「増えたよなぁ……」

「ん?増えたって……何が?」

 

 

拍手お礼@

 

 

不思議そうに見上げてくる主君に、オレンジ髪の従者は穏やかな声で答えた。

「笑ってる人」

「へ?そうなの?」

「ええ」

 

彼らは今、授業の一環である「校外活動」の時間――つまり、城下視察へと来ている。

普段はウェラー卿がお供するのだが、ヨザックが帰国している時は、有利は決まって彼を護衛に選んだ。曰く、「だって、ヨザックは滅多に眞魔国にいないだろ?コンラッドとはいつでも行けるじゃん」だそうだ。

見送る幼馴染の痛い視線を浴びつつ、今日も城をこの陛下と二人で出た。

 

意外だなぁ〜、と呟く主に、お庭番は付け加える。

「前は……まぁ、戦後だったこともあるんでしょうけど、笑顔なんてそうそう見かけませんでしたよ。それが今じゃ……」

ヨザックは、辺りをグルリと見回した。働いている人も、行きかう人も、楽しそうに笑っている。

もちろん、皆が皆、というわけではない。だが、数年前の様子とは比べ物にならない、ということも事実だった。そしてそのきっかけはやはり、今 隣を歩く新しい王なのだろうと思う。

「やっぱり、陛……坊ちゃんは凄いな」

城下であることを思い出し、呼び名を改めつつ本音を口にすると、相手は驚いたようにこちらを見た。

「おれ?はは、まっさか〜」

笑いながら片手を振られる。ない、ない、と。

「そんなの、おれじゃなくて此処にいる皆さんの力でしょ。 そうだなぁ、例えば……あっ!あの人!」

首を巡らせ辺りを見回した彼は、近くにあったパン屋を指差した。そこは、外からでも、窓から厨房と店、両方の様子が窺える。

厨房では、パンの生地をこねている職人の姿。店内には、母子二人の客がいる。

「あそこにいる彼が、朝から一生懸命パンを焼くだろ?それを、お腹をすかせた誰かが食べる。そうしたら……」

ちょうど店の扉が開き、さっきの親子二人がパンを手にして出てきた。子供が待ちきれないという様子で、早速その袋から焼き立てのパンを取り出しかじる。母親を見上げて「おいしい!」と笑った。

「な?笑顔になる。……それから、あそこの彼女」

主君の言葉に驚いていると、彼はまた別の方向を指す。

そこは花屋で、女性が花に水をあげていた。

「彼女が育てた花。ヨザックは、あの花を見てどう思う?」

突然質問を振られ、お庭番は不思議に思いながらも再び花屋の方を見やる。

血盟城の中庭にある、上王陛下が改良をした花とはまた違うが、色とりどりの花が、それぞれの形をもって咲き誇っていた。

「綺麗だと……思います」

「ほら!やっぱり笑った!」

「え?」

主君から、嬉しそうに顔を指差される。無意識のうちに笑顔になっていたらしい。

「だよなぁ〜。おれもさ、綺麗なもんとか、可愛いもん見たら、やっぱり笑っちゃうんだよ。……きっと、あの店の前を通る人は笑顔になれる。花を買う人にも、もらう人にも、あの花は笑顔をあげるんだ」

言って、今は双黒を隠している少年王は、ほんの少し遠くを見るような目をした。

「確かに、こんな風に商売やサービス……えーっと、“奉仕”って言葉でいいのかな?そういうことをするには、色々とその環境を整える おれたち政治をする側も必要なんだろうけど、実際にみんなを笑顔にしてるのはやっぱり、此処にいて此処で生活してるみんななんだと思う」

戦争の痛手が癒えつつあるのも、そう。実際に乗り越えられたのは、誰のお陰でもない、民自身の力なのだ。

かくいうヨザックも、そう思っていたし、その思いは今も変わってはいない。

だけど。

「……やっぱり凄いな、坊ちゃんは」

「は?ちょっとヨザック。今のおれの話、ちゃんと聞いてた?」

「ええ、もちろん。だからですよ」

彼が言うのは、どれも当たり前なこと。だが、その当たり前なことに、今まで気付けた王が何人いただろうか。

“実際に国を動かしているのは、王だけではなく、民もなのだ”と。

少なくとも、ヨザックが知る限りでは今までにいない。

 

未だ分からないといった顔をしている王の背を押し、お庭番は笑った。

「さっ!行きましょーか、坊ちゃん。せっかくですから、ついでにオレの知ってる穴場、教えますよ〜」

「マジ!?やった!あんたのオススメの店って、みんな美味いんだよなぁ〜」

「おや?今日は食べ物のつもりじゃなかったんですけど?」

「え?そうなの?何かヨザックっていうと食べ物の店って定義が既におれの中に……」

「まぁ〜、ぼっちゃんたらっ!グリ江だって、“花より団子ムシ”ってわけじゃないんですよぉ?」

「……何それ?花と団子ムシ比べてどーすんの。“花より団子”だよ。誰に教わったんだ、そんなの?」

「隊長に。……うわー、オレ、また騙された?」

「“また”?コンラッドが騙す?あんたが勘違いしただけじゃないの?」

「ガーン!坊ちゃんはグリ江より隊長を信じるのぉ〜!?」

 

 

この王に統治してもらえるこの国は、本当に幸せだ。

心から、そう思う。

 

 

 

 

 

 

あとがき

 大塚愛さんの「LOVE MUSiC」の一部をイメージしながら書きました、06年の521日まで頑張ってくれていた拍手話です。何だろう、私は有利を贔屓し過ぎでしょうか?(苦笑)

 そして最後の二人のやり取り。とりあえず、有利はまだコンラッドの本性(!?)を知らないわけです。(笑)

 

 

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