拍手お礼10
(グウェンダル+ヨザック)
こちらから呼んでもおらず、更には訪問の事前予告もない。そんな状況でこの男が自分を訪ねてくる時の用件など、大抵決まっている。
「駄目だ。諦めろ」
「って、ちょっと、閣下!まだオレ何も言ってませんって!それに、断るのはせめてこの申請書を読んでからにしてくださいよー。文章苦手なオレが一生懸命……――」
「読もうが読むまいが結論は同じだからな。ならば私は時間を無駄にしない方を選択する」
「うわー、オレの発言さえ最後までまともに聞いてくれない!」
閣下のいけずー、などと失礼極まりない台詞を迷惑極まりないシナと共に発してくる部下を、フォンヴォルテール卿は意識して視界の外へと追いやった。
何故だろう。どうにも自分の周囲は、反応が極端のように思う。
自分と顔を合わせるだけで、表情を引きつらせ、恐怖に震える者もいれば、今目の前にいる部下を筆頭に、やけに自分に懐いてくる者もいる。更には、自分を一欠けらも恐れないどころか、こちらが恐怖させられるような幼馴染さえいる。
極端に恐れられ距離を置かれるか、極端に恐れられず近付いてこられるか。ほどよい中間は実に稀だ。
そういえば、あの王も最近は―――。
机上に置かれていた新法案の書類が目にとまり、ふと先刻の会議での少年王との遣り取りが蘇った。同時に、ほんのわずか、眉間の皺が深くなる。
けれど、フォンヴォルテール卿はすぐにその顔を上げた。一瞬だが確かに、部下からの意味ありげな視線を感じたのだ。
「何だ?」
「はい?」
「言いたいことがあるなら言え」
「あ、いいんですか?じゃあ早速この申請書……」
「今考えていたことはそれとは別だろう。――言え」
重ねて告げ、視線に力を込めれば、部下が諦めたように小さく苦笑した。
「……いえね。ただ、今日の会議で陛下と閣下が揉めたって話を聞いたもんで、そのこと気になさっているのかなぁー、と」
「お前はいつの間に仕入れるんだ、そんな情報」
溜息交じりに両目を閉じて、椅子の背にもたれる。図星だが、素直に肯定するのはどことなく癪で、そんな言葉を返した。相変わらず情報の早い男だ。
確かに今日、自分は王と揉めた。というより、最近はこのような事が増えてきた気がする。
王になりたての頃は、あの少年も自分に対して確かに怯えているようだったし、距離もとられていたはずだが、いつの間にか、自分にも恐れることなく接してくるようになった。
揉めることが増えたのもたぶん、そのせい。
「言い過ぎちゃったなぁ……とか、ちょっと後悔してます?」
「勝手に私の心中を決めるな」
「こりゃ失敬。――でももしそうだったら、『陛下は意外と前向きに捉えていらっしゃいますよー』ってことを、お伝えしておいた方がいいかなぁと思いまして」
「『前向き』?」
意外な単語に部下の顔を見上げる。相手が、「えぇ」と小さく笑った。
「これは隊長……ウェラー卿に聞いたんですけどね」
『今まで揉め事がなかったのは、おれが端からグウェンに相手にされてなかったからだと思うんだ。けど、最近は違う。揉めることがいいことだとは言わないけどさ、今はグウェンもおれのこと信じて、おれの意見にちゃんと耳を傾けてくれてるんだって、分かるから』
「……って、仰っていたそうですよ、陛下は」
そう言って笑いかけてくる部下の顔を見ていられなくて、フォンヴォルテール卿は知らず視線を落としていた。落とした先には、机上に置かれたままの新法案書類。
単に、相手が勝手に自分との距離を詰めてくるのだと思っていたが、違うのだろうか。
知らないうちに自分もまた、相手に一歩近づいていたのだろうか――物理的にではなく、“相手を信頼する”という形で。
「オレら諜報部員だってそうです。自分を信じて待ってくれている人がいる。それだけで、オレらって案外、頑張れちゃうものなんですよ?」
―― そして、自分のその信頼に反応して、相手もまた一歩、自分に近づいてくるのだろうか。
「前にも言ったじゃないですか。『割に合わない任務でも、閣下の御命令なら考えます』って」
畳みかけてくる部下を、フォンヴォルテール卿は小さく息を吐いてもう一度見上げた。
ここで微笑み返して「ありがとう」などと言うのは、自分の柄ではない。たぶん、この部下も端からそんなものは期待していないだろう。だから、フォンヴォルテール卿は片頬だけを僅かに上げる。
「『考える』だけであって、『遂行』するとは限らないのだろう?」
「あれ?そこ突っ込んじゃいます?『考えてみる』ってだけでも、オレの中では随分とすごいことなんですけどねぇ。ただ威張ってるだけのそこらの頭でっか……失礼、貴族の方々の御命令だったら、オレ考えることすらしませんよ?」
「……そうか」
そこは一応でも考えるフリぐらいはしておけ、とも思ったが、今日のところは大目に見てやることにする。グウェンダルなりの感謝の表現の一種だ。
「だがな、グリエ」
フォンヴォルテール卿は組んだままだった両手を解くと、部下が手にしている書類へと本日初めて目を向けた。
「……いくらおだてたところで、給料の前借りはさせんぞ」
「閣下、そこを何とか!今月、うちの店ほんとに危ないんですって!!」
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★一部、「これが(マ)」冒頭のヨザック独白ネタを使用させていただきました。
長男閣下は見た目は怖いし、実際厳しい一面もお持ちですが、その人となりを近くで何度か垣間見れば、多くの人が慕いたくなっちゃう人だと思います。
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