前に進む為の偶像 「前に進む」っていうのは、 困難があるからって 今の現状にとどまっていないで、 それに立ち向かっていくことだと思う。 そうやって皆、成長していく。 だけど困難に立ち向かうのって、つい二の足を踏んでしまうもので。 だから皆、何かしら心の支えになるものを求めるんだ。きっと。 血盟城のとある回廊に、その絵はある。歴代魔王の肖像画がズラリと並ぶその先頭にいるのが、眞王と大賢者だ。 おれは、そのうちの金髪の人物の方を眺めていた。いつの間にやらおれの婚約者として国中に広まっているらしい彼が、その人物に少し似ている。勿論、性格は違うだろうけど。 「何してるんです?へーか」 かけられた声に振り返る。廊下の奥から見知った顔がやってきた。うん、相変わらず理想的な外野手体型。早く野球のルールに慣れてチームで活躍して欲しいものだ。 おれは目の前の肖像画を指差し笑った。 「これ、ヨザックが破ったんだって?」 「うわっ、隊長から聞いたんですね!? ったく、あいつ妙なとこ口が軽いからなぁー」 ヨザックが罰が悪そうに顔を歪ませる。 名付け親にこのことを聞いて、興味本位で、粘着布(テープ)で継ぎ接ぎしたというこの肖像画を見に来た。 そう、当初の目的はただそれだけだったのだ。 けれど。 「で?」 青い瞳に見下ろされ、うん?と返す。 「こんな破れかけた絵を見詰めて、何してらしたんです?」 「ああ……ちょっと、考えてただけ。眞王って、やっぱり凄いよなぁ〜って」 見詰めているうちに不意に……というより、改めて思った。 この眞魔国を創り、死後も魂となって助言を与え続け。 「それに、皆の心の支えにもなって」 「支え?」とお庭番が繰り返す。 「そうだろう?ほら、何だっけ。前にコンラッドも言ってたんだけどな。我が剣を眞王にどうこうって」 「『我が剣の帰するところ眞王の許のみ』ってヤツですか?」 「そう、それ!それって、眞王が許してくれるまで戦い続けるから、その代わり自分のことも護って下さーい! ってことだろ?」 おれの言葉にヨザックが微かに苦笑した。訳し方が幼稚園児並みだっただろうか。 「まぁ、そんな感じですね」 「だろ?皆、眞王が護ってくれてるって思うから、困難にも立ち向かっていけるわけじゃん。おれもさ、困った時には神頼みとかしちゃうんだけど……――」 「神頼み?そりゃまた魔族には効果がなさそうで」 しまった。また異文化の壁。 「あ〜……いいの、いいの。おれは地球では人間やってるから、多分大丈夫なはず。 とにかく、眞王はそれで言う神様みたいな存在なんだろ?やっぱり凄いよ」 言って、もう一度目の前の肖像画を見上げる。容姿においてヴルフラムと唯一違う瞳の色は、青だった。南国の海のように、明るい青。 「そりゃあ、実際に困難を乗り越えられるかどうかはその人次第かもしれないけど、少なくとも立ち向かったことでその人は成長できるじゃん?だから眞王は皆にとって、前に進む為の偶像なんだなぁ……って」 「成る程。それで心の支えってわけですか」 「ん。そーゆーこと」 こうなってしまった今も、眞王のその瞳には眞魔国が映っているのだろうか。そして人々は、彼を心の拠り所とし続けるのだろうか。……きっと、そうだろう。 大きな肖像画から視線を剥がすと、おれは隣に立つ人物を振り仰いだ。あまり長く椅子を空けているわけにもいかないだろう。 「ヨザック、そろそろ行……――」 「オレの考えも、聞いてもらえませんかね?」 「え?」 突然放たれた意外な言葉に、思わず訊き返す。 相手が苦笑しながら付け加えた。 「まぁ、下っ端兵士のくだらない愚見ですけど」 「ううん、聞かせて」 慌てて首を振れば、ヨザックがまた笑う。今度は慌てすぎただろうか。 さっきのおれと同様、お庭番が肖像画を見上げた。といっても、顔を上げた角度はちょっとだけ。彼と自分の身長差を思い知る。 「……確かにオレたちは、眞王陛下を崇敬しています。この国をお創りになられた方ですし、危機的状況下で眞王に加護を頼むこともある。 それに、こんな風にグリ江と張り合える美形なんてそうそういませんからね〜」 「ああ……、まぁ確かに美形だけど……」 そうくるかグリ江ちゃん。 最後だけ女口調になったお庭番はしかし、すぐに真顔に戻った。そのまま、その視線はおれに向けられる。 「だけど陛下、考えてみて下さい。それは本当に、眞王やら神やらを信じての行動なんですかね?」 「へ?」 相手の言わんとすることがわからず、思わず小首を傾げた。 「ですから、そうやって眞王陛下に加護を願うという行為自体の起因は、別にあるんじゃないですか?」 未だ意味が判らないという顔をしたおれに、自称「口下手」なお庭番が具体例をくれる。 「そうですねぇ……。例えば、隊長があなたの前で『我が剣の帰するところ……』ってヤツをしたんでしたよね?」 「うん。要するに気合だって言ってた」 「そう、気合です。じゃあなぜ隊長は、わざわざ眞王に宣言してまで気合を入れたんです?」 「それは……」 少し、言葉に詰まった。こんな自惚れ発言をしていいものだろうか。 「おれを……護る……ため?」 「でしょうね。眞王陛下に自分を護って欲しいというよりは、あなたを絶対護り抜く、という想いからその宣言をしたんでしょう。つまり、この場合の隊長の行動の起因は陛下ってわけです」 パン、と頭の中で何かが弾けた気がした。 彼が何を言いたいのかが、段々と明確な形を持ち始める。 「戦場で敵陣に向かっていく兵士なんかもそうです。そりゃあ確かに、眞王の加護があると思えば安心するし、心強いでしょう。だけどこの場合の眞王は、“心を落ち着けたり勇気を与えてくれる偶像”でしかない。陛下の言う“前に進む為の偶像”っていうのは、護りたいと思える大切な人なんじゃないですかね。国にいる家族や仲間を護りたいから、敵に向かっていく。危険な橋も渡れる」 話すヨザックの目は、此処ではない、どこか遠くを見ている風だった。昔を思い出しているのだろう。 それは、誰かのために戦った仲間かもしれないし、当時の自分自身かもしれない。 「成る程ねぇ……。じゃあ つまり、『前に進む為の偶像』は人それぞれってわけか」 「そうなりますね。絵の中でしかお目にかかれない眞王陛下よりも、今目の前にいる護りたい人の方が、ずっと力を与えてくれるってことです」 何故だかこの瞬間、ヨザックはとても優しい笑顔をおれに向けた。 思わず見詰めた。 目が、逸らせない。 「陛下―?大丈夫ですか?魚にでもなっちまいましたかー?」 「へ?あ、ううん!何でもない!……っていうか、魚って何?」 「目を開けたまま寝ちゃったのかなぁ〜と」 「いや、おれそんなに器用じゃないから。ちなみに当然、えら呼吸も無理だから」 誤魔化すようにまくし立てて、先に歩き出す。後からついてきたヨザックも、当然のようにおれの隣に並んだ。 暫く互いに無言のまま歩いていたのだが、何となく訊いてみたくなって。気が付くと、口を開いていた。 「なぁ。ヨザックにとっての『前に進む為の偶像』って、誰?」 見上げた先の相手は一瞬、心底驚いたような顔をした。そして次の瞬間には、おかしそうに笑いだす。 「陛下、実はその答えならオレ、今までの会話の中で言ってますよ」 「え!?嘘!いつの間に!?おれ、ちゃんとあんたの話聞いてたつもりだったのに!」 「ひっどいわぁ。どうせグリ江の話なんて、右耳から入って左耳から抜けてたのねっ!」 「えっ、いや、そんなことは……」 グリ江口調で身を捩られ、必死に脳みそをフル回転させてみるが、心当たりが見つからない。 「あーっ、もう、どれだよ!ヨザック長々と語りすぎるからわかんない!」 「ちょっと待ってくださいよ!今の、何気に文句ですかぁ?」 「だって出てきた人名なんて眞王ぐらいで……ああ!もしかしてコンラッド!?」 ようやく思いついた人名を口にすれば、お庭番は何故か、さっきの目など比にならないぐらい遠―い目をする。 「……いや、それは絶対ありえません。むしろオレが隊長に『あんたを護る』なんて言った日には、お空の果てまで飛ばされます」 「と、飛ばされる?……まぁでも、そっか。コンラッドは自分の身ぐらい自分で護れそうだもんな。 じゃあ誰だよ〜。他に誰か出てきたっけ?」 「さぁ。どうでしょうね〜」 「教えてよ、ヨザック」 食い下がってみても、返ってくるのは意地悪な笑顔ばかり。 怒っているのだろうか?そりゃあ、ちゃんと覚えてないおれも悪いとは思うけど。 「嫌ですー。気付かない陛下が悪いんですー」 「ちぇー。ケチ」 結局、ヨザックは何も教えてくれなかった。 無論 その後どんなに思い返してみても、皆から「鈍い」と称されるおれが気付けるはずもなく。ヨザックにとっての「前に進む為の偶像」は、未だに分からないままだ。 絵の中でしかお目にかかれない眞王陛下よりも、 “今目の前にいる”護りたい人の方が、 ずっと力を与えてくれるってことです。 |
あとがき このお題を見て私が最初に浮かんだのは、世界史の「イスラム教は偶像崇拝禁止」ぐらいでして。まず「偶像」を辞書で調べることから始めました。(苦笑)もう、そんなレベル。 そんなこんなで、説明台詞多めの判り辛い内容になってしまいまして……申し訳ないです。かでな様はヨザユ好きさんのようなので、せめてもの償い(!?)で相手をお庭番にしてみました。 かでな様、お題提供ありがとうございました! |