拍手お礼⑨

(ヨザック+有利)



 まるで自分自身が傷の痛みに苛まれているかのように、その少年は辛そうな顔でヨザックの左腕にそっと触れてきた。その手の下には、白という眩しさで煩わしい程に存在を主張する包帯。
 だから包帯までは不要だと言ったのに。ヨザックは内心だけで、処置をしてくれた衛生兵にごちた。もっとも、その衛生兵に「羽交締めにしてでも包帯を巻きつけろ」と命じたのは、更に熟練の女性衛生兵なのだが、さすがに彼女に対して文句をたれる勇気はヨザックにも無い。毒女とまではいかなくとも、あの鬼軍曹なら、何か不思議な力で他者が胸中で呟いた文句も受信できてしまいそうだ。

 包帯に載せられていた手が、怪我の箇所を労るようにスルリと撫でる。
「怪我……そういえばよく、左腕にしてるよな」
「まぁ、利き手や脚を庇うのは、癖みたいなもんですから。もちろん、頭部は言わずもがな」
 応えれば、相手の眉根が苦しげに寄せられる。
 もしかしたらこの人は、虫の死骸が蟻たちに巣穴へと運ばれて行く様も、今のような眼をして見詰めるのかもしれない、とヨザックは思う。それが自然の摂理と分かっていても、胸を痛めずにはいられない人。――国のために兵が傷つくのは当たり前の光景なのに、やはりこうして胸を痛めてしまうように。
「なぁ、ヨザック。おれや、国のために頑張ってくれているんだってことは分かってる。でもさ、やっぱり無理は……」
「それこそ無理な相談ですよ、陛下」
 みなまで聞かずに言葉を遮る。
「これが兵にとっての“当たり前”なんです。オレは国に、貴方に、全てを捧げている。だから、オレへの心配なんて不要です」
 見開かれた丸い漆黒の瞳が、微かに揺れた。そして伏せられる。
 突き放すような言葉に聞こえただろうか。けれど、嘘は発言のどこにも無い。兵が傷つくたびにこんな表情を浮かべているようでは、王という地位にそのうち耐えられなくなる。――だからこその言葉。

「だったら」
 声と共に、伏せられていた漆黒の目が上がった。
 先程とは打って変り、見上げてくる瞳に凛とした力強さが宿っていて、ヨザックは少し驚かされる。
「おれの野球のチームのために、怪我しないで。片腕怪我してたら、ボール投げにくいだろ?――あんたじゃない、おれはチームの試合のことを心配して言ってるんだ」
 これならいいだろう?と。寧ろ、いいと言ってくれと。そんな表情で、また包帯の上から一撫でされる。
 「だったら」という言葉を付けてしまう少年の、よく言えば正直さ、悪く言えば詰めの甘さに内心苦笑するが、その思いをそのまま口にするほど野暮でもない。
 だから、
「そういうことなら、努力します」
 敵わないなぁという思いだけを表情に載せ、ヨザックは頭(こうべ)を垂れた。


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★“任務で怪我した誰かを心配する有利”というのは、たぶん有りがちなネタじゃないかと。でもそういえば拙宅ではあまり書いたことなかったなぁ……ということで、「ヨザックメイン」を掲げる拙宅は、こうしてヨザック相手に書いてみました。

 

 

201113日まで頑張っていてくれた話です。

 

 

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