間違いない。やっぱり世界は馬鹿げている。

 眼下の海とやらは相変わらず暗く、走る船の起こす飛沫や波紋が、海へと真っ直ぐに降り注ぐ月光をグニャグニャに歪ませていた。

 まるで、今のオレの心境を映し出しているかのような光景。

「結局、どこに行っても混血者は、一人の存在としては見てもらえないってワケか」

 半ば自暴自棄に呟いたオレに、何を思ったのか。そいつはふと顔を上げ、こちらを見た。薄茶に銀の虹彩を散らした独特の瞳が、少し輝いて見えたのは気のせいか。

「だったらさ。これから、時間がある時は俺と一緒にいない?」

「はぁ?」

 さっぱり訳がわからず、素っ頓狂な声が出た。けれど相手はそんなオレの様子は気にもとめず。難しい謎かけが分かった奴のような輝いた顔をして、オレの脳には微塵もなかった考えを口にした。

「俺は魔族の血を半分、人間の血を半分持ってる。それは君も同じだ。だったら二人揃えば、魔族としても人間としても一人前になれるんじゃないかな?」

 

 半分と半分をたせば、一つになるんだから。

 

 

 

 

「あれ?ヨザックじゃん」

 自分の名を呼ばれ、意識が現実へと引き戻された。

ここは、血盟城の中庭。太陽が惜しみなく注がれるその場所は相変わらず明るく、吹き抜ける涼やかな風は、自分がもたれかかっている樹の葉をサラサラと鳴らす。

渡り廊下からこちらに降りてきた声の主は、少々怪訝そうな顔をしていた。手にグラブを持っているのを見るに、今からここでキャッチボールでもするのだろうか。

「どーも、坊ちゃん」

「どうしたのヨザック?珍しくぼうっとして」

 単刀直入に斬り込まれ、苦笑する。

「ちょっと、昔のことを思い出していただけですよ」

「昔?」

「オレが初めてこの国に来た頃のことです」

「あぁ……、そっか……」

 詳しくとまではいかなくとも、オレがこの国に来た事情をそれなりに知っている彼は、少し表情を曇らせた。僅かに、手触りの悪い沈黙が降りる。

 

 このままでは悪いと話題の転換を試みようとすると、一足早く彼が顔を上げた。

「そういえば、あんたに話したっけ?おれもさ、魔族と人間のハーフなんだ。……あ、ハーフってのは、混血の人って意味なんだけど」

「ええ、可愛い物好きの閣下から聞いてます」

 突然の話題に少々驚くが、とりあえず相手に態度を合わせる。この人の言動はいつも自分の想像の遥か上をいくので、ここは大人しく様子をみるべきだ。

「そっか。 それでさ、おれ、ちょっと思ったわけ。そういう混血の人ってつまり、どっちも半分半分で、人間としても魔族としても半人前なのかなぁ……って。でもさ」

 オレよりも頭一つ分低い彼が、こちらを見上げて微笑んだ。

「こうやって、半分半分のハーフ同士が一緒にいたら、一人前になれると思わない?」

「え?」

 一瞬、呼吸を忘れた。それぐらいの衝撃があったのだ。

 

『二人揃えば、魔族としても人間としても一人前になれるんじゃないかな?』

 

 言葉を失うオレをどう受け取ったのか。陛下は慌てたように言葉を紡いだ。

「えーっと、だからつまり何が言いたいかっていうと……。あれ?自分でもワケわかんなくなってきたな。要するに元気出せってことを言いたかったんだけど……」

「……名付けの親子ってのも、似るもんなんですかね」

「へ?」

 オレが小さく笑うのと、陛下がキョトンとするのと、あいつの声が聞こえたのは、ほぼ同時だった。

 

「お待たせしました、陛下」

 聞き慣れた声に視線を向ければ、腐れ縁の幼馴染が、ボールとグラブを片手に歩いてくるところだった。やはり、今からここでキャッチボールをするつもりなのだろう。

「別にそんなに待ってないよ。それより何度も言ってるだろ?陛下って呼ぶな、名付け親なんだから」

「そうでした、すみません。ところで、二人して何やってたんです?」

 双黒の主の小さな口が動く前に、オレが割って入る。話題を逸らすなら今しかない。

「聞いてー隊長。グリ江、坊ちゃんから『二人で一つだ』って、くどかれちゃった〜」

「え!?違うだろグリ江ちゃん!?そういう意味じゃないって!」

「そうだぞ、ヨザック。陛下はそんな馬鹿げたことをするほど暇じゃない」

「ひどい言い様―」

 成長したこいつは、笑顔でサラリと毒を吐いてくれるようになった。まったく、素晴らしい成長っぷりだ。

 しかしせっかく逸らした話題も、奴は未だ気になるらしく、また軌道を元に戻した。

「で?本当はどんな話をしていたんです、ユーリ?」

「あ、でも、もしかしたらコンラッドの嫌な話題かもしれない……」

「構いませんよ。俺が自分から教えて欲しいと言っているんですから、お気になさらず」

 奴の爽やか好青年風の笑顔に促されたのか、陛下がこれまでの話を説明する。するとコンラッドは一瞬驚いたように目を見開き、こちらに視線を寄越してきた。オレも軽く肩を竦めてみせる。どうやら相手も、昔のあの遣り取りを覚えていたらしい。

 けれどその視線は、すぐにオレから外された。奴の可愛い名付け子が、不思議そうに呼びかけたからだ。

「ん?どうかした、コンラッド?」

「いえ、何でも。ところでユーリ、俺には言ってくれないんですか、その言葉」

「もちろんあんたともそうだよ!おれとコンラッドで一人前だし……」

 上空から地上を眩しく照らす太陽のように微笑んだ彼は、その笑顔のまま、幼馴染とオレをそれぞれ指差した。

「コンラッドとヨザックでも、二人で一人前だろ?」

「それだけは絶対、御免です」

指を差された二人で即、異口同音。

対する陛下は、

「とか言って、息ピッタリじゃん!」

 と、可笑しそうに笑っていた。

 

 

 

 お互い、昔とは関係も性格も大分変わってしまったけれど。

 それでもこうして、「腐れ縁」という名の縁が続いているのだから、

 悔しいけれどきっと、こいつはオレにとって必要な存在なのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

あとがき

 語呂合わせで、ヨザの日(4月3日)と獅子の日(4月4日)を記念して。

 「天(マ)」を参考にしつつ、幼い頃の二人に初挑戦しました。ヨザックはもっと純粋な子にしてあげたかったなぁ…。でも村での生活を思うとこんな形に。ある意味、二人とも大人びた仕上がりになりました。

今回の話は、「混血の人は一人じゃ半人前だ!」なんてヒドイことを言いたいのではなく。混血の人でも寂しくない考え方ってあるんじゃないかな……ということです。友達でも恋人でも家族でも、一緒にいてくれる誰かがいることって、幸せですよね。

 

 

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