御免蒙る

 

 

 空は快晴、波は穏やか。

 広げた帆に心地よい風を受け、麦わらの一味の船は快調に海を進んでいる。

 そしてこの男の口もまた――快調に動いていた。

 

「――……それでだな、問題は、白馬は普通の馬よりもかなりプライドが高いってことなんだ」

「王子が乗るからか!?」

「まぁ、そんなとこだな。だから、黒い汚れが落ちなくなっちまったその白馬は、三日三晩泣き暮らした」

「か、可哀想だな……」

「心配するな。そこで登場するのがこのおれ、キャプテン・ウソップ様よぉ!」

 ラウンジで腕を組み高らかにそう発言するのは、自ら名乗っている通り、この船のキャプテン……ではなく狙撃手、ウソップだ。テーブルを挟んで彼の向かいに座る船医のチョッパーは、彼の一言一句に一喜一憂しながら話を聞いている。

 もはや、この一味では見慣れたと言ってもいいほど日常茶飯事な光景。時にはここに船長も混ざることがあるが、今はお気に入りの船首にいる。

 そして、ラウンジといえばかなりの高確率で姿を見られる男がもう一人。その男の立てるジャージャー、ジュージューといった音をBGMに、ウソップの話は進む。

 

「『安心しろ、おれ様の高レベルな芸術性をもってして、お前をスタイリッシュな馬にしてやる!』そう言っておれは、馬の汚れた黒い部分に重なるように黒色のペンキでラインを引いてやったんだ」

「かっ、体に落書きしちゃったのか、ウソップ!?」

「まぁ待て、チョッパー。最後まで聞け。おれはついでに、そのまま馬の全体に、バランスよく黒い線を引いてやったんだ。そうしたら、その馬はもちろん、周りにいた他の白馬たちまでその縞模様のかっこよさを気に入っちまって。どの馬もおれに模様を描いてくれってせがんできてよ」

「それで、描いてやったのか!?なぁウソップ、まさかそれってシマウマの……」

 期待に満ちた瞳で身を乗り出してくるトナカイに、ウソップは大袈裟なくらい大きく頷いた。

「あぁ、そのまさかさ。何を隠そう、シマウマ誕生の瞬間をつくったのは、このおれ様だ!」

「すっ、すげぇ、ウソップ!」

「当たり前だろ?おれ様のアートは、万人どころか動物のハートにまで届いちまう力があるのさ」

「うわー!すげー!!そうだよな、おれもトナカイだけど、ウソップの絵、好きだ!」

 手放しで賞賛されてご満悦のウソップは、ふと別の方向から視線を感じた。それも、かなーり嫌な視線。

 チラリとそちらを盗み見れば、料理の作業がひと段落ついたのか、この船のコックが銜え煙草でこちらを見ていた。いかにも呆れているという顔だ。

 

 どうにも居心地が悪くなり、ウソップはいまだにキラキラとした瞳で興奮してくれている純粋な船医に視線を戻した。

「な、なぁ、チョッパー。そういやお前、薬の調合がまだ残ってるとか言ってなかったか?」

「え?……あっ!そうだった!おれ戻らなくちゃ」

 あまりにも唐突な話題転換だったが、チョッパーは素直に慌て、テーブルに載った医学書数冊をかき集める。もともとは、置き忘れていたこれらの本を取りにチョッパーはラウンジに来たのだ。

「じゃあまた後でな、ウソップ。サンジも、邪魔してごめんな」

「おう」

「頑張れよ」

 本を抱えた小さな影が扉の向こうへと消えると同時。コックが煙草を手に取り紫煙を吐き出した。

「チョッパーの方が、よっぽど分かってるな」

「わっ、悪かったよ、騒いじまって。……けどサンジ、そんな目で見るか普通?どうせ、おれのこと馬鹿にしてんだろ」

 恨み言とも拗ねたともとれる発言をするウソップに、サンジはあからさまに顔を歪める。

「はぁ?バーカ、違ぇよ」

「って、今まさに馬鹿にしてるじゃねぇか!!」

 ビシィッ!と片手でツッコミを入れるウソップをよそに、サンジは涼しい顔でシンクに凭れた。

 腕を組み、ウソップを真っ直ぐ見据える。

「アホ。確かにお前の嘘は馬鹿げた夢みてぇなもんばっかりだ。だから呆れて見てた。だがな、それはお前が思いつくホラの“内容”であって、お前がホラ話をしている“行為”自体を馬鹿にしてたわけじゃねぇ」

思いのほか真面目な言葉が返ってきて、ウソップは黙った。

「嘘ってのは大抵、相手を騙そう、陥れよう、そんな悪意がある。だが、お前のホラ話にはそんなモンはねぇ。……っと、そろそろ煮えたか」

 鍋の蓋がカタカタと鳴り始め、サンジの視線がコンロへと向く。

 ウソップに背を向け蓋を取ったサンジは、鍋の中身をかき回しながら続けた。

「現実ってのは厳しい。誰だって知ってることさ。チョッパーだって、この船じゃ一番年下になるが、きっと少なからずそれを知ってる」

 ふわり、と鍋から食欲を刺激する匂いが届く。今夜はビーフシチューらしい。目を輝かせるルフィの姿が容易に想像できた。

「……だったら、お前のバカみてぇなホラ話を聞いてる時ぐらい、厳しい現実なんざ忘れて、嘘という名の夢を見たっていいんじゃねぇかと、おれは思う」

「サンジ……」

 美味しそうな香りと一緒に届くサンジの声は、その香りと同じく温かくて、優しくて。

「てめぇのホラにゃ、その力がある。……まぁもっとも、おれみたいな賢いパーフェクトな紳士には、そんな夢は通用しねぇがな」

「うっ、うるせえ!どうせ、おれの話をまともに信じてくれんのはチョッパーかルフィぐれぇだよ」

 からかうような最後の言葉に、我に返り。ウソップは慌てて口を動かした。

 声が震えそうになるのを、必死に堪えて。

 

 

 

 本当、サンジは卑怯だよな。

 あいつはオレより後に仲間になったんだから知るはずもないのに、カヤやピーマンたちみてぇなこと言いやがる。

 

『あなたのウソは、バカバカしくて、でもいつも夢があって、本当に楽しいから』

『キャプテンは絶対、人を傷つける様なウソはつかない』

 

『厳しい現実なんざ忘れて、嘘という名の夢を見たっていいんじゃねぇかと、おれは思う。てめぇのホラにゃ、その力がある』

『嘘ってのは大抵、相手を騙そう、陥れよう、そんな悪意がある。だが、お前のホラ話にはそんなモンはねぇ』

 

 サンジが料理中でおれに背を向けていて、本当によかった。

 こんな泣きそうな顔を見られるのは、キャプテン・ウソップとして絶対に御免だ。

 

 ……まぁコイツなら、声だけでバレちまってるのかもしれないけどな。

 

 

 

 

 

あとがき

 ウソップのような素敵センスの嘘を思い付くのはなかなか難しいですね。(苦笑)ウソップ、やっぱり凄いです。

 そしてサンジ君。男性には厳しいと言いながら、なんだかんだで泣きついてくるウソップやチョッパーを見捨てない。ウソップのゴーグルを取り返してあげたり、「すげぇだろ、ウチの狙撃手!」と言ってみたり、結局は男性クルーにも甘いというか優しいというか。やっぱり心優しき料理人さんだと思います。

 ちなみに調理中に煙草を吸わせることは迷いましたが…空島でのシチュー作りで煙草を銜えていたので、そちらに合わせておきました。

 

 

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