コーヒー・紅茶・ フルーツジュース 有利の一日の楽しみの一つが、この午後のティータイムだ。いつも必ずこの時間を確保できるわけではないが、可能な限りこの時間は大切にしている。 しかし、彼は今日は殊更機嫌がよかった。何しろ、いつもの相手であるウェラー卿に加え、愛する娘まで一緒なのだから。 「う〜ん。やっぱり娘と一緒のお茶は、また一味違うね」 紅茶を一口含み、有利は笑う。言っていることは、父親を通り越して祖父のようになっているが、本人は全く気にしていない。 娘のグレタは度々、人間の国・カヴァルケードへ勉強しに行くし、有利自身もいつもこの国にいるわけではない。そのため、こうして一緒にお茶をできるのは
実は貴重なのだ。 「う〜ん。おとーさまと一緒のジュースも、やっぱり一味違うよ!」 有利の口調を少し真似ながら、グレタも微笑む。 テーブルの脇で自分の分の紅茶を入れていたウェラー卿が、小さく笑った。 「本当に、仲のいい親子ですね」 「へへっ、まーな」 父親が魔族で、養子の娘は人間。この異色とも言える親子はしかし、周囲に大いなる影響を与えている。有利の目指す「魔族と人間の共存」を象徴しているともいえた。 無論、本人たちにそんなつもりは欠片もないだろうが。 カップを持って席に着いたウェラー卿に、有利は「そういえば」と視線を向けた。 「コンラッドって、コーヒー飲まないの?」 「コーヒー?」 「うん。いつも紅茶じゃん」 一応、二人の間に違いはある。有利は紅茶にジャムを入れるが、コンラートは酒を少し垂らす。けれど有利は、彼が紅茶と酒以外を飲んでいる姿を見た覚えがなかった。 すると、グレタが不思議そうに身を乗り出してくる。 「ユーリ、コッヒーって飲めるのー?」 「違うよグレタ、コッヒーじゃなくてコーヒー。さすがにコッヒーを飲むのは無理……って、あれ?もしかして、こっちにコーヒーは無いの?」 眞魔国にも地球にも詳しい男に訊けば、相手は頷く。 「ええ。こちらにはコーヒーに使う豆がありませんから。一応似た豆がありますが、飲むには苦すぎます。でも、アメリカにいた頃はたまに飲みましたよ、コーヒー」 「そっかー、やっぱり飲んだことあるんだな。うん、あんたはコーヒー似合いそう」 「そうですか?……でも、どうして急に?」 独りで納得したように頷く有利を、ウェラー卿は不思議そうに見返す。 「ん?いや、これでコンラッドがコーヒー飲んだら全部揃うよな〜と思って」 「揃う?」 「コーヒーと紅茶とジュース。おれの中での成長三段階」 「どういう意味です?」 二人だけで話を進める父と護衛役に、グレタが口を尖らせる。 「グレタも話に入れてー。こーひーって何ー?」 「あぁ、ごめんごめん。コーヒーっていうのは、これっくらいの小さい豆からできる飲み物で、子供には結構苦いと思う」 「えー、グレタ苦いの嫌ーい」 娘の正直な反応に、有利は笑う。 「うん、おれも子供の頃は嫌いだった。まぁ、今もすすんで飲むわけじゃないけど。だから、おれの中ではコーヒーが飲めるようになったら大人!って感じなんだ」 「じゃあ、紅茶はー?」 「紅茶はジュースの次だな。うーん、小学生ぐらい?って、この表現もこっちじゃ分かりづらいか」 「……あぁ、成る程」 したり顔でウェラー卿が頷く。 「あ、おれの言いたいことわかった?」 「ええ、何となく」 「グレタわかんないー!教えてー」 「つまり」 有利は娘の手にしているグラスを指差した。 「小さい頃は、甘いフルーツジュースとかしか飲めない。で、紅茶が飲めるようになったらちょっと大人で、コーヒーが飲めるようになったら完全に大人!って感じ」 「そういう意味では、グレタはもう紅茶は飲めるからちょっと大人の部類だね」 ウェラー卿が少女に微笑みかける。そこらのお嬢さん方が見れば頬を赤らめること必至だろうが、見慣れているグレタは喜ぶどころかがっかりしたような顔をする。 「グレタ、大人にならなくていいもん。こーひーも飲まない!」 「何だ?グレタは大人が嫌いなピーターパン派か?」 「ピーターのパンもいらない!大人になったら結婚して、ユーリたちと離れて暮らさなきゃいけないもん!だからグレタ子供のままでいい!」 「グ、グレタっ!」 そうかそうか、だったら子供のままでいぞ!結婚もするな! 目に入れても痛くない愛娘からそんなことを言われれば、思わずそう返したくなる。が、ここは父親として堪えなければ。 年若い新前父は、娘の両肩をガシッと掴んだ。 「だめだぞっ、そんなこと言っちゃ!そりゃあ、おれだってグレタがお嫁に行くのは寂しいけどっ。でもだからってそんなこと言ってちゃだめなんだぞ!」 有利、心なしか涙目。 一方の第三者となりつつあるウェラー卿は、どんどん微笑ましさ倍増していく光景に、緩む頬を止めるのに必死だ。呆れたような、けれど楽しそうな、そんな表情で。 「大人になったからって、必ずしもすぐに結婚するとは限らないんですけどね」 彼の野暮ともいえる小さな呟きはしかし、しっかりと抱き合っている父娘の耳に届くはずもなかった。 「おとーさま大好きー!」 「おれもだぞー、グレターっ!」 |
あとがき 実はこれ、「選択お題0」の中で一番ネタに困ったお題でした。 最近気付いたのですが、管理人は、有利&ヴォルフ&グレタの親バカ・子バカな感じが、自分で思っていた以上に好きなようです。(今回はヴォルフはいませんが。)「(マ)王奥」での3人もよかったです〜。 ちなみに管理人、紅茶はストレート、コーヒーはブラック派です。入れるとしても、ミルクを少し程度。市販のものは、無糖でも甘く感じてしまいます……。(苦笑) |