それは、服屋の店主から、着いたばかりのこの国――レコルト国の説明を聞いた時。

「小僧の好きそうな国だな」

 そう呟いた男の目が、あまりにも優しい色を宿していたから。

 隣に立つ魔術師は、思わず小さく笑いをこぼしてしまった。

 

 

だれもかれも

 

 

 ファイが笑ったことに気付いたのか、黒鋼がすぐ様その表情を引っ込めた。呟きも、表情も、無意識の産物だったらしい。

 そのまま罰が悪そうに、けれど眉間の皺を増やして魔術師を見下ろす。

「何だよ」

「うん?さすがお父さんだなぁー、と思って」

「黒鋼とーさんは、飲んだくれだけど、息子想いなの〜」

 黒鋼とは対照的に満面の笑みを浮かべるファイに加え、その肩に乗るモコナまでもが楽しげに笑う。

 当然、黒鋼のこめかみには青筋が浮かんだ。

「お前ら、まだそのネタ引っ張ってんのか!?」

「またまたー、お父さんったら照れちゃってー」

「黒鋼とーさんの照れ屋さ〜

 一人と一匹の変わらぬ笑顔に、黒鋼はとうとう痺れを切らしたらしい。購入した小狼とサクラの服の包みを乱暴に掴むと、そのまま独りで先に店を出てしまう。

 離れていくその背を、色白コンビが追いかける。

「待ってよ、お父さー!」

「黒鋼と〜さ〜!」

「うるせぇ!!」

 振り返った黒鋼に鬼のような形相で怒鳴られても、一人と一匹は「素直じゃないねー」「ねー」などと、一向に意に介さなかった。

 

 

 

 そのまま小狼たちのいる場所まで戻ってきたが、独り先を行っていた黒鋼が、ピタリとその足を止める。そしてそのまま三歩分、後退してきた。

「どうかしたー?」

 追いついたファイがその顔を覗き込むが、黒鋼は複雑そうな表情をしたまま何も答えない。

 怪訝に思いながらも、先の黒鋼に倣ってその場から三歩踏み出したファイは、広がった光景に「あぁ」と破顔した。

「成る程ね」    

 黒鋼のいる位置からは植木で隠れて見えなかったが、三歩も進めばその樹は視界から去る。そこには、互いの額をつけて手を取り合う、小狼とサクラがいた。

 後ろに突っ立ったままの男は、この光景を邪魔しては悪いと思ったのだろう。

 けれど、モコナの方は我慢できなかったらしい。

「うわー!ラブラブだー!!」

 嬉しそうに叫んで、二人のいるベンチへと飛び出していく。

「あらら」

 こうなってしまえばもう、自分たちが隠れている意味はないだろう。モコナの後を追いかければ、後ろからも足音がついてくる。

「ったく。あの白まんじゅうは……」

 聞こえた呟きに、ファイは再び小さく笑う。

 そして、顔を真っ赤にしながら現状説明をしてくる二人と、追いついたファイの頭上に登ってひやかしながらも、嬉しそうにしている一匹に、魔術師は更に笑みを深くした。

 

 

 

 あぁ、もう、本当に。

 サクラちゃんも、小狼君も、

 モコナも、黒様も。

 

 君たちはどこまで微笑ましいだろう。

 

 

 

 

 

 

 

あとがき

 失って気付く、幸せな時。それは、登場人物だけじゃなくて読者にも言えることで。この辺りを拝読していた時は、まさか今みたいな展開が待っているなんて思いもしませんでした。最近の本編を拝読していて、どうにも書きたくなった話です。

 ちなみに冒頭の黒鋼さんの呟きは、1314ページの「ねー、黒様」「ふん」という遣り取りから生まれたものです。(笑)

 

 

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