明日への希望 思いもしなかった。 もう一度、大切なものを見つけられるなんて。 「何て言うか……」 俺が折角、給料日前の悩める幼馴染に酒をおごるという善行をしているのに。当の幼馴染は、さっきから怪訝そうにこちらを見ている。 「何だ?言いたいことがあるならはっきり言えよ、ヨザ」 「その笑顔が胡散臭い」 ひどいことを言ってくれるものだ。だが、今日の俺は特に怒る気が起こらない。 俺が笑って受け流せば、幼馴染はやれやれと肩を竦めた。 「ま、そうやって笑えるようになったのはいいことなんだろうけどな。ただ、前より爽やかさに磨きがかかって、胡散臭さがますます増してるぜ」 「残念ながら、そう思うのはお前くらいさ」 「だろうな。みーんな、隊長のその笑顔に騙されちまってる。ほんと、哀れなもんだ」 言って、相手はグラスの中身を呷る。少し強めの酒だが、ちっとも顔が赤くなっていない。 俺が地球から帰ってきたのは、昨日。周囲の者から何処で何をしていたかと訊かれるのは当然で。だが俺は答えなかった。「眞王の命令だった」と言えば、誰もそれ以上は踏み込んでこない。 この幼馴染に至っては、その言葉を出さずともこちらの事情に踏み込んではこなかった。その礼も兼ねて地球で取得した「そんなはずがアラスカ」を披露してみたのだが、アラスカの意味が通じず、無駄に終わってしまった。 そうして迎えたのが、今日のこの夜。城下にある小さな居酒屋に来ていた。 幼子特有の高い声に、ふと我に返った。声のした方に目を向ければ、店の奥で、女将が自身の赤子をあやしている。 地球で見た光景と重なり、思わず目を細めた。髪も、瞳も、漆黒の……――。 「変わったな、ほんとに」 「うん?」 かけられた言葉に、視線を前に戻す。幼馴染が笑っていた。呆れているようにも、苦笑しているようにも見える。 「あの時のお前は本当、死人同様の目をしてたからな」 あの時――部下も、友も、大切な人をも失い、生き延びた自分を恥じていた時。 「でも今は、いい顔してるぜ。胡散臭いのは当然だが、生きている奴の目だ」 「生きている奴……か」 そうかもしれない。全てに絶望したあの時は、生きる気力さえなかった。 でも、今は違う。生きていたいと思う。 なぜなら。 「……見つけたんだ、希望を」 生まれたばかりの、黒という高貴なる色を持ったその希望は。すくすくと成長し、いつの日かきっと、この世界を良い方向に導いてくれる。 そう思えば、毎日を過ごすことが意味を持った。明日が待ち遠しくなる。明日がくればまた一日、“その日”は近付くのだから。 「ほー。任務先で希望を見つけるなんざ、やっぱ変わってるよな、あんた。なぁ、ちょっとでいいから、オレにもその希望とやらを分けろよ」 「嫌だね。酒をおごってもらえるだけでも有難く思え」 「うわー、ケチな男」 「何なら、酒もおごらなくていいんだぞ?」 「ウェラー卿って、ほんと素敵〜。お酒をおごって下さるなんて、なんて心が広いのかしらぁ〜」 幼馴染の反応に笑いながらも、心中で思う。 誰が分けてなどやるものか。 任務内容が内容なだけに、守秘義務があるのは当然のことだが。それがなくたって、俺は教えてなどやらない。 いつかは皆にもわかる日がくる。だがそれまでは、俺だけが知っていればいいことだ。 生まれて数ヶ月の、次期魔王。 俺の、明日への希望。 自分のグラスに手を伸ばすと、酒の表面に月が映っていて。窓の外を見上げれば、遠く高い場所にそれは浮かんでいた。 地球で身につけた感覚で判断すれば、今は夜の十一時半前後といったところか。 「あと三十分……か」 「あん?何か言ったか?」 「いや。何でもない」 もうすぐ、“明日”がやってくる。 |
あとがき 「空を見上げて10のお題」、これで全て出揃いました。ラストはこの御方に締めていただきました。 次男閣下の一人称は初で、難しかったです。少しは次男の腹黒さが出ていましたでしょうか?(←!?) 途中、せっかくなのでこっそり拍手お礼A−3のネタも使用してみたり。気付いた方はニヤリとしてください。(笑) |