Answer

 

 

「……――報告は、以上です」

「ご苦労。今日はゆっくり休め」

「はーい。そうさせていただきま〜っす」

 報告が終わった途端、ガラリと口調を変える部下に、グウェンダルは軽く息をついた。

 まぁ、この相手はいつもそうなのだが。

「それじゃ、失礼しますね〜、閣下」

 大湯殿にでも行こっかなぁ〜、などと何やら楽しそうにこれからの予定を立てながら扉へと向かう部下を見ると、引き止めるのに少々気が引けたが、どうしても訊いておきたいことがあり、やはりグウェンダルは口を開いた。

「グリエ」

「はい?」

 もう扉の取っ手に手をかけていた部下が、不思議そうに振り返る。

「何ですか?まだ何かありました?」

「実は、お前に少し訊きたいことがある」

「訊きたいこと?」

 おうむ返しに言うと、ヨザックは体の向きを変え、再び執務机の方に戻ってきた。

 こちらが座っているため、青色の瞳に見下ろされる。

「何でしょう?」

「お前は確か、魔剣探索の時に“あれ”と……魔王陛下と初めて会ったのだったな。あれから、陛下とはお会いしたか?」

「いいえ、特には。あの後もあちこち飛び回ってましたから、あれ以来陛下とはお会いしていないですね。……それが何か?」

 問われてグウェンダルは、ほんの少し逡巡した。

 自分は、こんなことを訊いて何がしたいのか。

 けれど、自分の中で整理のつかないこの思いをはっきりとさせるためには、やはりこの部下の言葉が必要に思えた。

 

 決心した彼は、顔を上げると単刀直入に本題に入った。

「お前は、あの王を どう思う?」

「はい?」

 問われたヨザックは、心底不思議そうな顔をした。自分が何故そんなことを訊かれるのか分からないのだろう。

 

『愛国心って、そういうもんでしょう?』

 

 以前、目の前の部下は、グウェンダルを前にして堂々とそう言ってきた。

 自分を食わせてくれるから、国が大事だと。戦うことで報酬を得ているのだから、自分たちはただ、上の指示に従えばいいのだと。

 そう言っていたこの男だからこそ、意見を訊きたかった。

 今の王を――どう思うのか。

 

「これはまた……唐突な質問ですねぇ。一体どうしたんです?」

 お庭番が苦笑混じりに質問で返してきた。すぐには答えず、探りを入れてくる辺りがこの男らしい。もっとも、それぐらい慎重でいてくれなければ、こちらも自分が意見を訊く相手として困るが。

 グウェンダルは軽く息を吐くと、両手を組み、立ったままの部下を見上げた。

「お前ならもう知っているだろうが、私は数日前、“あれ”と一緒にしばらく行動を共にした」

「“あれ”って、陛下のことですか?えぇ、その話なら聞きましたよ。なんでも、駆け落ち者と間違われて、陛下と鎖で繋がれたまま逃げ回ったとか。ほんと、オレも見たかったですよ〜、その光景。いや、それより寧ろ、オレが閣下と駆け落ち……――」

「笑い事ではない」

 ギロ、とねめつけると、相手はすぐに黙る。

 やれやれ、と内心思いはしたが、それでもグウェンダルはこの話題を中断しなかった。自分でも不思議だし多少悔しくさえあるが、こんなことを語れるのは真実この部下ぐらいだから。

「その時に、“あれ”と色々と話をした。……“あれ”は、実に妙な王だ」

 

 臣や民のことばかり気にし、そのくせ自分のことには てんで無頓着。

 しかも、自分のことを平気で「新米」だの「へなちょこ」だのと言う。……まぁ、後者は自分の末弟の発言の影響も少なからずある気がするが。

 

「“あれ”に訊いてみた。富や美食、女は望まないのかと」

「陛下は何て?」

「そんなこと知らなかったと、あっさり返された。それどころか、皆の税金で贅沢三昧するのが王の仕事なのか、それが正しい王の姿だと思っているのかと、逆に尋ね返された」

「あら〜、そうきましたかぁ。やられちゃいましたねぇ、閣下。……ま、あの方らしい発言ですけど」

 何を思い出したのか、可笑しそうに小さく部下が笑う。その顔を珍しいと軽く目を見開いたが、すぐに内心で苦笑する。やけに喋り過ぎている今日の自分だって、充分珍しいではないか。

 グウェンダルは視線を机上に落とし、小さく息を吐く。

「正直、驚かされた。今まで平民から王に選ばれた者はいずれも、贅の限りをつくしていた。そうだろう?」

「確かに、そうだったみたいですね」

「本当に……妙な奴だ」

「でも、閣下はそういうの……嫌いじゃないんでしょう?」

 落とされた言葉に驚いて顔を上げれば、この部下お得意のニヤ、とした笑みを返された。まるで、何もかもを見透かしているとでも言わんばかりの、傲慢さすら感じさせる顔。

 相手に一本とられたような気がして、負けじと睨んで言い返そうとするが、ヨザックが先に動いてしまう。彼は表情を真顔に戻すと、一歩引いて頭を下げた。

「申し訳ありませんが閣下、オレのような一介の兵士が、魔王陛下の批評をするなど、畏れ多くてできそうにありません」

 ですが、と言って、部下は頭だけを上げる。彼独特のオレンジの髪が揺れた。

「もしハッキリとした答えでなくてもいいと仰っていただけるのなら、こう言わせていただきます。……オレは、たぶん閣下と同じ気持ちだと思います」

 そうして顔を上げた部下は、再びニヤ、と笑んだ。

 今度はグウェンダルも、それに対して軽く口の片方を上げて返す。

「そうか、わかった。下がっていいぞ。引き止めてすまなかった」

「いいえ、とんでもない。他でもない閣下のためですから」

 優秀なお庭番はそのまま再度頭を下げると、今度こそ部屋を出て行った。

 

 扉が静かに閉まり、部下の足音が段々と離れていく。

「私と同じ……か。奴も言うもんだな」

 少し毒づいてやるが、自分の判断は正しかったと思う。やはり、あの男に訊いてよかった。

 軽く笑い、席を立つ。背後にあるアーチ型の大きな窓から空を眺めた。

「これから、“あれ”が王としてどんな奇行に走るのか……見ものだな」

 その度にきっと、自分はその後始末に走り回り、頭を悩ませなければならないのだろう。

 そう思うのに、なぜか胸中は、今目に映っている青空のように、妙に晴れ晴れとしていた。

 

 

 

 

 

あとがき

 「これが(マ)」冒頭、ヨザックの独り語りも少し拝借して書きました。

 「今夜(マ)」は、ヨザックは全く出てきませんが、結構好きなんです。この辺りでグウェンダルのことも好きになりましたし、やっぱり有利の持つ影響力って凄いと思いました。たまに“カリスマ持ち”と称されているのを見かけますが、確かにその通りではないかと。

 そうしてグウェンダルにも 有利によって変化が現れたわけですが、彼の場合、初めはそんな自分の変化に戸惑うんじゃないかと思いまして。今更 素直に認めたくない、という。(笑)そこでそれを解決するべく、お庭番を出してみました。

 思えばこの二人のやりとりも結構書いていますね、私。上司と部下という関係性が好きなのがバレバレですな。(笑)

 

 

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