後からまた作るのは 男部屋で医学書を広げて薬の調合をしていたチョッパーは、本に人影ができたため視線を上げた。そこには、腕を組んだまま仁王立ちをしている料理人の男。 サンジは銜えていた煙草を手に取ると、ゆっくり紫煙を吐き出し、重々しく言った。 「いいか、チョッパー。これから戦闘が始まると思え」 「せ、戦闘!?」 穏やかではない単語に、チョッパーは素直に慌て、その場に立ち上がった。 「なっ、何だ!?サンジは誰かが攻めてくるって事前に分かる力があるのか!?」 麦わらのルフィ率いるこの船にチョッパーが乗り込んだのは、つい昨夜のこと。まだクルーたちのことも、名前を覚えたぐらいで詳しくは知らない。だからチョッパーがこんな発言をしたのもある意味仕方のないことなのだが、サンジはあからさまに顔を歪めた。 「はぁ?この世に未来を予知できる奴なんているわけねぇだろ?もしいたとしても、おれはそんなのになるのは御免だね」 煙草を銜え直すサンジが不機嫌そうに見えて、チョッパーは怯えた。ただでさえ、自分はつい最近までこの男に非常食として認識されていたのだ。ドラムの城でルフィと追い掛け回されたことも記憶に新しい。 「じゃ、じゃあ、何でこれから戦闘になるんだ?戦う相手は誰なんだ?」 「相手は……まぁ、主にルフィだな。あとその他の野郎ども」 「ええぇっ!?」 チョッパーは今度こそ完全に震え上がった。物凄い勢いでズザーッと後退り、ソファと壁の間に帽子側を隠して言う。 「おっ、お前たち!やっぱりおれを食う気なんだなっ!?」 「はぁ?お前まだそんなこと気にしてんのか?さすがにもう仲間になっちまった奴を食ったりしねぇよ。ナミさんの看病もしてもらわなきゃならねぇしな。あと隠れ方、逆」 「はっ!?」 慌てて今度は正しく身体側を隠して顔だけを覗かせるチョッパーに、サンジは苦笑した。 「だから食ったりしねぇって。おれは新入りのお前のためを思って、こうしてわざわざ教えに来たんだぜ?」 「おれのため?」 しばらく様子を窺うようにしていたチョッパーだったが、おずおずとソファから離れる。その様子に満足そうに笑ったサンジを見て、チョッパーは少しほっとした。 「いいか。これから約三十分後、この船の昼飯が始まる。まぁ、昼飯っつっても正午にはだいぶ早いからブランチってとこだが」 「ぶらんち?」 「昼飯兼ねた遅めの朝飯のことだ。今日はルフィたちが寝こけてて朝飯もまだだろ?」 チョッパーを新たに仲間に迎えた宴会は、深夜まで続いた。特にルフィは、七段変形面白トナカイという夢のような仲間が加わったのがよほど嬉しかったらしく、ガンガン飲んでガンガン食べた。めずらしく酒まで口にして。 その結果か、ルフィはいまだ甲板で高鼾をかいている。寝る前にこれでもかと膨れ上がっていた腹は、今やすっかり通常に近い状態に戻っているが。カルーに寄り掛かっているゾロが起きないのはいつものことであるし、ウソップもルフィと一緒に遅くまで騒いでいたためか、いまだ気持ち良さそうに甲板に涎をたらして眠っていた。 女性陣はさすがに起きているが、ナミは病み上がりだからとベッドで横になっているし、ビビも食事は皆が起きてからでいいと(サンジはそれを聞いて男連中をたたき起こそうとしたが、慌ててビビが止めた)、ナミの傍で話し相手になっている。 チョッパーはナミの様子を診るために起きて、今は彼女のための薬を調合していたし、サンジもいつもの料理人としての癖か早くに目覚め、キッチンで色々と動いていた。 「ルフィのあの腹のへこみ具合からして、あいつが腹を空かして目覚めるまであと三十分ってとこだ」 短くなった煙草を灰皿でもみ消し、サンジがきっぱりと宣言した。チョッパーが、「すげぇ!腹でそんなことが分かるのか!?」と目を輝かせる。 「まぁな。これぐらい出来なきゃ、この船の食糧管理は務まらねぇよ。とにかく、三十分後にこの船の食事が始まる。そこは戦場だと思え」 「何でだ?」 「奪われるからだよ。ちょっとでも気を抜いてみろ、ゴムの手が伸びてお前の皿の上は空さ」 「えぇっ!」 目玉を飛び出させんばかりの勢いでチョッパーが驚きの声をあげた。 自分の食べるべき食事は、自分の前に並んだ皿の上のものだけ。それが当たり前だと思っていたし、これまでだってそうやって生きてきた。ドクトリーヌにでさえ自分の分の食事を奪われたことはないし、自分も奪ったことはない。 「奪うって、ルフィの分もちゃんと用意してあるんだろ!?」 「昨日のアイツの食いっぷりを見てたろ?あいつはすぐに自分の分なんかたいらげちまうし、そうしたら他人の食事にも手をだす。ゾロやウソップの奴は何度か被害にあってるから、今じゃ食事中は脇目も振らずに自分のもんを食ってるぜ」 「で、でも!そんなんじゃナミやビビはどうなるんだ!?女もガツガツ食べなきゃいけないのか!?」 もっともなチョッパーの問いにしかし、サンジは「何を馬鹿なことを」と言わんばかりに鼻を鳴らす。 「はっ。このおれがそんなことさせるわけねぇだろ?クソゴムの魔の手からレディーたちの食事を守るのがおれの役目だ!」 「だったらおれのも守ってくれよ!」 「あぁ?」 新しい煙草を取り出そうとしていたサンジの顔が、凶悪に歪んだ。そのままズイッとその顔を近づけてきたため、「ひっ!」と思わずチョッパーは小さく声を漏らす。 「ちゃんと聞いてたか?対象はレディーだよ、レ・デ・ィ・ー。お前は男だろ?船医だろ?非常食だろ?」 「ちょっと待て!今関係ないのが混ざってたぞ!お前さっきおれのこと食わねぇって言っただろ!?」 「とにかく」 曲げていた腰を伸ばしてチョッパーから顔を離すと、サンジはクルリと背を向けた。用は済んだとばかりに、マストの梯子へと歩き出す。 「おれはお前の分もちゃんと作ってやる。だから、お前の食事はお前で守って食え。食いっぱぐれるんじゃねぇぞ。後からまた余分にお前に作ってやらなくちゃいけなくなるからな」 「……」 チョッパーは小さく瞬いた。 前半だけ聞いていたら、食事をルフィに取られたらそれは自分の責任、もう知らないと言われるのかと思ったが。最後に付け加えるようにサンジが言ったのは。 『後からまた余分にお前に作ってやらなくちゃいけなくなるからな』 つまり、食べ損ねたらまた作ってくれるということ。 見捨てたりはしない、ということ。 「……いい奴なんだな、サンジは」 優しい。呟いたチョッパーを、サンジが振り向く。 驚いたような表情を浮かべたのは一瞬で、次の瞬間には、この数日で見慣れた顔でニヤリと笑った。 「当然だろ」 言って、再び背を向ける。ヒラリと片手を振ると、サンジはマストの梯子を上り、船の甲板へと消えていった。 |
あとがき 初めてルフィたちの船に乗る人は、彼らの食事場面には絶対驚かされるんじゃないかと。で、実は男性にも優しいコックさんが(笑)この船の新入りに助言をしにきた、と。 ちなみに宴会の時はパーティー形式(?)で、どの料理が誰の分かなんて分からないと思うのですよ。だからチョッパーも、ルフィが他人の食事にまで手を出す事に昨夜の時点では気付かなかった、というわけです。(←ここで説明するのか。) |