こちら2階ベランダ

 

 

子供はいつだって、親の帰りを待っているもの。

 

 

 

「まだかなぁー……」

城のベランダの手すりにしがみついたまま、グレタは独り呟いた。

「ベランダ」という言い方は最近覚えた。それまで、グレタにとってそこは「バルコニー」であったのだが、異世界育ちの父親はそこを「ベランダ」と言う。

父本人も違っていることは自覚しているらしく、

「ベランダ……じゃなかった、バルコニー」

と訂正するのだが、グレタにはもう「ベランダ」がすっかり馴染んでしまった。やっぱり子供としては、使い慣れた言葉よりも 新しく出会った言葉の方が面白い。

「ねー、グウェン。ユーリまだかなぁ」

後ろを振り向き、窓際の席で黙々と羽ペンを動かしている男に声をかける。男はこちらは振り向かず、けれど優しげな声音で答えた。

「眞王廟から伝達がきたのがさっきだからな。もうそろそろだろう」

「うん……」

わかってはいる。だが、「そろそろ」という言葉は実に曖昧だ。待ち人がいつ来るのかハッキリと分かる装置を、毒女が作ってくれないだろうか。

そう思いつつも、グレタは尊敬するアニシナにそれを頼んだことはない。望む人の到着を今か今かと待っている時間も それはそれで楽しい、ということもまた事実だったから。

「下に降りていなくていいのか?」

見れば、グウェンダルが今度はこちらに顔を向けていた。

「下で出迎えてやらないのか?」

「うん、ユーリが見えたらすぐ下に行くよ。でも、それまではここでいいの」

確かに先に下に出ていれば、顔を見た瞬間に駆け寄って飛びつくこともできる。だが下にいると、有利が城門をくぐるまでその姿が見られない。だから、ここにいる。ここなら、父がまだ遠くにいても姿を確認することができる。それから下に降りたとしても、出迎えるには充分だろう。とにかく少しでも早く、父の姿を見たい。

そうか、と笑うグウェンダルに頷き、再び視線を外へと戻した時だった。

「あっ!」

少女の赤茶の瞳が輝いた。

白や茶に混ざって、真っ黒な点が一つ。それが、段々と近づいてくる。

「ユーリだ!ユーリ〜!!」

精一杯に叫び、身を乗り出して大きく手を振る。真っ黒な愛馬「アオ」に跨った相手も気づいたらしく、こちらを見上げて片手を振った。

「グレター!ただいまー!」

もうすぐ父が この城に帰ってくる。

少女は頬を紅潮させたまま、階段へと向かって駆け出した。

 

 

 

 

 

こちら、二階ベランダ。

グレタはいつも、ここで おとーさまの帰りを待ってるからね。

 

 

 

 

 

あとがき

 「『ベランダ』って血盟城になさそうだなぁ〜」というのがことの発端。そんなわけで(?)有利の影響、ということにあいなりました。

 管理人は純粋さから遠ざかって結構経っているので(苦笑)、グレタくらいの子の気持ちを考えるのは、なかなか難しかったですー。文中で幼い子を描写している人達を、改めて尊敬した話でした。

 

 

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