戴くもの

 

 

「うっほー!う〜まそ〜!いっただっきまーす!!」

 律儀に両手を合わせたと思ったら、ルフィはすぐさまその口に皿の上のものを掻き込み始める。シンクに凭れながらその様子を眺めたサンジは、小さく息を吐いた。

 

 

 もう日付も変わろうかという夜中、キッチンに転がり込むようにやってきたルフィに散々腹が減ったとせがまれ。翌日のための仕込みの最中だったサンジは、邪魔やつまみ食いをされては堪らないと、仕方なく冷蔵庫から生で食べるにはそろそろ危ないと思われる食材をいくつか取り出し、簡単な炒め物を作った。

とはいえ、食欲をそそるガーリックの風味をきかせたそれはルフィにぴったりだったらしく、盛った皿を差し出した途端、相手は目をキラキラと輝かせ。そうして、冒頭に至る。

 

 

シンクに体重を預けたままのサンジは、胸ポケットから煙草を取り出した。

ルフィへの夜食と同時進行で仕込みも進めたため、こちらもあとは煮込むだけ、やることは一通り終えてしまった。ものの数分もすればルフィの皿も空になるだろうから、それを洗ってしまえば本日の仕事はほぼ終了だ。

ぷかりと吐き出した煙の向こうでは、ルフィが手を休めることなくガツガツと皿の上のものを掻き込んでいた。詰め込みすぎている両頬は、げっ歯類のように膨れ上がっており、口の周りは食べカスだらけだ。

その様を眺めながら、サンジは何とはなしに呟いた。もっともそれは、日頃から思っていたことではあったのだが。

「お前ってさ、食い方はお世辞にも綺麗とは言えねぇのに、『いただきます』だけはちゃんと言うよな」

 かけられた声に、ルフィはようやく皿から視線を上げた。頬はまだ膨らんだままだったが、それでもはっきりとした声で言う。

「おう。だって、『いただきます』は大事な言葉だからな」

 さも当然と言わんばかりの口ぶりに、サンジは意外そうに特徴的な片眉を上げた。

「へーえ?それ、『いただきます』の意味をちゃんと知ってて言ってんのか?」

 サンジが知る「いただきます」の意味は、世間一般にもよく言われている「命をいただきます」だ。この船長の大好きな肉は勿論、魚、野菜、果物だって生きている。それらの命を「いただきます」。

 だが、ルフィが本当にそんなことを知っていて、思って、普段それを言っているのだろうか?

 対するルフィは、少々眉根を寄せてみせた。

「失敬だな。ちゃーんと意味、知ってるぞ?前にマキノが言ってたんだ」

「マキノさんって、お前にタダ飯食わせてくれてたっていう、麗しのレディ?」

「ウルワしいかどうかは分かんねぇけど、タダ飯じゃないぞ、宝払いだ!」

「似たようなもんじゃねぇか、その時点では一ベリーも払ってねぇんだろ?それで食わしてくれてたってんだから、心優しき麗しのレディに決まってる!……で?そのマキノさんは『いただきます』の意味を何て仰ってたんだ?」

 確かにそのような女性なら、正しい意味を知っていて不思議はない。が、ルフィはきょとん、とした顔で小首を傾げた。

「何言ってんだ、サンジ?おれはマキノが『いただきます』の意味を言ってたなんて、一言も言ってねえぞ?」

「あぁ?普通、この話しの流れじゃそう思うだろうが」

 わけが分からない。じゃあ何を仰ってたんだと先を促せば、ルフィは食事を再開しながらのんびりと昔の思い出を語った。

 

 

『やっぱりうめぇーなぁ、マキノの料理は!』

 出された肉に齧り付きながら言う子供に、カウンターでグラスを拭いていた女店主は「ふふっ」と笑った。

『有難う、ルフィ。私もいつも美味しそうに食べてもらえるから嬉しいわ』

『なぁ、マキノは料理に何か特別なモン入れてんのか?』

『特別な物?』

『うん。だってこんなに料理がうめぇんだからさ、美味しくなる不思議粉とか入れてんじゃねぇのか?』

 真面目な顔で子供は尋ねた。もしそんなものがあるのなら見せて欲しかったし、よければ少し分けて欲しいとさえ思いながら。

 けれど女店主は可笑しそうに、布巾を持ったままの片手を振った。

『まさか。使ってないわよ、そんなステキな粉は』

『ほんとかぁ?隠してねぇか?』

『ほんとよ。でも、そうねぇ……』

 少し考えるようにして、女店主は言った。

『いつも、食べてくれる人のことを考えながら、思いながら、料理を作ってるわ。美味しくなるとしたら、それがポイントなんじゃないかしら』

 なんてね、と付け加え、女店主はまた「ふふっ」と笑った。

 

 

「だからな、おれはそのマキノの台詞を聞いて、ようやく『いただきます』の意味が分かったんだ」

 もぐもぐと動かしていた口の中身を、大袈裟とも思える音を立てて全て呑み込んで。

 自信満々といった顔でルフィがサンジを見上げた。

「料理に込められてる“作ってくれた奴の気持ち”をいただきます、だろ?」

「……」

 咄嗟には、サンジは言葉を返せなかった。

 予想外の答え。ルフィはこれまでもずっと、その考えで「いただきます」を言っていたのだろうか。マキノにも、立ち寄った島の食堂の料理人にも、そして――サンジにも。

 相変わらず、この船長の思考回路はどこか人と少しズレている。

 けれど。

 

 サンジは銜えていた煙草を手にとると、細く長く、紫煙を吐き出した。

「それはそれで、正解かもな」

 呟けば、ルフィが心底呆れたような顔をする。口の周りの食べカスをペロリ、と器用に舐めとりながら。

「ばっかだなー、サンジ。それ以外の意味なんてあるわけないだろ?『正解かも』じゃなくて『正解』だ!」

「お前にだきゃバカにされたくねぇーよ」

 いつものように悪態はついてやったが、いちいち訂正はしなかった。別に間違った考え方でもないのだから、わざわざもう一つの意味を教えることもない。

 サンジの言葉を特に気にする様子もなく、大食漢とは思えぬ細い腕が、空になった皿をズイッと差し出してくる。見下ろせば、座ったままのルフィがいつもの顔で「ししし」と笑った。

 

 

「うまかったぞサンジ!ごちそーさま」

 

 

 

 

 

 

あとがき

 キャラクター語りの部屋でも書いているのですが、ルフィは基本的に、一般的な考え方とはズレた思考の持ち主だと思うんです。でも、そのズレ方は大きく間違っているわけじゃないし、時にはそれで皆が考え付かないような的を射た発言をする。そこでまぁ、周囲からは「ルフィのくせに」とか言われちゃったりしますが(笑)、それがまた彼の魅力かと。

 そしてこれまた拍手お礼@でも書きましたが、コックさんは食事中の船長さんにはきっと敵いません。(笑)

 

 

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