長期の任務が終わり、久しぶりに上司の城に戻れば、生憎と留守。ここ数日、上司の上司、つまりこの国の主がいる血盟城に出ているらしい。 報告のためにすぐさま血盟城へと向かったお庭番を出迎えたのは、意外にも、最近汁気が上がってきている王佐閣下だった。もっとも、出迎えたというよりは偶然出会ったというだけだが。 今日も 美しく輝く長髪をこれでもかと振り乱し、スミレ色の瞳を充血させたままの王佐は、お庭番の両肩をいきなり掴むと叫んだ。 「いいところにきました、ヨザック!大変です!陛下がっ!陛下がぁぁぁあっ!!」 Birthday
Eve 凄い形相で叫ぶものだから、国家の一大事かと思えば、その後に続いた王佐の言葉は実に平和な内容だった。 「陛下がなんとっ、明日誕生日を迎えられるのですっ!!」 「……はい?」 思わず呆けた声になってしまったが、仕方ないだろう。そんな汁だらけになってまで叫ぶ必要があるだろうか、それは。 思いが顔に出てしまったようで、王佐は少々不満げな顔でお庭番を見てくる。 「『はい?』じゃありませんよ!国をあげて陛下の降誕祭をしなければならないのですよ!?あなたもこんな所に突っ立ってないで、準備を手伝って下さい!今は毒女の手も借りたいぐらいなんですからねっ!」 毒女の手……かなり切羽詰まっているようだ。 だが、これだけは勘違いしてもらっては困る。お庭番がこうしてここに突っ立っているのはそもそも、誰かさんが肩から手を外してくれないせいだ。 「あぁっ、こうしてはいられません!私はまだやることが沢山あるのです!それではヨザック、あなたも手があいたらすぐに準備に参加してくださいよ!?」 「準備って何を…――」 「何でもです!料理でも掃除でも、垂れ幕作りでも装飾の輪っか作りでも、何でもですっ!それからこのことは、陛下にはくれぐれも内密に!!」 ビシッ、とこちらに人差し指を突きつけ一息にまくしたてると、王佐は鼻息荒くさっさと行ってしまった。 返事さえする間を与えられなかったお庭番は、離れていくその背を見詰めながらしみじみと呟く。 「……相変わらず凄いなあ」 汁気……もとい、主君への愛が。 国政の要の一人ともいえる王佐があれでは、自分の上司閣下がこちらに駆り出されて当然と言えよう。執務をこなせる者がいない。いや、下手をすれば、その上司まで準備に駆り出されている恐れもある。 確かに城に一歩入った時点で、兵や侍女が忙しそうに行ったり来たりしていたため、何かあるのだろうとは思ったが。 「誕生日……ねぇ」 独りごち、ぼんやりと思う。 誕生日なんて、親に捨てられたような自分には縁のないものだ。 祝ってもらった覚えがないわけではない。ただ、それは本当に短い間だった。 寺か教会だかへ捨てられてからは、そして何もないあの村に入れられてからは、誕生日とやらがくるたびに思ったものだ。 捨てるぐらいなら、どうして産んだりした? 自分のような半端者、産まなければよかったじゃないか。 そうすればオレだって、こんな惨めな思いをすることも、こんなひどい扱いを受けることもなかった。 どうして、どうして…――。 「らしくねぇな」 自嘲と共にかぶりを振り、自分で自分の過去の思考を断ち切る。 さて、これからどうしようか。準備を手伝うのは構わないが、まずはやはり、上司へ今回の長期任務の成果について報告すべきだろう。 顔を上げ歩き出した時には既に、お庭番の表情はいつものそれに戻っていた。 あぁ、やっぱり。 部屋の入り口に立ったまま、ヨザックは心中で呟いた。 報告先である無口なはずの上官は、珍しくずっと喋っていた。……と言うより、ずっと唸っていた。 「あ……アニシナっ!いつまで、こうしてっ、うあぁぁぁー!」 「ごちゃごちゃとうるさいですよ、グウェンダル。陛下の誕生日は明日なのです、つべこべ言わずに魔力を存分に提供なさい!」 お庭番の予想通り、グウェンダルも やはり王の降誕祭の準備を手伝わされていた。それも、“毒女の被験者”という、少々特殊な形で。 アニシナの今回の創作は、どうやら王への贈り物らしい。……魔王が倒れるなどという、それこそ国家の一大事にならなければいいが。 「そして、そこでワラ人形のようにボケーッとした表情で突っ立っているマチョ!」 「あ、よーやく気づいてくれました?」 ワラ人形に表情なんてないでしょ、などという命知らずなツッコミは心中に留めておく。 グルンと勢いよくこちらを向いた彼女の赤い長髪が、叫び続けている男の顔をピシャリと打った。……痛そう。 「実験の邪魔です!用があるのなら、さっさと済ましてさっさと退室なさい!」 「はいはーい。じゃ、お言葉に甘えて。……閣下、今回の件についてご報告したいんですけど……また後にします?」 近寄ってみると、上官は遠目で見るよりもはるかにグッタリとしていた。 「そうして……くれっ。お前のその様子を……見れば、朗報のようだし……ぐぁっ!」 「あらやだ、閣下ったら〜。グリ江の心の中を無断で読まないで〜。グリ江、恥ずかしい!」 「頼むっ。これ以上気分が悪くなることをしないでくれっ」 「……閣下。そんな真顔で言われたら、いくらオレでもちょっとヘコみます」 笑わせて元気づけようと思ったののだが、逆効果だったらしい。 謎の装置を装着した上官の身体には、度々閃光が走っていた。おそらくそれが、魔力を吸い取られている瞬間なのだろう。 「それから……グリエ、お前は今から陛下の護衛についてくれ」 「え?へーかの?オレは別に構いやしませんけど、隊長やフォンビーレフェルト卿は?」 「明日が何の日かを考えれば、分かるだろう?……うがっ!」 「……ああ、成る程。すみません、愚問でした」 彼らもまた、明日の贈り物等の準備に忙しいわけだ。 おおかた、婚約者殿は有利の絵、過保護な名付け親は有利の好きなヤキュウ関係といったところか。 「それと、明日のことだがお前は……」 「はいはい、わかってますってェ。明朝までには例の任地へ向けて発つつもりです。ですから閣下、“もにたあ”も今晩までには終わらせて下さいよ?今回の報告ができませんから」 「当たり前だ!こんなことに明日の朝まで付き合わされてたまるものかっ!」 くわっと目を見開いたグウェンダルの言葉が終わった瞬間、ビリビリッ!とより一層激しい音を立てて閃光がその身体を走った。 「ぐわはっ!」 「グウェンダル!今、わたくしの素晴らしい実験を『こんなこと』などと称しましたね!?」 「なっ!?ち、違っ!今のは」 「問答無用!」 実験室中に、グウェンダルの悲痛な叫びが響く。防音対策として部屋の扉を厚く設計しておいて正解だ。 「閣下〜、御武運を〜」 責任を追及される前に、お庭番は苦笑混じりにさっさと部屋から退室した。 「坊ちゃーん、失礼しますよー」 主君の部屋の扉を開けると、中央に位置する執務机に座っていた彼が、慌てたように何かを隠した。 何だ? そう思ったが、言及するような真似はもちろんしない。自分のような者が、主君の生活にまで首を突っ込むべきではない。 「隊長たちの代わりに来ましたよ」 気づかぬふりで近づけば、相手も何事もなかったように笑う。 「そっか、ヨザックが来てくれたんだ。有難う。ごめんな?おれは別に護衛はいいって言ったんだけど…――」 「いくら城内とはいえ、一国の主を長時間独りにしておくわけにはいかない、でしょ?」 「うん。グウェンやギュンターにそう言われた」 「当然です。坊ちゃんは大事な国の要なんだから」 「要ねぇ……。そんな風に言われるほどのことしてないんだけどなぁ」 それはそれで情けないけど、などと呟きながら、主君は溜息と共に頬杖をつく。謙遜ではなく本気で言っているところが彼らしい。 窓の外では相変わらず、城の者たちが忙しそうに右往左往していた。ふと見れば、主君も同じ窓を眺めている。 確か汁だく王佐は、「陛下にはくれぐれも内密に!」と言っていたが、こんな本人に見られるような所でバタバタしていていいのだろうか。 そんなお庭番の懸念は、現実となって現れた。 「なぁ、ヨザック。もしかしてみんな、明日のおれの……」 ぼんやりとしたまま口を開いた王はしかし、はっとしたように言葉を切った。 「……何です?坊ちゃん」 「いや、何でもない。折角みんなが必死に隠してくれてるのに、おれが自分からこんなこと訊いちゃ駄目だよな」 言って、有利が苦笑する。暗に皆の計画に気づいていることを伝えているのか、それとも何の気なしに言っているのか……おそらく、後者だろう。 ヨザックも思わず苦笑し、おどけて小さく礼をとる。 「これはこれは。優しいご配慮、有難うございます。忙しく動き回ってる皆のためにも、そうしてやって下さい」 「わかってるって。おれだって、準備してる側だったらやっぱり、相手に内緒にして驚かせたいもん」 本人がここまで気づいてしまっているのなら、明日不在の身である自分は、今この時、有利に祝いの言葉を告げても構わないかもしれない。そう判断し、お庭番は主君の前に軽く膝を折った。 自分にとってはめでたくも何ともないが、普通、誕生日とは特別でめでたいものだ。そして自分の主君がその日を迎えると知っているのなら、やはり祝うべきだろう。 「へ?どーした、ヨザック?」 「一日早いですが、誕生日おめでとうございます、陛下」 顔だけ上げれば、目を丸くした主君。 「生憎とオレは、任務で明朝から城を発たなけりゃなりません。実は帰国したのも今朝で、バタバタしていてまだ贈り物も準備できていませんが、今度任地から戻ってきた時には必ず」 「あ、いいって、贈り物なんて。気持ちだけで充分……ん?明日?ヨザック、明日はもう城にいないのか?」 「ええ。明日の朝には城……というより国を発つつもりですけど」 「えっ、嘘!?マジで!?」 叫びながら、有利は椅子を蹴って立ち上がった。 慌てた様子で机上の書類をめくったり、引き出しを開けたりし始める王に、ヨザックは呆気にとられる。 「あの〜、坊ちゃん?」 「ちょっと、ちょっとだけ待って。確かこの辺に……あ、あった!よかったー、ヨザックの分、完成してて」 引き出しの中から発見したらしい縦長の小さい紙。安堵したように笑った王は、それをこちらに差し出した。 「これ、ヨザックに」 「はい?」 「明日、城のみんなに渡そうと思って、こっそり作ってたんだ」 訳が分からないながらも、それを受け取る。 白い紙の真ん中には、橙色の花。 「押し花の……栞ですか?」 「そう。あ、最初に言っておくけど、『押し花なんて女子みたいー』とか言うなよ?小さい頃におふくろにやり方を叩き込まれてさぁ。自分で作れるものって、これぐらいしか思いつかなかったんだよね〜」 「坊ちゃんがお一人で?」 「うん。最初は何か買おうかと思ったんだけど、一人で城下になんていけないだろ?個人的に持ってるお金も、そんなに多くはないし。だから、城にあるもので何か作るしかないなぁ、って結論に至って。で、こっちのみんなって結構読書家だろ?ヨザックも毒女シリーズ読んでたし。だから栞」 成る程、さっきの不審な行動の原因はこれか。 お庭番はもう一度、手にしたものに視線を落とす。鮮やかな橙色のその花は、城の中庭で見た覚えがある。確か目の前の人物から、「この花、ヨザックの髪の色に似てるな」と言われたこともあった。 「……あちらの世界では、自分の誕生日には他の人に贈り物をするものなんですか?」 「あちら?……あぁ、地球か。うーん、やっぱり地球でも、誕生日には、あげるより貰う風習の方が多いんじゃないかな」 「だったらどうしてこれを?」 尋ねれば、王は小さく苦笑し、頭をかく。 「前さ、おふくろに言われたことがあって。0回目の誕生日にあげたもの以上のものがあげられない、って」 『ゆーちゃんに、人生への第一歩をあげたじゃない』 「成る程なぁ、って思った。こうして今生きてるのって、つい当たり前みたいに感じちゃうけど、違うんだよなぁ……って。だからさ、」 一旦言葉を切って、有利が笑顔でこちらを見上げてきた。 身分など関係なく平等に向けられる、それこそ太陽のような、温かい満面の笑み。思わず見とれる。 「誕生日って、感謝する日でもあると思うんだ。親父やおふくろにもそうだけど、こっちの世界にいるみんなにも。みんなが一生懸命働いてくれるおかげなんだ。おれを支えてくれるから、世話してくれるから、護ってくれるから、おれは今日も生きていられて、こうして誕生日まで迎えられる。だから、そのお礼を込めてプレゼント。ヨザックにも、ほんとに感謝してる」 ペコリ、とその主君は頭を下げた。自分のような下っ端に、何の躊躇いもなく。 お庭番は一瞬言葉を失い、惜しげもなくこちらに向けられた黒髪の頭頂部を、ただ見つめた。胸中に、形容しがたい、けれど心地よい何かが広がる。 そして。 「わわっ。な、何!?ヨザック」 気がつけば、思わずクシャ、とその頭を撫でていた。意外にしなやかな毛だ。 「さすが、素敵なことを仰る」 「へ?……あぁ、お袋のこと?たまーにだけどな。ほんとにたまーに」 どこまでも鈍い主君は、照れくさそうに他所を向いて、お庭番の手が離れた頭部を自分でも軽くさすった。自分のことを言われたとは微塵も思っていないようだ。 あまりに彼らしくて、お庭番は相手に気づかれないようにひっそりと笑う。 「でも坊ちゃん、お一人で明日までに城のみんなの分なんて間に合うんですか?何なら手伝いますけど」 「えっ、マジで!?助かるよ〜。何しろみんなに内緒だからさぁ、手伝ってとも言えなくて。一応ここ数日ずっとやってたから、二人で頑張れば今日中に残りも全部仕上げられると思うんだけど……ところでヨザック、あんたは押し花の扱い方とか知ってんの?」 「いーえ?でも大丈夫。グリ江の指は繊細だから……」 「あー。つまり、あんまり期待できないわけか。やっぱりおれが頑張るしかないかな」 「あら。いいのよ、坊ちゃん。グリ江のギマシツオのような手が荒れちゃうなんて心配して下さらなくても」 「いーや、そんな心配してまセン。っていうかギマシツオって何?魚?」 誕生日は感謝する日。 そんなこと、今まで考えもしなかった。仕方ないだろう。かつては、どうして自分なんかを産んだのかと責めていたぐらいだったのだ、そんな幸せな発想など浮かぶはずもない。 だが、言われてみればそうなのかもしれない。もしこの世に生まれていなかったら、差別されることも、飢えることも、寒さに凍えることも知らずに済んだだろうが、その分、今のような仕事や生活の楽しさを知ることもなかった。特にここ最近――新しい少年王が即位してからは、毎日が本当に面白い。 捨てられたことを許すのは難しいが、この世に産んでくれたこと、それだけは親に感謝してもいいのかもしれない。だからこそ、自分は今の生活をしていられるのだから。尊敬できる上司に、信じあえる幼馴染に、眩しいほど真っ直ぐな王に、出逢えたのだから。 そう思えば誕生日も、悪くない。 「坊ちゃん」 「うん?」 あちこちに隠していたらしい押し花を取り出しながら、主が顔を上げる。 「誕生日、本当におめでとうございます」 本日二度目だと分かってはいたが、もう一度告げたかった。さっきのは形式的な思いも混ざっていたが、今度は――心から。 主君は少し不思議そうな顔をしたけれど、すぐにその漆黒の瞳を細めて笑った。 「うん。有難う、ヨザック」 いいえ、坊ちゃん。 礼を言うのはオレの方ですよ。 |
あとがき 「NT分室05年7月号」と「天(マ)」のネタを拝借して書かせていただきました。 「有利の誕生日企画なのに、メインが有利じゃなくて、名付け親や婚約者や猊下も出ないってどーいうことよ!?」…そんなツッコミが聞こえてくるぅー。(泣笑)いや、有利メインの有利誕生日話は他の素敵サイト様に一杯あるでしょうから、ウチのサイトっぽさを出すにはやはり庭番をメインに据えるしかなかろうと……すみません、来年書く機会があった時は、有利メインでもっと普通の話を書こうと思います。(苦笑) そんなわけで、この話は一応フリー配布となっております。が、フリーにするには不適切な文量になってしまい……。それでもいいよ、という懐の広い方は、どうぞ貰ってやって下さい。 それでは今後とも、変人な管理人ともども、「Drop in」を宜しくお願いいたします。m(_ _)m PS.押し花の作り方って、結構面倒くさいんですよね。(笑)有利、物凄い数をよく頑張った! |