Poster panic !

 

 

都内某所。大通りの脇に、一軒の洋食店がある。

現在の時刻は午前928分。その店の開店時間まではあと約30分で、当然のことながら、店のドアには「準備中」の札が掛かっている。しかしそれにも関わらず、そのドアを勝手に開ける者がいた。
 何と非常識な、と思うかもしれないが、そこは堪えていただきたい。その人物には、ちゃんとした理由があるのだから。

「すみません、どなたか出ていただけますかー」
 ドアを押し開け、店の奥に向かってそう声を張り上げたのは、佐藤美和子警部補。彼女は今、事件の聞き込みの真最中なのだ。

 この近辺で起こった傷害事件の聞き込みを始めたのは、今朝の8時前後。この一帯は、大きな車道を挟んで両側に沢山の店が建ち並んでいるため、当然聞き込みの対象も店の者が多くなる。
 客のいる営業時間中に警察が入っていくと店側にも色々と不都合があるだろう、という配慮から、店への聞き込みは開店前に済ませることとなったのだ。

「あのー、お客様。今はまだ準備中なんですが……」
 少し困ったような表情で、奥から20代前後の女性が出てきた。アルバイトといったところだろうか。
 佐藤は警察手帳を取り出した。

「警察です。お忙しいところすみませんが、昨日この通りで起こった傷害事件について少しお伺……――」
「あーっ!?
 佐藤の口上が終わらぬうちに、相手は驚いた様にこちらを指差し、声を上げた。しかも、どちらかと言えば黄色い声で。
 身に覚えのあるその反応に、佐藤の胸に嫌な予感が走る。
 そんな女刑事のことなど気にも留めず、アルバイトはすぐさま店の奥に向かって叫んだ。
「みんな〜!大変!あの式場のポスターの花嫁が来たわよ〜!!

……予感的中。
 どうせ当たるなら事件に関することの方がいいだけど、などと心中でぼやいてみても、現状変わりしない。
 アルバイトの声に、これまたアルバイトらしき ウェイトレスの女性3人が、店の奥からバタバタとやってきた。
「うっそ、ほんとに?!
「ほんと、ほんと!ほら」
「あー?!ほんとだー!!」
 あっという間に、好奇心で輝く2×4つの瞳に囲まれる。

「あの〜、何のことだか……」
 ひきつった笑いを浮かべながら、佐藤は周囲に気づかれないようにポケットから携帯を取り出した。それを素早く背後に回す。
「え〜、とぼけないで下さいよー。あなた、式場のポスターのモデルの花嫁でしょ?」
「意外です〜。刑事さんにこんな綺麗な人がいただ〜」

「だから、人違いじゃ……」
 どこが綺麗なのよ、とは心中で付け加え、彼女は後ろ手で器用にメールを打ち始めた。相手は、車内にいるはずの相棒。

『予定変更。そのまま車で待機。』

 彼女の今回の相棒・高木は、車内に手帳とペンを落としたという、なんとも脱力する理由で、ただ今店の脇にとめてあるアンフィニ内を捜索中だ。見つかり次第店に追いかけると言っていたが、この状況で彼に来られること程マズイものはない。
 必要最低限の言葉でメールを作成し、最後の送信ボタンに指を掛けた瞬間。


「すみません、佐藤さん!やっと見つかりました〜」

お約束というか、何というか。

ペンの方がなかなか見つからなくて……、などと言いながら、高木が手帳を手にして店に入ってきた。
 対する佐藤は、思わず片手に顔を埋める。
―――この馬鹿!!
 実際のところ、彼はこんな状況になっているなんて知りもしなかったのだから、馬鹿と言ってしまうのは少しかわいそうかもしれないが、何しろ今の佐藤は相手の事をそこまで思いやる余裕など無いに等しい。
 現に、目の前では既に高木がウェイトレス4人組に取り囲まれていた。
「あっ!あなたもポスターの人でしょ?!
「そうそう!“投げられてた人”!」
 “花婿”ではなく?
 何だか佐藤より認識のされ方がひどい気がするのは気のせいか。

「え!?あっ、え〜っと、そのぉ……」
 次々と繰り出される質問攻撃に、たじろぐしかない高木。

見かねた佐藤が諦めたように大きく一つ息を吐いた。そして、そのまま息を吸い込むと。
「あのーーーっ!」
 できるだけ大きな声を出した。高木の周りにいた 瞳キラキラ4人衆が、驚いたようにこちらを向く。
「すみませんが、今は職務中ですので」

硬い声音で佐藤が言うと、彼女たちはようやく大人しくなった。渋々、といった感じではあるが。
 こうして、佐藤はやっと、今回の目的へと移ることができたのだった。
「それじゃあ、昨日店に出ていた人。いたら、お話聞かせていただけます?」

 

 

 

「あ〜、疲れた……」

 アンフィニに乗り込むなり、佐藤は座席シートに背を預け、深々と息を吐いた。

 車内に備え付けられたデジタル時計は951を示している。つまり、20分近く彼女たちに捕まっていたわけだ。

 店の者は皆、事件のことはあまり覚えていないということで、聞き込みは早々と終わったのだが、彼女たちに「あのポスターの二人は刑事だ」などと言いふらされた日には、こっちは仕事上 大損害である。くれぐれも他の人には言わないように、と釘を刺すだけのつもりでさっきのポスターの話に戻れば、あっという間に質問攻めに遭い。愛想笑いと適当な頷きで、やっと開放されたのだった。

 

「すみません、僕も出てこなきゃよかったですね」

 高木も少々の疲労の色を浮かべつつ、助手席に乗り込む。

「まぁ、それは仕方ないけどね。それにしても……まいったわね」

 言って、佐藤はフロントガラス越しに、道路の反対側を恨めしげに見やった。そこには、全ての元凶、刑事二人による式場ポスターが でかでかと貼られている。丁度、今の店の真向かい。これでは、店の者がポスターの二人を知っていて当然だ。

 ちなみに、捜査中のさっきのような騒動は、今日が初めてではなかった。この他にもあと3箇所、都内にはこのポスターが貼られているし、当然 式場のパンフレットにもこの写真は健在だ。このような形で巷に出回って早一ヶ月少々。ただでさえ大き目サイズなのに、花嫁が花婿を投げ飛ばすという特殊な構図は、見る人々に強烈なインパクトを与えているらしかった。

 

「やっぱり式場側に言って、あのポスター剥がしてもらいましょう」

「えっ?!」

 思わず出てしまった本音の声に、高木はしまった、と思う。

 佐藤は驚いたようにこちらを見やった。

「『えっ』って?」

「い、いや……。……あっ!し、式場側は、半年から一年は使いたいって言ってましたから、了解するかな〜って……」

 何とか誤魔化そうと、必死に言葉を紡ぐ。

幸い、佐藤には怪しまれなかったようで、彼女は軽く首をかしげる。

「そうねぇ……。でも、この状況じゃ仕方ないわ。公務に支障が出るって言えば、向こうも従うで……――」

 肩をすくめて言う佐藤の言葉が途中で止まった。彼女の携帯が鳴り出したからだ。ポケットからそれを取り出した佐藤は、液晶で相手を確認する。

「あら、目暮警部だわ。高木君、ちょっと待ってて

 それだけ言うと、彼女は電話の相手と話を始めてしまった。そんな彼女の姿を横目に、高木は再びポスターを見上げる。

 

 本当は、まだこのポスターには存在していて欲しかった。

街で目にするたびに嬉しくなる。こんな日が本当に来るのもそう遠くないのでは、とさえ思えて。それに、これを悔しそうに見ている 白鳥を始めとする佐藤さん親衛部隊のメンバーを見るのが、ちょっとだけ面白かったというのも嘘ではない。

 けれど、佐藤の言はごもっとも。刑事たるもの、あまり世間に顔バレするのは良くないだろう。いや、絶対に良くない。

 とりあえず、剥がされたポスターは一枚ぐらい式場に言ってこっそりもらっておこう……などと、とりとめのないことを考えていると、不意に車外から男の声が耳に滑り込んできた。

 

「綺麗だよなぁ〜、この花嫁」

 見ると、ポスターの前で若い男三人が立ち止まっている。

「だよなぁ。ここに写ってる男って、本当の結婚相手か?」

まっさか〜。こんな美人が、こんなサエない奴を相手にするかよ」

ムカ。

「でも、俺もこんな美人になら、投げ飛ばされてもいいかも」

「あ、わかるー!俺も俺も!」

ムカ、ムカッ!

「こんな女 街で見かけたら、俺、絶対声かける!」

「だな!」

ブチッ!!

 

 

「はい、それでは、また後ほど」

 目暮に手短に近況報告を済ませ、佐藤は電話を切った。そのまま助手席にいる相棒の方に顔を向ける。が、

「高木君、目暮警部が……――」

「佐藤さん!今すぐ!即急に!式場に言って、ポスター剥がしてもらいましょう!!」

「?えっ、ええ……」

 さっきの迷っているような雰囲気はどこへやら。佐藤が頷くのも待たずに、高木は携帯を取り出し電話をかけ始める。

そんな彼の様子を、佐藤は心底不思議そうに見詰めていた。

 

 

 

あとがき

 あちこちで物議を醸していたこのポスター。「顔が世間に広まるのは刑事としてマズないのか!?」と。何を隠そう、私も拝読しながら心中でそうツッこんだ一人でした。(笑)

 でも、原作で出ちゃったからには仕方がない。ならば、その後どうなったのか……?そんなことを考えていたら、こんな話が浮かんじゃいました。(笑)

 そして佐藤刑事には、メールを後ろ手で打つという、早打ち松田刑事も驚くであろう(?)技をやらせてしまいました。実際、できる人はいるらしいですが、ほんとに凄いですよねぇ…。

 

 

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