「禁酒だと!?」 「いいえ、年に一度だけ、飲んでいい日がありますよ?」 凄い形相で詰め寄ってくる黒を纏った男に、宿屋の女主人は動じることなくサラリと応えた。 Give me! もう幾度目になるかわからない次元移動の風を抜けて降り立ったそこは、とある一名において、大問題の国だった。それは、酒に関して。 その国は昔、酔っ払いによる暴動が幾度となく起こっていたらしい。そして十数年前、段々と激しさを増すようになったそれは、危うくこの国の王まで巻き込みそうになり。恐れた王は、元々それほど愛飲家でなかったことも重なり、国中の者に飲酒と酒を売ることについての禁止令を出したそうだ。 しかしそれでは、愛飲家たちや酒屋は黙っていない。そこで王は、一年に一度だけ、酒を飲んでいい日を設定した。その日だけ、酒の売買も許されるらしい。 「で!?その酒を飲んでいい日はあと何日後だ!?」 浴びるように酒を飲んでも平気な男は、必死の形相で女主人に尋ねる。この旅のメンバーの中で、酒について一番必死なのはこの黒鋼だろう。 「さぁ……いつだったかしらねぇ?私はお酒は飲めないんで、そんなに楽しみでもなくて。……あんたー!お酒の解禁日、あと何日後だったかしらねー?」 カウンターから奥の部屋に向かって声を張り上げた彼女に、男の簡潔明快な答えが返ってきた。 「あと百八十三日後だー!」 「……だそうです、お客さん」 「百……八十……三……」 呆然と呟く黒き忍を、彼の旅の仲間はそれぞれの表情で見やっていた。 それから四日が経つ。 「ただいま戻りました」 宵闇が迫る頃、部屋の扉を押し開けた小狼に、真っ先に黒鋼が反応した。 「姫の羽根は!?」 「……いえ。今日も有力な情報は得られませんでした」 「そうか……」 首を横に振る少年に、立ち上がった黒鋼は軽く溜め息をつき。再びイスに腰を下ろす。 この国にサクラの羽根さえなければ、さっさと次の世界へと移動できたのだが、幸か不幸か今回のモコナの反応は「微かだけど、羽根の波動を感じるの〜!」だった。 「すみません、黒鋼さん。おれの力不足で」 「黒鋼さん、ごめんなさい。わたしの羽根があるばっかりに……」 申し訳なさそうにする年少組みに「おまえたちのせいじゃねぇ」とは言うものの、その声にはどこか力がないと自覚していた。 酒を飲まない日がこうも続くと、さすがに辛かった。こっそり飲もうにも、酒が店頭に並んでさえいないため、やりようがない。となれば、早くサクラの羽根を探し出すしかないが、こんな時に限って、なかなか有力といえる手がかりが見つからない。 だが、いくら考えても、無いものは仕方がない。また明日、地道に話を聞いて回るしかないか……と、黒鋼が必死に自分で自分に言い聞かせていると。 「モコナー、アレ出してー」 黒鋼曰くの“へらいの”が、やはりへらりとした笑顔を浮かべながら、のほほーんとした口調で言った。 何かと思い見やれば、「はーい!」と良い子の返事をした白き生物が、ゴバァッと大口を開ける。そこから出てきたのは……。 「なっ!?」 「じゃーん!おっ酒〜!」 見覚えのある酒瓶が一本、現れたのだ。 「モコナのお口は収納もできるの〜」 「こんなこともあろうかと、今までの国のお酒をいくつか とっておきましたー。偉いでしょー? まだあるけど、とりあえず今日は一本で我慢……――」 「ばっか野郎!こんなもんがあるなら、何でもっと早く言わねぇ!?」 とうの昔に酒切れの我慢の限界にきていた黒鋼は、思わず怒鳴った。瞬間、ファイの片眉が不気味にピクリ、と動く。 褒められこそすれ、文句を言われる筋合いは無い、といったところか。その証拠に、こちらに差し出されていた酒瓶が、スーッと魔術師の方へ遠ざかる。 小脇にそれを抱え込んだ男が、これでもかという満面の笑みで口を開いた。 「次のうち、黒様が言うべき台詞はどれでしょうー?いちー、『絵が上手ですね』。にー、『名付けのセンスがありますね』。さーん、『有難う、恩に着ます。このご恩は一生忘れません』。はい、どれ?」 「……さ、三か?」 「数字じゃなくて言葉でお願いします」 魔術師から、絶対零度の笑顔でもって見下ろされる。こんなことになるなら、自分もイスから立ち上がっておけばよかったと、黒鋼は少し後悔した。そうすればせめて、こちらが相手を見下ろす形にはなれたのに。 そう思いながらも、渋々言葉を絞り出す。 「……悪かった、礼を言う。……恩に着る」 「うーん、微妙だなぁー。本当にそう思ってるー?」 楽しむように渋る魔術師に、黒鋼の中で何かが音を立てて切れた。 こうなったらヤケクソである。口から出任せでもいい、とにかく相手の機嫌をとって酒を入手しなければ。背に腹はかえられないのだ。 「本当だ、感謝している」 「うんうん」 「心から礼を言う」 「うんうん」 頷く魔術師の表情が段々と満足げに変わっていくのを見て、黒鋼はあと一押しだと確信する。 いつまでもこんなことはしていられない。次の一言で止(とど)めを狙った。 「お前がこんなにいい奴だと思ったのは初めてだ!!」 瞬間、再びファイの眉がヒクっと動いた。しかも今度は二回も。 「……『初めて』?」 「あぁ?……っ!?」 止めは、別の形で刺された。 わざわざ一単語を取り上げられ、黒鋼はようやく言葉の選択を間違えたことに気付く。が、気付いたところで、言ってしまったことは消えてはくれない。後の祭りだ。 「モコナー、二人っきりでお酒飲もうかー」 「うん!ファイと酒盛りする〜!」 「いや、待て!今のはだな……」 「ファイー、何か遠くで犬が吠えてるねー」 「そうー?オレには全く聞こえないー。っていうか、犬の声なんて聞きたくもないー」 「モコナも聞きたくなーい」 「悪かった!謝る!だから」 酒を飲ませろー!! 黒鋼の叫びに何か感じるものがあったのか。近所の犬たちが共鳴するかのように、次々と月に向かって遠吠えをしたのだった。 |
あとがき 前回書いた話(←「温かな、矛盾」)がシリアスだったから……と思ったら、遊びすぎました。(苦笑)ギャグ街道一直線。 実際のところ、ファイさんなら、「ひっどーい、黒様。褒めるどころか怒鳴るー」ぐらいの反応で済みそうな気もしますが。今回はちょっと、黒鋼さんをいじめてもらいました。(笑) |