ねぇ、美和子。

確かに私たちは警察の人間よ。

非番の日でも、呼び出しがかかれば仕事に行かなくちゃいけない。

わかってる。わかってはいるだけど……

……やっぱり本音は、非番の日ぐらいちゃんと休みたいわよねぇ。

ね、そうでしょ?美和子。

 

 

私たちの“当たり前”

 

 

「ほんと、久しぶりよね〜。美和子と休みに出掛けるなんて」

 交通課の婦警・由美は、出された水を一口含みながら、向かいに座った友人を見た。

「そうね。やっぱり課が違うと、非番の日ってなかなかかぶらないものね」

 頷く彼女もつられたのか、水の入ったグラスに口をつける。

仕事が終わってからのカラオケや飲み屋はよく行っているが、非番の日にこうして二人で出かけるのは本当に久しぶりだった。今は、最近オープンした人気のカフェに来ている。“ランチが安くておいしい”という評判はやはり広まっているらしく、店内の席は全て埋まっていた。現に、注文してから十五分以上は経っているが、未だ食事は出てこない。

ちなみに二人が注文したのは、日替わりランチのAとB。中身は運ばれてきてのお楽しみ、というある意味チャレンジ精神の試されるものだ。それがこの店の呼び込みの一つでもあるようだが。

 

隣のテーブルで「おいしいねー」と言いながらランチを食べているカップルを、空腹感からチラリと羨ましげに見た由美は、ふと何かを思い出したかのように友人の方へと視線を戻す。

「でも残念だったわね。本当は高木君との方がよかったでしょ?」

 ニヤ、とわざと意地悪く言ってやると、友人の頬に瞬時に朱が差す。

「ちょっ、何よいきなり!べ、別に私は高木君とじゃなくたって…――」

「あ〜、はいはい。そうね、高木君とは飽きるほどデートしてるから、たまにはデートできなくても平気なわけね」

「〜〜〜もう!そんなこと言ってないでしょ!?一人で勝手に質問して勝手に完結しないでよっ!」

 ますます顔を赤くしてくる友人に、由美はクックッと笑いを噛み殺しながら「ごめんごめん、冗談よ」と謝った。

 本当に、今のこの友人の様子を傍から見れば、誰も彼女が刑事だなんて気付かないだろう。色恋ごとに疎かったこの親友がこんなにも変わるのだから、やはり恋の力というのは絶大だ。

―――でもねぇ……。

 由美は、未だ頬を赤らめたまま何やらブツブツと文句を呟いている友人をチラリ、と見やった。

 彼女の服装はいつものことながら、ジーンズにカットソーといった、シンプルそのもの。光モノにも興味がないらしく、アクセサリーの一つも付けていない。ショッピング中に試しに流行の服を勧めてみたりもするのだが、「私には似合わないわよ」の一言であっさりと却下されてしまう。

―――着れば絶対似合うのに。もったいないわよねぇ……。

 事実、これまでの捜査上での親友の変装の数々がそれを物語っている。

 とはいえ、すでに恋人がいるのだから、これ以上着飾ってモテたりする必要はないのかもしれない。そもそも、この友人が着れば、どんな服であろうと関係ないようだ。街中(まちなか)で行き交う男性陣が、すれ違い様にいちいちこちらを振り返るのがいい証拠である。

―――モデルが着れば、ジーンズに白いシャツ一枚でも充分かっこよく見えるのと同じ原理かしらね……。

 はぁ、と人知れずため息がこぼれた時。ようやく待ちわびていた声がかけられた。

 

「大変お待たせいたしました〜。日替わりランチ、AとBです」

 満席で忙しいであろうウェイトレスが、それでも笑顔を浮かべて注文の料理を運んできた。

 由美にA、美和子にB。注文通りである。

 が。

「……」

「……」

 お互い、一瞬だが相手の品をじっと見る。

 先に口を開いたのは由美だった。

「いいわね、美和子のイタリアン。私、お腹すいてるからガツンと食べたいわ〜」

「そう?私は由美の和食の方が、あっさりしててランチにはいいと思ったけど……」

「……」

「……」

 お互い、今度は相手の顔を見合う。

「交換しよっか?」

「そうね」

 軽く笑い合い、お互いの食事を交換した。

 

「おいしい!」

 一口含んで笑う友人に、由美もつられて口元を緩める。

「そうね。待ったかいがあったわ」

 正直、これで不味かったらどうしようかとも思ったが、口コミの情報は案外正しかったようだ。

 そのまま友人が二口目を口に運ぼうとした時だった。彼女の鞄が突然震えた。マナーモードになっている携帯だ。

 箸に載せていた里芋の煮付けを小鉢に戻し、親友が振動の元を取り出す。それを見て、由美は内心眉根を寄せた。彼女の仕事用の携帯だったのだ。

「はい、佐藤です。……はい……えっ!マル被の潜伏先が!?」

 親友がイスを蹴って立ち上がる。思わず見上げた先の表情は、数秒前とすっかり変わっていた。瞳に鋭い色が宿っている。

「……ええ、はい。……構いません、そこなら私も今から十分ほどで向かえます。……はい、それでは後ほど」

電話を切ると、立ったままの相手がこちらを見下ろしてきた。整った眉をもったいなく下げて。

「ごめん由美。私、今から…――」

「あー、あー、はい、はい。みなまで言うな、わかるから。早く行ってらっしゃい」

 ちっとも気にしないとう素振りで、まるで犬を追い払うかのように片手を振ってやる。この状況下で彼女を引き止めるなんて不可能だし、そんなことをするつもりもない。

 相手は苦笑し、「ありがと」と一言残すと、水も飲まずに傍らの鞄を掴んで走っていった。

―――さて。

 独りその場に残された由美は、あえて首は固定したまま、目だけで辺りをグルリと見回した。

周囲の客からの刺さるような視線。あの人警察だったのね、事件かしら、もう一人の人も警察かな、そんな囁きが流れてくる。そして目線をテーブルへと戻せば、ほんの一口しか手をつけていない自分と友人のランチ。二人分の伝票。

―――仕方ないわね。自分の分だけ食べて出よ。

 もったいないし、お腹もすいていた。どうせ残そうが完食しようが、払わなければならない金額は同じなのだ。

「今度絶対、何かおごってもらうだから」

 もう姿も見えなくなった友人に独り呟き、由美はランチを再開した。

 

 

 

 非番の日くらい、ちゃんと休みたい。

 そう思うけど、実はどこかで諦めてる自分もいるのよね。

 何だかんだ言っても、私たちは警察の人間だもの。

 

周りの視線は相変わらず遠慮なく注がれていたけど、私は気にせず堂々と食べた。

だってこれが、私たちの“当たり前”だから。

 

 

私の親友は――刑事だから。

 

 

 

 

 

 

あとがき

高木刑事の出番が無い&特に大きな動きのある話でもないため、お蔵入り化しつつあった話です。

男女の関係も大事だとは思いますが、女同士で語り合う時間も結構大事だと思います、管理人は(もちろん男同士でも構いませんが。)。そんな思いを密かに込めてみた…り?

でも本当、刑事の友達を持つのって、なかなか大変だろうと思います。今回の話のようなことはもちろん、危険と隣り合わせの仕事ですし、心配だろうなぁ……とか、色々考えたりしました。

 

 

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