「何やってるのよ」
見れば分かる光景だったけれど、佐藤は思わずそう声をかけていた。
拍手お礼E
(佐藤&高木)
今日は朝から雨が降っていた。聴き取り調査を終えた佐藤は、傘を片手に足早に街を抜けていく。
雨足は激しくはないものの、止むことなく降り続いており、気温がどんどん下がっていた。こんな時は、早く本庁に戻って休憩所で温かなコーヒーでも飲みたいところだ。
だから、行きかう人々を鮮やかにすり抜けていた彼女がその存在に気づけたのは、ある種の奇跡と言ってもいいのかもしれない。ふとたまたま目をやった脇の細い路地に、見知った姿を見つけた。
もっとも、タイミングよく脇に目をやった時点でそれは既に、運命的な何かがあったのかもしれないが。
「何やってるのよ」
とがめるでもなく、呆れるでもなく、苦笑を浮かべた顔で佐藤は路地に佇んでいた後輩に声をかけた。
降りしきる雨の中、右手に傘を握っている。これは、雨の日に持つべき正しい品だ。だが、反対の手に抱えているのは、つぶらな瞳の子犬。足元にはいかにもという感じで、濡れたダンボールに「拾って下さい。」の文字がある。
見ればおおよその流れは見当のつく状況だったが、それでも佐藤はそう声をかけた。相手も、いちいち「見れば分かるでしょう?」なんて可愛くない受け答えをするような人物ではなかったので。
問われた相手・高木は、佐藤につられるように小さく苦笑を零した。
「拾ってやることはできないけど、せめてこれぐらいはと思って」
「それであなたが風邪ひくってわけ?」
言いながら、佐藤は相手の肩をトン、と軽く押す。子犬を庇っているせいで、高木はスーツの肩から背中にかけてを雨で変色させていた。
馬鹿ねぇ、と笑いながら佐藤は高木の横に並ぶ。
「私も付き合ってあげる」
「いや、佐藤さん、それは!」
「気にしないで。今日の地取りも目立った収穫は無かったから、帰っても特に報告書を書くこともないの」
肩を竦めてみせれば、高木が小さく笑う。
「ありがとうございます」
「どーいたしまして。その代わり、本庁に戻ったらあったかいコーヒー奢ってね」
「はは。わかりました」
私も結構な馬鹿よね。
目の前を次々と落ちていく雨粒を見送りながら、佐藤は思う。このまま雨がやまなかったら、自分たちはどうするのだろう。ずっとこの子犬を庇っているのだろうか。
思いながらも、佐藤の心中の別の場所には、雨はもうすぐやむという確信めいたものがあった。何の根拠もない、けれど“絶対”だと思えるものが。
これまで高木と共にいて、困る事態には何度も直面してきたが、本当の意味で手も足も出ないほど困窮する事態には陥ったことがない。――だからたぶん、今この瞬間も、二人で居るならばきっと大丈夫。
あぁ、こんなことを考え出す自分は、いよいよ馬鹿かもしれない。そう思ったら、タイミングよく隣で子犬が肯定するかのように「くぅん」と鳴くものだから、佐藤は素直に声を立てて笑った。
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★この後、雨がどうなったかは…ご想像にお任せです。(笑)
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