Poster panic ! 都内某所。大通りの脇に、一軒の洋食店がある。 現在の時刻は午前9時28分。その店の開店時間まではあと約30分で、当然のことながら、店のドアには「準備中」の札が掛かっている。しかしそれにも関わらず、そのドアを勝手に開ける者がいた。 「あのー、お客様。今はまだ準備中なんですが……」 「警察です。お忙しいところすみませんが、昨日この通りで起こった傷害事件について少しお伺……――」 ……予感的中。 「あの〜、何のことだか……」 「だから、人違いじゃ……」
お約束というか、何というか。 ペンの方がなかなか見つからなくて……、などと言いながら、高木が手帳を手にして店に入ってきた。 「え!?あっ、え〜っと、そのぉ……」 見かねた佐藤が諦めたように大きく一つ息を吐いた。そして、そのまま息を吸い込むと。 硬い声音で佐藤が言うと、彼女たちはようやく大人しくなった。渋々、といった感じではあるが。 「あ〜、疲れた……」 アンフィニに乗り込むなり、佐藤は座席シートに背を預け、深々と息を吐いた。 車内に備え付けられたデジタル時計は9:51を示している。つまり、20分近く彼女たちに捕まっていたわけだ。 店の者は皆、事件のことはあまり覚えていないということで、聞き込みは早々と終わったのだが、彼女たちに「あのポスターの二人は刑事だ」などと言いふらされた日には、こっちは仕事上
大損害である。くれぐれも他の人には言わないように、と釘を刺すだけのつもりでさっきのポスターの話に戻れば、あっという間に質問攻めに遭い。愛想笑いと適当な頷きで、やっと開放されたのだった。 「すみません、僕も出てこなきゃよかったですね」 高木も少々の疲労の色を浮かべつつ、助手席に乗り込む。 「まぁ、それは仕方ないけどね。それにしても……まいったわね」 言って、佐藤はフロントガラス越しに、道路の反対側を恨めしげに見やった。そこには、全ての元凶、刑事二人による式場ポスターが でかでかと貼られている。丁度、今の店の真向かい。これでは、店の者がポスターの二人を知っていて当然だ。 ちなみに、捜査中のさっきのような騒動は、今日が初めてではなかった。この他にもあと3箇所、都内にはこのポスターが貼られているし、当然
式場のパンフレットにもこの写真は健在だ。このような形で巷に出回って早一ヶ月少々。ただでさえ大き目サイズなのに、花嫁が花婿を投げ飛ばすという特殊な構図は、見る人々に強烈なインパクトを与えているらしかった。 「やっぱり式場側に言って、あのポスター剥がしてもらいましょう」 「えっ?!」 思わず出てしまった本音の声に、高木はしまった、と思う。 佐藤は驚いたようにこちらを見やった。 「『えっ』って?」 「い、いや……。……あっ!し、式場側は、半年から一年は使いたいって言ってましたから、了解するかな〜って……」 何とか誤魔化そうと、必死に言葉を紡ぐ。 幸い、佐藤には怪しまれなかったようで、彼女は軽く首をかしげる。 「そうねぇ……。でも、この状況じゃ仕方ないわ。公務に支障が出るって言えば、向こうも従うで……――」 肩をすくめて言う佐藤の言葉が途中で止まった。彼女の携帯が鳴り出したからだ。ポケットからそれを取り出した佐藤は、液晶で相手を確認する。 「あら、目暮警部だわ。高木君、ちょっと待ってて」 それだけ言うと、彼女は電話の相手と話を始めてしまった。そんな彼女の姿を横目に、高木は再びポスターを見上げる。 本当は、まだこのポスターには存在していて欲しかった。 街で目にするたびに嬉しくなる。こんな日が本当に来るのもそう遠くないのでは、とさえ思えて。それに、これを悔しそうに見ている
白鳥を始めとする佐藤さん親衛部隊のメンバーを見るのが、ちょっとだけ面白かったというのも嘘ではない。 けれど、佐藤の言はごもっとも。刑事たるもの、あまり世間に顔バレするのは良くないだろう。いや、絶対に良くない。 とりあえず、剥がされたポスターは一枚ぐらい式場に言ってこっそりもらっておこう……などと、とりとめのないことを考えていると、不意に車外から男の声が耳に滑り込んできた。 「綺麗だよなぁ〜、この花嫁」 見ると、ポスターの前で若い男三人が立ち止まっている。 「だよなぁ。ここに写ってる男って、本当の結婚相手か?」 「まっさか〜。こんな美人が、こんなサエない奴を相手にするかよ」 ムカ。 「でも、俺もこんな美人になら、投げ飛ばされてもいいかも」 「あ、わかるー!俺も俺も!」 ムカ、ムカッ! 「こんな女 街で見かけたら、俺、絶対声かける!」 「だな!」 ブチッ!! 「はい、それでは、また後ほど」 目暮に手短に近況報告を済ませ、佐藤は電話を切った。そのまま助手席にいる相棒の方に顔を向ける。が、 「高木君、目暮警部が……――」 「佐藤さんっ!今すぐ!即急に!式場に言って、ポスター剥がしてもらいましょう!!」 「?えっ、ええ……」 さっきの迷っているような雰囲気はどこへやら。佐藤が頷くのも待たずに、高木は携帯を取り出し電話をかけ始める。 そんな彼の様子を、佐藤は心底不思議そうに見詰めていた。 |
あとがき あちこちで物議を醸していたこのポスター。「顔が世間に広まるのは刑事としてマズくないのか!?」と。何を隠そう、私も拝読しながら心中でそうツッこんだ一人でした。(笑) でも、原作で出ちゃったからには仕方がない。ならば、その後どうなったのか……?そんなことを考えていたら、こんな話が浮かんじゃいました。(笑) そして佐藤刑事には、メールを後ろ手で打つという、早打ち松田刑事も驚くであろう(?)技をやらせてしまいました。実際、できる人はいるらしいですが、ほんとに凄いですよねぇ…。 |