時々……いや、一年のほとんど、悲しく思う。

 どうして彼女が自分の幼馴染なのだろうと。

 

 

 こんにちは、

お届けものです

 

 

「ごきげんよう。喜びなさいグウェンダル、わたくしから届けものです!!」

 バン!と大音を立てて執務室の扉を開けた人物に、部屋の中にいた二名はそれぞればらばらの反応をした。

 呼ばれたフォンヴォルテール卿は、恐怖に顔を引きつらせ。たまたま報告に来ていたヨザックは、嬉しげに頬を緩めた。

 ここまで語ればわかるであろう、その入ってきた人物とは、歩く恐怖・毒女アニシナ女史。彼女は透き通る水色の瞳をいつも以上に爛々と光らせ、ズカズカと執務室に入ってきた。その姿は、相変わらず何処から来るのか分からない自信に満ち溢れている。

 秘密裏の報告中だったため、扉には鍵をかけていたはずだが。そう思い、入り口を見やったフォンヴォルテール卿の目に映ったのは、無残に壊された扉の鍵。この幼馴染が来る度に、何かしらの修理屋を呼んでいるような気がする。

 

「ア……アニシナ」

「お久しぶりでーす、アニシナ様」

眼前に迫った毒女に怯えるグウェンダルとは対照的に、お庭番の方は至って平生の彼だ。この部下の嗜好は、本当に理解し難い。

「おや、ヨザック。相変わらず塗装職人のような髪の色をしていますね。わたくしの新商品、毒女印の超刺激臭洗髪剤『しゃぷーん・改良版』を使わないから、そのような妙ちきりんな色になるのですよ」

「何!?あんなおぞまし……いや、あの洗髪剤を復活させたのか!?」

 お庭番に向けての言葉ではあったが、使用済みの経験者が顔を引きつらせる。対するアニシナは小さく鼻で笑った。

復活ではありません、改良です。まったく、そんな違いも分からないのですかグウェンダル?いい効果はそのままに、悪い効果もいい効果にした素晴らしい商品です。もっとも、悪い効果というのは謙遜ですが」

立板に水状態のフォンカーベルニコフ卿は、長い赤毛をブンッと振り、再びお庭番の方を向く。グウェンダルが、飛んできた彼女の髪を寸でのところで避けられたのは、さすが長年の付き合いと云えよう。

「ところでヨザック。わたくしは今日はグウェンダルにしか用が無いのですが、あなたは何故この場にいるのです?」

心底不思議そうに尋ねているが、言っている理屈はめちゃくちゃだ。先にここに来ていたのはヨザックで、後からこの場に割り込んできたのが彼女なのだから。

けれど彼女の点数を稼ぎたい男は、文句など一言も口にしない。

「いやー、それが残念なことに、オレも閣下に報告があって。今ちょうど、お話ししていたところです」

「そうでしたか。では、わたくしの大事な用事が済んだら、その男同士のくだらない座談会とやらをまた再開なさい」

さして興味もなさそうに言ったアニシナが、目的の男へと向き直る。口元が、不敵な微笑みを形作った。
「さぁグウェンダル、これをご覧なさい!」
 言いながら、肩に担いでいたサンタが持っていそうな大きな袋を、ドサリ、と机上に下ろす。重要書類が下敷きになっていようと、お構いなしだ。その代わり、彼女の幼なじみが声なき悲鳴を上げたが。
「これはわたくしの最高傑作と呼んでも過言ではありませんよ。無論、わたくしの魔動装置は、数々の最高傑作と少しの失敗作しかありませんがねっ!」

……全て失敗作だろう」

 グウェンダルの小さな呟きが、彼の不幸なもにたあ生活の全てを物語っている。
 しかしそんな呟きなどすっかりポンと聞いていない赤い悪魔は、握り拳片手に熱弁を振るい続けている。隣に立つお庭番から見れば可愛いことこの上ないが、他の者にとっては恐ろしい姿以外の何物でもない。

 

……―――そんなこんなで奇跡的に……いえ、わたくしに奇跡などありえませんね。必然的に完成したのが、この魔動装置!その名も」

バサッと大袈裟な動作で袋を取り払ったそこには、大きな機械が鎮座していた。これをこの小柄な身体で軽々と担いでいたとは。

しかしグウェンダルはもっと別のことが気になっていた。この機械、どうも前にも見たことがあるような……

「『帰ってきたあむぞうくん』です!」

「やはりあれか……

 フォンヴォルテール卿はとうとう片手に顔を埋めた。その脳裏には過去の悪夢がまざまざと蘇る。

どうやら毒女の中では今、リメークが流行っているらしい。

「聞いて驚きなさい。この『帰ってきたあむぞうくん』は前回と違い、一瞬で作品が編みあがるという優れた改良品!……まぁ、消費する魔力は前回の三倍ですが」

 どこが改良だ、どこが!? と、グウェンダルは心中だけで必死に抗議した。が、口に出さなければそれは言っていないのと同じことだ。

「さぁ、グウェンダル。さっさと魔力を提供なさい」

「ちょっと待て!今は私はグリエの報告を……――

「ヨザック。そこの何やらぶつぶつ言っている男の両手を、この機械に突っ込みなさい」

「え!?またオレですかぁ?」

 傍観していた男に、再び毒女の視線が向く。

「当然でしょう。このまま何もしなければ、あなたはただ突っ立っているだけの間抜けなマチョですよ?そうならないよう、わたくしが仕事を与えてあげているのです。さぁ!早くおやりなさい」

……了解しましたー。閣下〜、オレを怨まないで下さいねー。よいしょ……っと」

「おい、グリエ!?その手を離せ!!」

「一瞬で終わるそうですから、我慢して下さいねー」

「馬鹿を言うな!一瞬でも、消える魔力は三倍……ぐあぁぁぁっ!!」

 それは本当に、一瞬の出来事だった。

 

 

 

「よ、ようやく、去ったか……

 コツコツと靴音を響かせて部屋を離れていく幼馴染に、フォンヴォルテール卿は安堵の息を吐いた。

 

 彼の強力な魔力提供により、確かに一瞬で編みあがった品はしかし、毒女の満足いく出来栄えではなかったらしい。

『やれやれ。やはり機械では、独特の繊細さや儚さは表現できないようですね』

……何故、その一番改良すべき点を改良していない……

 魔力を激しく消耗させられた男は、青白い表情で呟いた。無論、相手には聞こえないように小声で。

 これは失敗作だと高らかに宣言した赤い悪魔は、また研究に入ると言い残し、機械を再び袋に詰めてさっさと執務室から出て行った。

 

「かっこいいですね〜、アニシナちゃん。颯爽と去っていくあの後姿!」

……お前の目は本当におかしいぞ」

 隣に立つ部下を、うんざりとした顔で見上げる。アニシナのもにたあになったことがないから、こんな台詞が言えるのだ、この男は。

 そもそもあの幼馴染は、どうしてこう役に立たないものばかり発明したがるのか。前回の「あむぞうくん」の反省にしても、速さより繊細さを改良するべきじゃないのか。

「あの〜、閣下?指が忙しなく動いていらっしゃいますがー」

 相手からの指摘に、ふと我に返る。気が付けば、精神統一という名の空想編み物をしていた。

「す、すまない」

「いーえ、オレは見慣れてますから。今夜あたり、またまた作品が増えそうですねー。ところで最近はどうなんです?編みぐるみ」

「相変わらず里親不足だ。お前もいくつかもらっていくか?」

「あ、いいんですかー?んじゃ、後で遠慮なく」

 どれにしよっかなー、などと言いながら、ヨザックが窓辺にある数個の作品を眺める。どれも最近仕上げたばかりの自信作だし、自室にはもっと大量に作品が並んでいる。その中には、この部下から土産としてもらったぬいぐるみもいくつか混じっているはずだ。

……お前は、普通に受け止めていたな」

「はい?何をです?」

「私がこういうものを好むことをだ」

 大抵の者は……いや、家族でさえ、母親以外は意外だという顔をした。

小さくて可愛いものを好み、自ら編みぐるみまで作成する。その事実を知ると皆、見てはいけないものを見たような顔をし。下の弟たちでさえ、そのような顔はせずとも目を丸くして固まっていた。

だがこの男は。胸に隠していた子猫を見ても、自分がうっかり「子猫ちゃん」と口走ってしまっても。ちっとも驚く様子が無かった。まぁお互い、色々と切羽詰っていた時に出会ったこともあるだろうが。

こういうものって、小さくて可愛いもののことですか?」

「ああ。母上以外で私の嗜好を知っても平然としていたのは、お前と……

 そこまで言ったフォンヴォルテール卿は、ふと言葉を切った。無意識のうちに唾を飲み込む。

 ある事実に気付いた。と同時に、激しい動揺が襲ってきたのだ。

……閣下?」

 怪訝そうな青い目に促され、彼はゆっくりと口を動かした。

 

「お前と……アニシナぐらいだ」

 

 

 

『おやグウェンダル。あなた、こういうものが好きなのですか?ならば自分で作ってみなさい。このわたくし自らが、作り方を指南してあげましてよ』

 

 

 

 

 時々……いや、一年のほとんど、悲しく思う。

 どうして彼女が自分の幼馴染なのだろうと。

 

 けれど、一年の本当に時々、こう思う。

 彼女が自分の幼馴染でよかった、と。

 

 

 

 

 

あとがき

「今日から(マ)王!?」の「迷ううちに花は」と、「明日(マ)」を参考にしつつ。

この三人の絡みを書くのは久しぶりです。アニシナさんは、書いている自分でも気付かないうちに、勝手に暴走して下さります。(笑)

ところでお庭番は、毒女様を何と呼ぶのでしょう?「迷う〜」では『アニシナ様』ですが、ドラマCDでは本人の前で『アニシナちゃん』と言ってますし。とりあえず今回は、原作でのグウェンダルの「殺されるぞ」発言を信じて(?)、『アニシナ様』にしておきました。

 

 

back2