Change 「……ずるい」 渋谷有利は執務机に突っ伏したまま、恨めしげに呟いた。その視線の先には、長椅子に腰掛けて紅茶をすする大賢者さま。 「何が?」 暢気な声で訊き返す友人に、有利は半身を起こすとビシッと指を突き出した。 「お前!お前に決まってるだろ村田!」 「へえ?そんなに眼鏡かけてみたいの?何なら伊達眼鏡でも買う?」 「ちっがーう!眼鏡じゃない!」 首を大袈裟ともいえる勢いでブンブンッと左右に振った有利は、鼻息荒く立ち上がる。 「何で!?何で村田はそんなにのほほ〜んとしてるの!?」 「何でって……執務は王である君の仕事だろ?」 「それはそーだけど、やっぱり羨ましい!そうでなくても、眞王廟では巫女さんたちに囲まれてウハウハじゃん!羨ましすぎるっ!」 「ふーん。渋谷からは、僕はウハウハな人に見えるわけかぁ」 意味深に相槌をうった自称・記憶戦隊ダイケンジャーは、手にしていたティーカップを下ろすと、とんでもないことをあっさりと口にした。 「じゃあ、明日からしばらく職業チェンジしてみる?」 「……はい?」 職業チェンジ?つまり、職業を交換? 「しばらくは国を挙げての行事もないし、国賓や公賓のくる予定もない。その間、君と僕の職務を交代する。どう?」 「どうって……。そりゃあ、おれとしては面白そうだしやってみたいけど、みんながオーケー出すかなぁ?」 すると友人は、意味あり気にニコ、と笑った。 「何言ってるのさ、渋谷。僕を誰だと思ってるんだい?」 大賢者さまの眼鏡が僅かに光ったように見えたのは、気のせいではないと思う。 その日の夜には、村田の説得により、有利と村田のしばらくの職務チェンジが認められた。ちなみに友人が一体どんな技を使ったのか、有利は未だに知らない。 そしてそのまま夜も明け、翌朝には有利は眞王廟の前に立っていた。 「何だかあっという間だったけど……まぁ、いっか」 眞王廟には緊急時意外には立ち入ったことはないし、実際のところ村田の仕事も知らない。ここは人生経験と思って、色々と見聞きして現状を知っておくべきだろう。 王自身のサイン等が必要な執務以外は全て村田に任せてしまう、という罪悪感を振り払うように、そんな尤もらしい理由を頭の中で繰り返す。王様だって、たまには骨休みが必要だろう。 ところが有利を出迎えた眞王廟の人々は、どうにも様子が妙だった。目の前にいるウルリーケは不安そうな顔をしているし、その後ろに並ぶ巫女たちは、ウルリーケとは対照的に嬉々とした瞳でこちらを見ている。 言賜巫女が一歩進み出て礼をとった。 「お待ちしておりました、陛下。本日から暫しの間、猊下と職務を交代されるとのこと、伺っております」 「あ、う、うん。お互いの仕事を知るのもいいかなぁ〜と思って」 とてもじゃないが、執務に飽き飽きしていただとか、巫女さんに囲まれた生活が羨ましかっただなんて口にできない。 「陛下のご意思とあらば、私たちは陛下にも猊下と同じ様に接しさせていただくつもりです。ですが」 言葉を切ったウルリーケは、神妙な面持ちで有利を見上げた。 「本当に、よろしいのですね?」 「……えっ?」 その尋常ならない表情に、有利も思わず返事に詰まる。 なんだろう、この身の危険を感じるような空気は。 「本当の本当に、よろしいのですね?」 よろしいも何も、もう決まったことではないか。それとも眞王廟では何か危険な仕事でも行われているのだろうか。だが、村田を見る限り、そんな様子はない。 そもそも、友人が皆を説得してくれたのだ。今更血盟城に戻ることなどできない。 「う、うん」 一抹の不安を抱えながらも、意を決して頷いた。 瞬間、どっと上がったのは歓声。 「やったわ!今度は陛下にご依頼できるのね!」 「陛下は猊下より体力もお有りのようだし」 「猊下では無理だったこともお頼みできるかもしれないわね。やっぱり男手があると助かるわ〜」 巫女たちの異常な喜び様と言葉に、慌てて有利は目の前の言賜巫女を見る。 「な、何!?何なのこれ!?」 しかし相手はやれやれと言わんばかりに溜め息をつき。 「私は陛下にちゃんと確認させていただきましたからね?それも、二度も」 それだけ言うと、自分はもう知らないとばかりにさっさと自室へと去っていく。 「え!?ちょ、ちょっと!ウルリーケ!?」 「陛下!」 嬉しげな声に呼ばれて振り返れば、ズラリと並んだ巫女たちの姿。 「私の部屋の扉、鍵が壊れてしまったんです。直していただけません?」 「はい?」 「ちょっと、ズルイわよ!……陛下、噴水の水が濁ってきていて。新しく水を汲んできていただけます?」 「は?」 「そんなの後よ、後。陛下、実は廟の外壁が所々色あせているんです。塗料を塗りなおしてください」 「……あの〜」 有利はようやく、全てのことが理解できた気がした。 村田があっさりとこんな提案をしてきたのも、ウルリーケの言葉の意味も。 「村田もそういうことやってたの?」 「ええ。でも猊下は体力があまりお有りでないようなので、もう少し軽いことしかお頼みできませんでしたが」 「でも聞くところによると陛下は、日々身体を鍛えていらっしゃるとか。頼りになりますわ〜」 「……」 その日の夜。 「村田!仕事、元に戻ろう!」 「えー、もう?まだ一日しか経ってないじゃないか」 「いや、そうなんだけど。確かに体力づくりにはもってこいかもだけど。だけどやっぱり、執務の方がマシ!巫女さんたちがあんなに人使い荒いなんて知らなかった!」 嘆く有利を他所に、目の前では村田を中心に執務が展開されている。両隣には、フォンヴォルテール卿とフォンクライスト卿。 「猊下、この政策にこれだけの資金を使うのは……」 「うん?ああ、これかぁ。確かにちょっときついよねー。でもこれ見て、僕が作った提案書」 「おーい、皆さーん?」 有利が呼びかけても、三人の視線は机上の提案書に集中している。ギュンターだけが辛うじて「少々お待ち下さい、陛下」と一瞬視線をこちらに向けたぐらいだ。 「ちょっと国庫支出金の状況を調べさせてもらったよ。ここにあるように、他の部分の経費を少しずつ削れば、予算が浮くだろう?その分を回したらどう?」 「これは!?猊下御自ら、資金の捻出法を考えて下さったのですか」 「まあね。僕らの負担する労力が少し増えるけど、税を増やすよりはいいと思うし」 「成る程な。この計画でいけば、浮く予算はこの政策に使う金額丁度。これならば無駄もない……か。一理ある」 頷いたグウェンダルが、有利を見返り口角を片方上げる。 「猊下の方が、執務には向いているようだな。もう暫くこのままでいてはどうだ?」 「え!?」 「そうですね。陛下とお過ごしできないのは身の裂かれる思いですが、公務のことを考えると、せめてあと二・三日」 「そんな!ギュンターまで!?」 その後、有利は再び眞王廟に強制送還されたとか、されないとか……――。 |
あとがき 実は、去年の10月ぐらいには9割型仕上がっていた話だったりします。(←それを今頃!?) マニメでの有利の、ムラケンが巫女さんたちに囲まれてウハウハで羨ましい発言や、ムラケンが巫女さんたちの便利屋になっていたのを元にして書きました。 長男閣下や王佐閣下が有利にひどいことを言っていますが、まぁ、ギャグですから。実際には言わない……と思いますよ。多分ね。(笑) |