それは、
今までを共に過ごした者が旅と呼ぶには、
あまりにも過酷な状況での事だった。


   --- 空っぽの箱を胸に ---

「で、どこなんだ。ここは」

「おっきい湖だね」

「人の気配もないみたいですね」

あれ?っと思った。

「モコナ、どう?」

「強い力は感じる」

生き物の気配がなくて。
大きな湖が広がっていて。
霧が立ち込める森があって。
旅の途中で。

この景色は、何処かで見たものだと体が覚えている。
でも、どうでもいいような気もする。

この世界に辿り着いた瞬間、
立ち尽くした旅人はそう思った。


「何だか、すごく・・眠い・・・」

「サクラ?」

「寝ちゃったみたいだね」

「そういうの、久し振りだな」

「疲れているんだろう」


木陰にサクラを横たえ、拾った薪をくべて火を強くした。
湖畔の静けさは、炎に燃えるその音だけが響いている。

「ここ、北の国に入る前の?」

「似てるな。分るのか?」

「あぁ」



黒鋼と『小狼』の会話を聞きながら、
ファイは、傍らで眠るサクラの髪を撫でつけた。
ザクリ、と足音が近づいてくる。

さほどない距離。


「ここは、貴方が誘導した世界だ」

さぞや美しかっただろう蒼い瞳が、唯ひとつで見つめ返した。

「そう、ここはオレが作った場所」

「導いたのではなく?」

「そうだよ。移動中に、小さな空間を設けただけ」
世界でも、国でもないとファイは言う。
小さく肩を上げ、"それで?"と問うような素振りを見せて。

「どうするつもりだ?」

『小狼』の真っすぐな視線から、ふい・・と視線を逸らせば、
湖の岸でモコナと黒鋼がこちらを伺っていた。


「・・どうもしないよ。ただ・・・
 少しでも傷が癒えるように、ゆっくりさせたかった」

「そう、か」
『小狼』も、頷くしかなかった。

「これ」
ごそごそとポケットをさぐったファイが、掌に取り出した物をのせた。
真っ白で、真四角で、小さな小さな。

「箱?」

ファイはそれを、『小狼』に差し出した。
「そっ。君が持ってて」

そうっと『小狼』がつまみあげると、それは何の重みも感じなかった。
「っ?!」

「空っぽ?」
くすり、と笑う。

『小狼』は思い出していた。
"
この魔術師は、いつでもこんな優しくて寂しい笑顔だった"と。
小狼を通して見た笑みも、今目の前にあるその表情だったと。

「あのね、その箱はこの空間みたいな物だよ。
 ちゃんと存在しているけど、本当はあるのかどうかも分らない。
 だけど、ちゃんとあるんだよ。その中には。
 見えないけど、今までの旅の思い出や言葉が詰まっている」
自然に、ファイの笑みが深くなる。

だがそれは、やっぱり寂しい顔だと『小狼』は思った。
そして。
「っ!」
そのものの重量すら感じない小さな箱が、ふいに重さを増した気がした。
つまんでいたそれを、反対側の掌にのせる。

「軽い?それとも、重い?」

「どちらでもあるな」

「正直だね。・・それ、君が持っててくれる?」

「何故?」

「ん、何故だろうね。持ってて欲しいから?
 もちろん、邪魔なら捨ててくれても構わないよ?」
"
だから、ね?"と、お願いをするファイの顔は、
もう笑顔ではなかった。

「分った。預かっておく」

「うん」
ファイは再び、サクラの髪をなでる。

「どうしてあの、湖の世界を?」
こうしてゆっくり話をするのは、初めてかも知れないと『小狼』は思った。

「どうしてかな?
 たぶん・・あの場所が、ひどく懐かしく思えたんだ」

「・・そうか」


それきり、二人は黙って同じ方向を眺めた。
湖に、風紋が広がっていく。




「おい。いつまでここにいるつもりだ?」

黒鋼の声が響く。
先ほどの風紋のように、広がっていくような気がした。

「サクラちゃんが目覚めるまで?」

「あぁ、そうだったな」




コト・・と音がしたような気がして、『小狼』が箱を丁重にしまうと、
ファイは満足そうに眼を閉じた。




2007.06.08

コーラル様へ捧げます。
リクは、「ファイ!・・と3人+1匹。BL無し」でした。
『小狼』くんが入って、移動しはじめるでしょ。
その途中でファイが作った空間での出来事・・・みたいな感じ。
治癒系の魔法が使えないファイが考えた、
自分に出来るコトのひとつって思って下さい。
湖畔の世界は、過去ツバに出てきたあの湖の事です。
説明書きのいる話なんて、書くな〜っ!!と言われそうですが(汗)
暗いお話ですみませんっ!!
愛をこめて。
    あんじぇ

 

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aicon-kao 「この胸の奥の楽園」のあんじぇさまより頂いたお話です。

 とあることがきっかけで、あんじぇさまに「何か書きますよ。リクエストありますか?」と仰っていただきまして。私が「やったー!嬉しいですー!!」と飛びついた結果です。(笑)

 リクエストは、上であんじぇ様が書かれている通りです。小狼君はどちらでもお任せします〜、とお願いしたら、貴重な実像『小狼』君でした!

 思い出の詰まった箱を、『小狼』君に渡すファイさんが切なくて…。(泣)更に、この場所で少しでも傷が癒えるようにという、ファイさんの優しさ…。

あんじぇさま、素敵なお話、本当に有難うございました!!

 

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