※この話は、49巻まで発売されている時点で書いたものです。そのため、仲間の中にブルックさんがいませんし、新世界編とのズレも多く出てきています。

 それでもOKという方は、どうぞ。

 

 

 

 

 

 ペタペタと独特の足音で騒がしく階段を駆け上がった少年が、ダイニングへと続く扉をこれまた騒がしく押し開けた。

サンジー!今夜の飯は」

分かってる、みなまで言うな」

 中で調理をしていた金髪の男が、少年の言葉を片手で制し、ニヤリと笑う。

「肉だろ?骨付きの」

 対面的には男性に対して厳しいはずのこのコックが、自ら少年の喜ぶ品を口にするのは珍しい。

 こんな日は、決まっている。

「おぉ!よく分かったなぁ、サンジ」

「お前はそれしか言わねぇじゃねェーか」

 

 そう。今日は、この船の船長のバースデイ。

 

 

 Another birthday

 

 

 太陽は水平線の彼方へ沈み、代わりに月の光が目立ち始める刻限。辺りの暗さに反して、サニー号の緑の甲板は明るさに満ちていた。飾られた電飾、大皿に盛られた料理の数々、そして何より、船員たちの賑やかな騒ぎ声と笑顔。

 仲間の誕生日とあれば、宴をせずにはいられないのがこの麦わらの一味。船長の誕生日とあれば猶の事だ。黄昏時に始まったそれは、きっと日付が変わって彼の誕生日が終わっても、お構いなしで夜中(よるじゅう)陽気に続くのだろう。

 

 ジョッキの中身を一気に干した黒髪の少年が、「ぷはーっ!」とそれを高々と頭上に掲げた。そんな本日の主役を、隣に座していたウソップが笑いながら軽く肘で小突く。

「ご機嫌だなぁ、ルフィ」

「そりゃそうだろ。好きなだけ肉を食い放題しても文句言われねぇ日もんなぁ、船長(キャプテン)」

 皮肉交じりに言いながら、サンジも二人の傍に寄ってくる。おかわりと叫ばれる前に注ぎにきたのだろう、片手にはドリンクの瓶が握られていた。

 察しのいいコックに空のジョッキを差し出しながら、ルフィは「ししし」といつもの独特な笑い声を立てる。皮肉を言われたことなど、ちっとも気にしていないらしい。

「それもあるけどな。もう一つあるだ、理由」

「あん?なんだよ?」

 瓶を傾けたまま、一応といった体(てい)でサンジが問う。逆にウソップは、興味深そうにルフィを見た。

 ルフィの口が、にんまりと弧を描く。

「おれ、海の上で誕生日すんのは初めてだ!」

「へ?」

「は?」

 嬉しげな声で響いた船長の意外な台詞に反応を返したのは、傍にいた二人だけではなかった。広い甲板に散ってそれぞれで楽しんでいた他の仲間たちも、思わずといった風に声の主を振り返る。サンジに至っては、ドリンクを注いでいた手が一瞬止まってしまい、危うくジョッキから液体が溢れるところだった。もっとも、そこはこのコックのこと、寸でのところで持ちこたえたが。

 

 本日の主役から少し離れて船縁に背を預けていたゾロが、不思議そうに口から酒瓶を離した。このメンバーの中では、彼が一番の古株だ。

「何言ってんだ、ルフィ。去年だって……ん?あぁ……」

 思い出したように、片手で目立つ緑色の頭をガリ、と掻く。ロビンと並んでフォアマストのベンチに腰かけていたナミも、同じく一年前を思い出したのか、小さく頷いて続けた。

「そういえばそうだったわね。去年は確か、陸でお祝いしただわ」

 

 

 去年のルフィの誕生日は、彼が海賊として海へ出てから初めて迎えた誕生日でもあった。そんな記念すべき日、彼らの船はログをためるため丁度とある島に停泊中で、折角だからとルフィの誕生日もその島で祝ったのだ。

 運よくその島は賑やかで活気に溢れており、町が栄えていたのも、そこで宴を行った一因となった。実際、入ったレストランもサンジが「悪くねぇ」と口端を上げるほどには美味かったし、周りの気のいい客が一緒になってルフィを祝ってくれさえした。

 

 

「あれはあれで楽しかったし、肉も美味かったけどさ」

 言って、ルフィは麦わら帽の後ろで両手を組むと、今はすっかり暗い色と化した海へ視線を投げる。

「おれ、ちっせぇ頃からずっと思ってたんだ。海の上で誕生日迎えてみてぇなぁーって」

 海賊になるために村を出る。そして、憧れ続けたその海の上で、誕生日を迎える。

 それは、その日までは海へ出ないと決めていた十七の誕生日を迎えるまで、ずっと抱いていた夢の一つ。

 

 へぇ、と呟いたのは、チョッパーにギターを弾いてみせていたフランキーだった。彼がルフィへのバースデーソングを披露したところ、チョッパーはいたくギターに興味を持ったのだ。

「ちなみに麦わら、村にいた頃は『誕生日の時だけ小舟か何かでちょっと海に浮かんでみよう』なんてことは思わなかったのか?」

「んー、確かにそれも一回だけ思ったけどな。でもやめた!」

 やっぱりそうかと笑うフランキーの隣で、チョッパーが不思議そうにルフィを見返す。

「何で?」

「そりゃあ、海賊として海に出た時の楽しみがなくなるからに決まってるだろ?」

「そっか!そうだな!!」

「なんか妙なところで我慢強いわよね、あんたって」

 可笑しいとも呆れているともとれる顔でナミが笑えば、横でロビンが微笑ましそうにルフィを見る。

「つまり、海へ出て二回目のこの誕生日で、ようやく念願が叶ったのね」

ーいうわけだ!」

 頷いて笑った船長はしかし、「でもな」と続けた。

「おれ、何度も何度も、海の上で誕生日やってるおれを想像してたんだけどさ。すっげぇ楽しくて嬉しいだろうなぁー、って思ってたんだけどさ

 言って、ルフィはその場で両腕をこれでもかと目一杯に広げた。ゴムの能力は使わずに、彼のそのままの腕で。

 これまで数々の強敵を倒してきたとは到底思えない、細い腕。その先に広がるのは――。

んなデカくてカッコよくて面白れぇ船に乗ってるなんて思わなかったし、こんなにうめぇたくさんの料理に囲まれてるなんて、やっぱり思ってなかった!」

 歯をむき出しにして笑う少年に、賛辞の対象を生み出した主である二名は、軽く目を見開いた。が、すぐに両者とも、それぞれの表情でニヤリと笑う。

あったりめェよ。こんな夢の船を考えられんのは、このおれぐらいだ。そう簡単に想像されてたまるかよ」

「美味いのは当然として、お前はこんぐらいの量がけりゃ満足しねぇだろうが」

 フランキーとサンジの言い分にそれぞれ素直に笑って頷くと、「それにな」と言いながらルフィ今度フォアマストの方を向く。見据えるのは、オレンジ髪の女。

 

「最初は航海士のことなんてそんなに考えてなかった。なんと流れに任せて進んどきゃ、どっかの島やグランドラインにも着くだろうと思ってたからな

「ほんと、呆れちゃう。航海術も海図を読む力も無しで海に出ようだなんて、海をなめてるとしか思えないわ」

 ナミが肩を竦めながら笑う。

「船医もあんまり考えてなかったなぁ。おれ風邪なんてひかねぇし、怪我も肉食っときゃ治るからさ」

「ルフィの体力が凄いのは認めるけど、ちょっとした怪我だって油断したら死に繋がることもあるだぞ!」

 少し心配顔で告げるチョッパー。

「考古学なんて、ロビンが仲間になるまで存在さえ知らなかったもんなー」

「ふふ。それなら、考古学者が一緒の船にいるなんて、想像の仕様もないわね」

 可笑しそうにロビンが笑った。

「一緒に戦ってくれる奴のことは勿論考えてたけどさぁ、三刀流の剣士がいるとは思わなかったな。すげぇ強ぇのに、口に刀銜えながら駄洒落言う剣士なんて想像しねぇだろ?」

「駄洒落じゃねぇ!技名だ!」

 怒鳴り返すゾロに、周囲では一気に爆笑が起こる。

「それに、あのヤソップの息子と同じ船に乗るなんてなぁ。しかもそいつがすげぇ嘘つきだなんて、やっぱり思わなかった」

「嘘つきって……せめて『父親と同じく狙撃の名手!』とか言えよ」

 ウソップが苦笑しながら突っ込んだ。

 

 それぞれの言い分にそれぞれの反応を返したルフィは、再びグルリと周囲を見回す。ししし、と笑った。

ーいうわけで。おれ、海の上で誕生日迎えられたらすげぇ幸せだろうなぁーって思ってたけど、想像してたよりもずーっと、おれは今しやわせだっ!!」

 船長のその宣言に、サニー号にその日初めて、少しばかりの沈黙が落ちた。

 つられるように微笑む者、小さく瞠目する者、照れくさそうに笑う者、ただ黙って船長を見つめる者、満足そうに口の端だけを上げる者。

 

 

 その沈黙を破ったのは、ベンチから徐に立ち上がった航海士だった。形の良い唇は笑みを保ったまま、芝生に座り込んでいる麦わら帽子を見下ろす。

「今が数年前の想像を超えてるのは、きっとあんただけじゃないわよ、ルフィ」

 自分が、海賊になっているなんて。

 自分に、「仲間」と呼べる存在ができているなんて。

 数年前の自分は、想像していなかった。いや、想像することすら、許されていなかった者もいる。

 それが今、こうして一つの船に集い、笑い合えている。

 実に陳腐な言い方かもしれないが、これを「奇跡」と呼んでもいいだろうか?

「私たちがこうしてここにいる発端は全部、あんたよ、ルフィ。あんたがいなきゃ、このメンバーが同じ一つの船に集まるなんてこと、起こらなかった」

 誘ってきた相手がルフィだったから、ついてきたのだ。他の誰かだったらきっと、ついていこうなんて思わなかった。

 そうさせる何かが、この船長(おとこ)にはある。

「だからあんたが生まれたこの日は、この海賊団の始まりの日と言っても過言じゃないのよ」

 声を出しているのはナミだけだったが、周りの者たちも皆、それぞれの笑みでルフィを見詰めていた。その表情が、全てを肯定している。

 七人分の笑みを一身に受け止めた少年は「そっか」と笑い。それならばと、闇夜にひらめくジョリーロジャーに向かって樽製のジョッキを掲げ、叫んだ。

「誕生日おめでとう!」

 その声に続くように、残りの七つのジョッキも一斉に旗へと掲げられた。

 

 

 

 

 

 

あとがき

 麦わらメンバーの誰か一人ぐらいは、誕生日当日のお話を書きたいなぁと思っていて。だったらやっぱり船長さんでしょう、という結論になりました。いつにも増して捏造たっぷりの話ですが、ご容赦下さい〜。

 ちなみにブルックさんは……ごめんなさい、管理人はコミックス派のため、まだ彼は仲間になっていないのですよ。(苦笑)想像して書いてみようかとも思いましたが、ブルックさんが仲間になる件のお話を拝読していないのに、勝手に書くのもマズイよなぁ……と。なので今回は、八人の麦わら海賊団設定となっております。

 頼れる船長・ルフィ、ハッピーバースデー!!

 

 

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