花びら舞って

 

 

 城下の大通りにある凱旋門をくぐった時。上空から青い物が一つ、ヒラリと降ってきた。

 何かと思い見上げれば、次々に降ってくる青、青、青。

 それが花びらであることに気付いて振り向いた時には、そこには誰もいなかった。

まるで、この花びらが

空から自然に降ってきたかのように。

 

 

 

 炭になった木が、カラン、と小さな音を立てて崩れた。“焚き火だった物”は、今や煙さえ立っていない。夜間に火をたくのは、敵にこちらの進み具合を知らせるようなもの。だから、日の暮れる前に炊事を済ませ、早々と火を消した。

 静かな闇だった。仲間たちの話し声はあるが、彼らから少し距離を置いたこの場所に陣取ったコンラートには、虫の声程度にしか聞こえない。片手に汁物の椀を掴んだまま、もう片方の手に握った青い魔石をただ見詰めていた。

 そんな彼の“静”の空間を壊しに来る者が一人。ジャリ、と土を踏む軍靴の音に顔を上げれば、自分のすぐ下の副官を務める幼馴染が立っていた。

「どーした隊長。ボケッとして」

「悪かったな。考え事してる顔に見えなくて」

 あえて皮肉を口にしたのに、相手は構わず向かいの場所に腰を落ち着ける。

「まずかったか?そのスープ」

「は?」

「ほとんど減ってねえじゃねぇーか。結構他の奴らには好評だったんだけどな」

「ああ……。いや、確かにこれは美味かった」

 調理者に素直に賛辞を述べれば。返ってきたのは怒号だった。

「だったらさっさと食え!冷めちまってるだろ!?……ったく、人が超極少食材を駆使して人数分作ったってのに」

 呆れ果てたようにガリガリと橙の頭をかくヨザックに、コンラートは自分の手にしていた椀を差し出す。

「だったら、これは明日の誰かの分にまわしてくれ」

「はぁ!?」

 今度は本当に呆れた声で幼馴染が叫び。椀をこちらに押し戻すと、座ったばかりだというのにまた立ち上がった。

「お前なぁ、自分の立場わかってんのか!?食欲出ねぇって気持ちもわかるが、隊長が体力つけないでどーすんだよ!?アンタは昔っから……ん?」

 見下ろしてきたヨザックが、軽く眉をひそめる。

「お前、胸に何か青いもんが付いてるぞ?」

 言われてようやく、未だに自分が青の魔石を握り締めていることに気付いた。すぐに服の下に仕舞う。別にやましい物でもないが、あまり触れられたくない話題だったので。

 立ったままの相手が、やれやれと言わんばかりに首を振る。

「そこまで露骨に隠すか、普通?……ま、オレが今言ったのはそいつのことじゃねぇーけど」

「 ? 」

だったら何だと目で問えば、幼馴染の逞しい腕がこちらに伸び、軍服の胸の辺りから何かを摘み取った。それを自身の目の高さまで運ぶ。

「何だ?花びら?……ああ、昼間に降ってきたアレか」

 自然、昼間の光景が蘇ってくる。

 見上げた空から降ってくる、青、青、青……。

「何だったんだろうな、あれ」

「……さぁな」

 言葉少なに答える。これもまた、あまり思い出したくない話題だった。

 しかし目の前に立つ男は、指先でその花弁を弄びながら、尚も踏み込んでくる。

「この花って確か……あんたの名前をつけてなかったか、ツェリ様が。えーっと、大地がどうとか……」

「……『大地立つコンラート』」

 

『この花はね、品種改良してあって、ちょっとやそっとの日照りなんかじゃ枯れないのよ。雑草みたいに強い花。「大地立つコンラート」……うん、ピッタリだわ』

 

「あ〜そうそう、それ。案外、隊長を贔屓にしてる奴が降らせたのかもな、この花」

「さぁ、どうだかな。……だが、もしそうだとしたら愚かだな」

「愚か?」

 怪訝そうに呟く幼馴染に頷いてみせる。

「俺たちへの餞(はなむけ)のつもりか?今更だ。 それに、もしあの花に俺たちが心を動かされて、後ろ髪でもひかれたらどうする?そういう類の思考は、一瞬でも持てば命取りになる」

「……だからあんたは今、必死にそう思わないようにしている?」

 青い瞳に射抜かれ、内心で舌打ちをする。墓穴を掘った。

 やはり今日の自分は、どうかしている。

 黙りこんだコンラートに、ヨザックは溜め息をつき。そのまま再び腰を下ろすと、闇を見つめたままポツリ、と言った。

「……わかってたんじゃないのか、そいつも。自分が愚かなことをしてると」

「どういう意味だ?」

「だからこそ、姿も見せず 声もかけなかったんだろ。そんなことすれば、隊長は間違いなく後ろ髪とやらをひかれちまうだろーしな。わかっていて、それでも愚行をやらずにはいられなかったんだろ」

 いつの間にか他の兵たちの声がやんでいた。もう、就寝あるいは見張りの準備に入ったのだろう。

 辺りに響くのは、自分と幼馴染の声のみ。虫の声さえしない。……いや、虫自体、こんなところには生存していないのだ。

「でもまぁオレは、そいつはそんなに愚かでもないと思うぜ。誰かに見られりゃ非難されるだろうに、それでもオレたちに花を手向けるなんて勇気があるじゃねぇか。それに、今のような状況下でもあんたを認め続けてるなんて、なかなか見込みのある奴だと思うけどな、オレは」

 言いたいことを言って満足したのか。ヨザックはコンラッドの言葉を待たずに「さて」と立ち上がる。

「そーいうワケだから、お前はそれ食ってさっさと寝ろ。あんたにゃ しっかり体力つけてもらわないといけねぇからな」

「花を投げた者の期待に応えるために……か?」

「当然。だがそれだけじゃない。たとえ全滅する結果になっても、最後の一人には隊長になってもらわねぇーと。隊がまとまらないんでね」

 背を向けた幼馴染が、ヒラリと手を振り歩き出す。

 相手の足音が一歩遠ざかるたびに、コンラートの周りには“静”の空間が戻ってくる。

「全滅……か。あながち仮の話でもなさそうだ」

 自嘲気味に呟いた。

敵は三万強、こちらは四千弱。

 

 幼馴染の指から 花びらが離れるのが見えた。

 逆巻く風にのったそれは、闇の空へと舞い上がり、吸い込まれて消えた。

 

 

 

 

 

あとがき

 このお題を見た時に浮かんだのが、マニメ「大地立つコンラート」でのあのシーンだったんです。あの時の次男の表情が暗かったという印象を、そのまま引きずってしまい、暗めの話に仕上がってしまいました。(苦笑)

 

 

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