飴玉

 

 

 書類仕事に一段落つき、コーヒーでも飲もうと 課室の隅に設置されているコーヒーメーカーの前に立った時だった。

「ねぇ!高木君!」

 聞き慣れた声に呼ばれ、振り返る。

 自分のデスクに座ったままの佐藤がこちらを向いていた。高木にも聞こえるよう、少し大きめの声で。

「クリップが切れちゃったの!持ってない!?」

「ありますよ!右の一番上の引き出しです!」

 カップにコーヒーを注ぎながら、こちらも少し声を大にして答えると、「有難う!」と笑い、佐藤が早速その引き出しを開けた。すぐに見つけられたらしく、クリップの入ったケースを取り出した彼女だったが、いつまでも引き出しの中身を見詰めている。

 

「どうしたです?」

 何か変なものを入れていただろうかと少々不安になりつつ、コーヒー片手に自分のデスクへと戻ると。

「これ」

 と言って、佐藤が小さな物体を摘み上げる。可愛らしいポップなデザインの施されたそれは、包装袋に入った飴玉。

 声が出そうになるのを、高木は必死で堪えた。

食べるの忘れてたんじゃない?これ、袋の中ですっかり溶けちゃってるわよ?」

「そ、そうですね。はは、しまったなぁ〜……」

 引きつりながらも何とか笑顔でその飴玉を受け取る。

 佐藤はこちらの異変には特に気付いた様子もなく、クリップで書類を纏めると席を立った。

 

 

 

「危なかったぁ〜……」

 佐藤の後ろ姿が完全に見えなくなると。高木は椅子の背にもたれかかり、深ぶかと息を吐いた。

 天井へと向いていた視線を右手に下げる。そこには、さっきの飴玉が健在中だ。

「よかった……佐藤さん覚えてなくて」

 少し残念な気持ちもあるが、やはりほっとした方が大きい。

 何しろ、彼女にあの時のことを覚えていられたら、さすがに恥ずかしすぎる。

 

 

 それは、まだ本庁に入って間もない頃だ。

「はい、高木君」

 ポン、と後ろから肩を叩かれ振り向けば、手の平に飴玉が落ちてきた。

疲れてるーって顔してるわよ?入ったばかりで頑張ろうって気が張ってしまうのはわかるけど、たまには甘いものでも食べて元気出しなさい」

 ニコリと笑うと、佐藤はそのまま高木を追い越して行ってしまった。

 一方の高木はといえば、あまりのことに呆然としていた。礼を述べるのさえ忘れるほどに。

憧れの佐藤からもらった、初めてのもの。とても食べてしまう気にはなれず、高木はまるで宝物でも仕舞うかのように、自分のデスクの引き出しにそっと忍ばせたのだ。

 

 

そうして手をつけられないまま、ズルズルと今日まできてしまっていた。数年仕舞われたままのそれは、夏がきては溶け、冬がきては固まるを繰り返し、今やすっかり変形しているらしかった。

手にしていた飴玉を再び引き出しに戻そうとして、高木はふと思いとどまる。

 

食べてしまおうか。

 

あの頃と今は、違う。

もう、ただ一方的に憧れていただけのあの頃とは、違う。

自分も、彼女との関係も。

 

独り小さく微笑むと、高木は飴玉の包みを解いた。

 

 

 

 

 

あとがき

 ……高木刑事のイメージが壊れていないといいのですが。(苦笑)

 ちなみに佐藤さんは、本当に飴玉のことを忘れていたのでしょうか?……どっちも考えられそう。(笑)

 

追記:飴にも賞味期限があるのではというご指摘を頂きました。た、確かに!……高木刑事はお腹が丈夫な人、ということでひとつよろしくお願いします。(苦笑)

 

back2