Each and every

 

 

 目覚めた瞬間にしたのは、ナミさんやロビンちゃんの無事を確認することでもなければ、ルフィの首が繋がっているかの確認でもなかった。

 目に入ったのは、瓦礫の上に放り出された三本の刀。

 

 あいつが、いない。

 

 今思えば、どうかしてると思う。このおれが、真っ先にマリモのことを考えるだなんて。だがあの時おれの眼は確かに、緑色を探して彷徨った。

 まさかあいつ―――本当に?

 

『このおれの命一つで!!勘弁して欲しい……!!!』

 

 軋む身体を無理やり立たせ、駆けだした。体中を駆け巡る激痛もこの際無視だ。

 嫌な予感に心臓は早鐘のように鳴り、元々上がっていた息がますます上がる。

 脳裏に浮かんだのは、過去の映像だった。クソジジイがおれに食料を全部渡し、自分は自身の片足を食って生きていたと知った瞬間の、絶望にも似た心の冷え。

 誰かの自己犠牲によって命を救われたという、一歩間違うと気が狂ってしまいそうな、事実。

 

 それをまたおれに味わわせるってのかよ、クソ剣士っ!!

 

 

 駆け降りた瓦礫の先、仁王立ちする人影を見つけた。

「いた……!!」

 死んでいなければ、倒れてさえもいない。

 奴のその姿に安堵し、思わずいつもの悪態が零れた。

「ったく、おどかしやがる。オイ!あの七武海はどこ……――。?」

 奴からの反応が何も無い。動く気配も。

 もう一度声をかけようとして身を乗り出した瞬間、呼吸が止まった。

 

 立っている奴の足元に絨毯のように広がる、どす黒い赤。

 立て続けの戦闘でとっくに麻痺しているはずなのに、それでも鼻を突いた、濃い血の臭い。

 

「っ!!」

 迷わず駆け寄り、奴の前方に回り込めば。

「……何だよ、この出血の量は……!!」

 前半分全てを、奴は自身の血の色で染めていた。

 遠くから見た時は分からなかったが、仁王立ちの体が微かにフラついている。当然だ、これは貧血状態なんてもんじゃない。立っていられる方がどうかしてる。

「オイ……おめぇ、生きてるか!?あいつはどこだ!!ここで一体何があったんだ……!?」

 何かしら反応を返せ。そう思い、捲し立てる。

 この際、「うるせぇ」とか「黙れ」とか、そんなクソむかつく悪態でもいい。だから、何か――。

 

 聴覚は何とか機能していたらしい。

 おれの声を聞き取ったそいつは、まるで電池の切れかけた機械人形のように、口をガクガクと震わせながら言葉を発した。

 

 

「……なにも!!な゛かったっ……!!!」

 

 

「……」

 そんなことを、言うのか。

 少しとはいえ、お前がこんなことになった経緯を知っているおれに向かって。

 

 何も、なかったと。

 

 ギリ、奥歯をこれでもかと噛み締める。

 胸中で熱い何かが渦巻いた。

 言ってやりたいことはいくらでもあって、次々におれの喉元へと競り上がってくる。

 だけど、今は。

 

「チョッパー!来てくれっ!!」

 

 こいつを死なせないことが、第一だ。

 クソジジイの片足。おれが失った大切なものは、それが最後なんだ。

 これ以上は、奪わせねぇ。

 絶対に。

 

 

* * * * * * * * * *

 

 

 目覚めた時、何でかおれの身体は物凄く軽かった。別に怪我が治ってるとかじゃねぇんだけどよ、こう、身体に圧し掛かってた苦痛?疲れ?戦ってた時のソレが、嘘みてぇに無かった。痛みもだ。

 ハトの奴と戦った時より、ギアも沢山使ったはずなのにな。何でだろう?

 

 元気だと言ったおれに、チョッパーやウソップたちも「おかしい」、「変だ」って騒いだ。仕舞いにはおれをほっぽって、何でだってアレコレ議論を始めちまうぐらいだ。

 と、おれの視界の端で黒い塊が動いた。サンジだ。

 そういや、さっき起き上がって何か呟いてたような気もするな……なんて思ってたら、サンジの奴、周囲を見回しながら中庭の外へ物凄ぇ勢いで駆け出して行った。

「サンジ?」

 何だろうと追いかけようとしたら、爪先に何かがカラン、と当たる。見れば、三本の刀。一本は見慣れないものだったけど、あとの二本はゾロのだから、きっとこの三本はゾロの刀だ。

 

 あれ?そういやゾロの奴もいねぇな。

 

 あいつが刀を放ってどっか行くなんて、そうそう有り得ねぇことだ。どうしたんだろう?思いながら、おれもサンジの後を追って、デカい瓦礫を駆け上がった。

「おーい、サンジ!一体どうし……――」

「チョッパー!来てくれっ!!」

 おれの言葉は、最後まで続かなかった。サンジの切羽詰まった叫び声に、一も二もなく瓦礫を飛び越える。

 立ちすくむサンジの傍らに立っているのは、ゾロ。

「ゾロ!おい、どうした!?」

 前方に回り込むと、ゾロは体中のありとあらゆる所を赤で染め上げていた。裸足でいるせいで、地面に染み込みきれていないゾロの血の生温かさが直に伝わってくる。

 無意識のうちに、身体がブルリと震えた。

 

「どうしたんだサンジ!何が……。ゾロっ!?」

 瓦礫から顔を出したチョッパーが、目を見開いて絶叫した。だけど、すぐにその顔を医者の表情に引き締めると、「治療道具持ってくる!」と再び瓦礫の向こうへ消える。チョッパーの叫びで他のみんなにも伝わったらしく、ナミやウソップたちも次々に走ってきた。

「ゾロ!なぁ、ゾロ!!大丈夫か!?」

「どうしたんだよ!何があったんだっ!?」

「ちょっと!しっかりしなさいよ!!ゾロ!」

 クルー六人とブルック、そして、最後に医療道具のリュックを持ったチョッパーが追いついた瞬間。

 

 何となく、ゾロが小さく笑ったように見えた。

 

 こんな状態でそんなこと、できるわけねぇって、いくらおれでも分かるけどさ。後で他の奴等に言っても、やっぱり「有り得ない」、「気のせいだ」って言われたけど。

 でも、おれにはそう見えたんだ。

「ゾロ?」

 思わず呟くと、ゾロの口が呻くように声を出した。

「……なにも、なかっ……」

 瞬間、グラリとゾロの体が大きく揺らぐ。周りのみんなが「ゾロ!」と叫んだ。

 そのまま前方に倒れ込んでくる血だらけの体を、おれは両腕でしっかりと受け止めた。

 

 

 何もなかったなんて、こんなゾロを見れば有り得ないっておれも思う。

 でも、ゾロがそう言うのなら。

 あんな風に笑うのなら。

 “何もなかった”んだ。

 

 それで、いい。

 

 

* * * * * * * * *

 

 

「何もなかったって、ゾロは言ってたけど……」

 パチン、と頭の後ろでヘアゴムが小気味いい音を立てる。着替えはこれで終了だ。

「だったらあいつがあんな大怪我、するわけないわよね」

「……そうね」

 サニー号の女部屋。振り向いた先で、ロビンが頷く。ロビンはまだ、着替えたシャツのボタンをはめているところだった。

 

 あまりにも出血多量で下手に動かすわけにもいかなかったため、ゾロの手当てはサニー号ではなく近くの屋敷の一角に運び込んで行った。治療を終えた今もまだ、ゾロはそこで眠っている。絶対安静。チョッパーも、ずっと傍に付き添っている。

 そうなればもう、私達がゾロにできることなんて何もなくて。その日は崩れ落ちるようにそのまま中庭で眠り、目覚めた今は、こうして一旦船に戻って着替えや必要な物を取りに来ている。一通り準備ができたら、また中庭に戻って食事をとる予定だ。あれだけの大人数に料理を作るからと、サンジ君がさっき、慌ただしく大きな鍋やフライパンを引っ張り出していた。

 

「……サンジ君、絶対何か知ってるわよね」

 肉球男が起こした爆発から目覚めた時。サンジ君は誰よりも先にゾロがいないことに気づき、探しに行った。

「そうね、きっと」

 ロビンが頷く。

「でも、サンジ君も私たちに何も言わない」

「そうね……」

 頷き、小ぶりのネックレスを留めて着替え終えたロビンを、私は軽く睨んだ。

「ねぇ、ロビン。さっきから『そうね』ばっかりじゃない?」

「そうね」

 悪びれもなく微笑まれ、私は盛大に溜息をついた。まったく、このお姉さまときたら。

 あいつ等が隠そうとしている以上、あれこれ詮索すべきじゃないとは分かっている。だけど、考えてしまう。割り切れない。それは、私がロビンみたいに大人じゃないからだろうか。

 また一つ、無意識のうちに溜息が零れる。

「……まぁいいわ。あいつ等が何もなかったことにしたいなら、そうさせておく。今までだって、男共の考えてることなんて理解できたことの方が少ないもの、私」

「大人ね」

 自暴自棄になりつつ言えば、ようやくロビンから「そうね」以外の返事をもらえた。けれどそれは、予想だにしなかったもので。

 怪訝に思う気持ちを隠さず表情に出せば、ロビンが苦笑とも自嘲ともとれる顔で笑った。

「私も、そう思うようにはしているのよ?彼らがそう言うのだから、私たちは何も知らないままでいいんだって。でもね」

 

 頭では分かっていても、それでも。

 

「やっぱり本音は、真実を知りたくてたまらないの。きっとそれを知れるチャンスがあったら、私は迷わず知ろうとすると思うわ。……子どもでしょ?」

 言って、ロビンはふふ、と笑った。まるで、自分で自分のことが困るとでも言いたげに。

 それでも私はホッとする。ロビンがあいつ等の事をそんな風に想ってくれていることに。そして、「本当は知りたい」と願っているのは私だけではないんだということに。

 だけど、あいつ等の思うようにさせておくと言い切り、あまつさえ「大人ね」とまで言われてしまった手前、私はロビンの言葉にそうアッサリと同調するわけにもいかなくなっていた。

 まったく、本当にこのお姉さまときたら。こんな掌返しが待っているなんて。

 仕方なく私が、

「大人なのにね」

 と苦笑すれば、ロビンがまた、「そうね」と言って笑った。

 

 

* * * * * * * * * *

 

 

「チョッパー!」

「頼まれたもの持ってきたぞー」

 ルフィさんたちが大きな包みを頭上に抱え、船から屋敷に戻ってきた。私の影を取り戻してくれた剣士さんは、今も此処で眠ったままだ。

 ずっと付き添っている小さな船医さんも、ルフィさんたちに容体を訊かれ、心配顔で剣士さんを見た。

「こんなにダメージを残してるゾロをみたのは初めてだよ。命も本当に危なかった……」

 言って、今度は腕を組み、思案顔になる。

「……やっぱり、おれたちが倒れてる間に、何かあったんじゃないかな」

 船医さんのその言葉に、私は思わず目を伏せた。もっとも、私の目は眼窩だから、誰もそれに気付かなかっただろうけれど。

 

 私は、剣士さんがこんな重傷を負った理由を知っている。

 あのニキュニキュの実の方が起こした爆発で吹き飛ばされた私は、それでも意識が残っていて。身体こそピクリとも動かせなかったけれど、閉じる瞼も無いこの身では、視覚も聴覚も全開だった。

 そこで展開された、剣士さんとあの能力者との遣り取り。

『こいつは、海賊王になる男だ!!』

 剣士さんの、強固なまでの意志と覚悟。

『身代わりとなるなら文字通り、お前がこの男の苦痛を受けろ』

 一見すれば丸い空気の玉に見える物を放られた途端、上がった叫びと飛び散った血の赤。

 

 

「何が起きたか!実はおれ見ちった!!」

「おれも!話してやろう!あの時何があったのか!!」

 興奮したような声に、私は現実へと引き戻される。見れば、私と同じく影を取られていた方々の内の二人が、自慢げに両手を上げて騒いでいた。

 けれど、二人はすぐに、ルフィさんの船のコックさんに捕まって、ズルズルと屋敷の外へ引っ張り出されていく。その様子に、私は小さく溜息をついた。

 

 やはり、彼も隠そうとしているのか。

 

 確かに今回の剣士さんの重傷の理由は、ルフィさんには知らせない方がいいだろう。剣士さんも、おそらくそれを望んではいない。

 剣士さんと同じ覚悟を持っていたコックさんだからこそ、きっとその気持ちが痛いほどに分かるのだ。

『こちとらいつでも身代わりの覚悟があんだよ……!ここで“死に花”咲かせてやる……!!』

 そのコックさんの意志は結局、剣士さんが叩きこんだ鳩尾への一撃によって、果たされることはなかったけれど。果たされなかったからといって、その覚悟まで無かったことには、決してならない。

 コックさんもまた、ルフィさんや一味のことを想っていた。

 

 何があっても揺るがない船長への信頼。

 何よりも大切だと思える仲間。

 その人たちを守るためなら、命さえ惜しくないという気持ち。

 この五十年のうちに私がすっかり疎遠になっていたそれらの想いを、あの二人の言動は改めて思い出させてくれた。

 

 やはり、「仲間」は素晴らしいと。

 

 

 だから私は、さっき騒いでいた二人の気持ちが、ちょっと分かる。

 あんなに感動して、無い胸までが熱くなったことを、誰かに伝えたくてたまらないのだ。

 でも、やっぱりルフィさんたちには言えない。剣士さん、コックさん、ルフィさん、皆さんの気持ちを思えば、絶対に。

 けれどせめて、コックさん本人に打ち明けることは許されるだろうか?この気持ちを抱えたままでいるのも、知らないふりをしているのも、どうにも無い胸にモヤモヤしたものが残ってしまう。このままでいるのはきっと、骨身にだって宜しくない。

 どれだけ心を揺さぶられたか、コックさん本人に伝えたい。

 

 小物入れになっている空洞の頭で色々と思案していると、コックさんが再び屋敷に戻ってきた。少し離れた所で、さっきの興奮二人組も屋敷へと歩いてきている。

「おれは今から飯作りだ。いいかルフィ、出来上がるまで摘み食いすんじゃねぇぞ」

 ルフィさんに釘をさしながら、コックさんは即席のキッチンへと向かって行った。あくまで、さっきまでと全く同じ態度で。横になっている剣士さんのことも、チラリとさえ見なかった。徹底していると、そう思う。

 さて、私は一体どのタイミングであのコックさんに話を切り出そうか。再び空洞の頭で思案しながら、私は調理を始めるパーカーの後姿を眺めた。

 

 

 

 

 

あとがき

 41733打(←語呂合わせで「良いナミさん」だそうです!いいですねー、このセンス♪)を踏んでくださった、はっぴー様から頂戴しました、「485話の裏側」というリクエストで書かせて頂きました。といっても、行き過ぎてしまい最後のブルックさんパートは486話ですが。(苦笑)

 この485・486話は、人気が高いお話ですし、皆さんも何かしら「この時はこうだったんじゃないか」と想像されたことがあるかと思います。なので、自分で書くとなると本当に緊張して……。原作の究極の雰囲気を壊してしまわないかと、ドキドキしながらの作業でしたが、自分なりには精一杯やったつもりです。クルー全員を出せなかった点は残念ですが。(泣)

 色々と語りたいことはあるんですが、一つだけ。ゾロがあんなに出血しても立っていたシーンですが、私はやっぱり、みんなの無事を確認するまでは倒れるに倒れられなかったんじゃないかな、と。なので、ゾロがみんなを視界に捉えた瞬間と、倒れるタイミングは、あんな描写とあいなりました。

 はっぴー様、こんな話でよければ受け取ってやってください。リクエスト、有難うございました!!

 

 

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