サニー号の地下一階。ソルジャードックシステムで、おれが小さく溜息をついたのと、あの女が声をかけてきたのは、ほぼ同時だった。

 

 

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「フランキー」

 かけられた声におれは慌てて振り返ると、それまでずっと見詰めていた物を背後に隠すようにして立ち上がった。

 兵器開発室にいなかったから、と言いながらやってきたのは、ニコ・ロビン。肩を越す長さの黒髪を靡かせ、いつもの微笑みでおれの方に近寄ってくる。

「そろそろ昼食よ。この船は、皆が揃わないと食べないの」

「わざわざ呼びに来てくれたのか?」

「えぇ、あなたは知らないだろうと思って。別に呼んでくるように言われたわけではないのよ。私が勝手に」

「そんぐらい分かるさ。あのぐるぐるコックが女を遣うハズがねぇ」

 おれが肩を竦めれば、ニコ・ロビンはクスッと小さく笑う。

「それもそうね。ところで……その後ろに隠しているものは?」

「あ?」

 何のことだ、と惚けるより早く、おれの背後で何か不思議な音がした。思わず首を後ろへ捻って確認する。

「あら、これって」

「んなぁあ!?お前、目まで咲かせられんのかよっ!?」

 隠していたものを見られた衝撃よりも、自分の背中の光景に驚かされた。おれの背から生えた女の手。しかもその掌には、目が一つ付いている。この女の能力は何となくは知っていたが、手以外のものを咲かせているのは初めて見た。

 そんなおれの動揺なんざちっとも気にしてねぇニコ・ロビンは、どこか懐かしむように微笑む。

「メリー号……よね?新しく造ったの?きっと皆も喜ぶわ」

 その言葉に、つい、肩が小さく揺れた。

「本当に……そうか?」

「え?」

 呟いたおれを、ニコ・ロビンが驚いたように見る。

 おれの口の片方が勝手に引き上がった。自嘲だ。

「実はな、このチャンネル2、『ミニメリー2号』も、初めっから出来上がってたんだ」

「え?でも貴方、まだチャンネル2と4は空だって……」

「あぁ、確かにそう言った。だが、本当は空なのは4だけで、2にはこいつがいたんだ」

「どうして秘密になんて……」

 ニコ・ロビンの言葉はもっともだ。おれだって最初は、秘密にするつもりなんてなかった。むしろあいつらのためにと思って、これを造った。

 だが、いざ出来上がってみて、ふと思った。

「あいつら……特に、長鼻の奴。あの雪が降った日に、メリー号への想いを断ち切ったはずだ。そして、おれの造ったこのサニー号を受け入れてくれてる。なのに今、こんな風にメリー号なんて見せちまったら、あいつらにまた感傷を抱かせちまうんじゃねぇかと思ってな」

 あの勇敢な船の最期を、ある者は泣きながら、ある者は瞬き一つせず、しっかりと見届けていた。あの船と、きちんと別れるために。おれは一番間近でその様を見ていたから、知っている。

 だからこそ、思う。

 このミニメリー2号は、本当にあいつらに見せちまっていいんだろうか。断腸の思いで別れたあいつらの行為を、無駄にしちまうんじゃねぇだろうか。

 

 

「大丈夫だと思うわよ」

 静かに響いた声に、おれは現実へと引き戻された。

 背中にはもう、女の手も目も無い。おれは、女本体の方を振り返った。いつもの微笑みが、そこにある。

 麦わらのクルーであることの嬉しさと誇りを併せ持った、いつものこいつの顔。

「私は彼らの中では一番遅く仲間になったから、メリー号との付き合いも彼らよりは短いわ。だから、彼らに比べれば船への愛着が少ないんじゃないかと言われてしまえば、それまでなのだけれど……。でも」

 ガタガタ、と甲板へ通じているキャプスタンの梯子が微かに揺れた。麦わらの、「うほー!サンジ、飯かぁー!?」という嬉しそうな叫びが聞こえる。芝生の甲板で遊んでいた連中に、いよいよ昼飯の時間が告げられたらしい。

 この船はいつも、喧噪に溢れている。ひどく賑やかで、けれど何故かそれをうるさいとは感じない。

 その喧噪を愛でるように、女が天井を見上げて続けた。

「でも、私がこんなに嬉しいんだもの、ルフィ達ならきっと、感傷に浸るより飛び上がって喜ぶと思うわ。勿論、ウソップもね」

 言って、ニコ・ロビンは踵を返す。おれに背を向けて歩き出すが、喋る口は止めない。

「別に今すぐにとは言わないわ。使う必要性が出てきた時にお披露目をすれば充分じゃないかしら。『とっておきだから』とか、『驚かせたかったから』とか言えば、それまで隠しておいたことも不審がられないでしょうし」

 コツコツと響いていた女のヒールの音が、不意に止んだ。半身だけを捻って、おれを振り返る。

「何より、私が見たいわ。このミニメリー号を見て喜ぶ皆の姿を」

 笑ったその顔は、どこかいつもより子供じみて見えた。まるで、仕掛けた悪戯の結果を楽しみに待つ子供のような。純粋に、楽しみで仕方がないという顔。

 おれも、つられて小さく笑った。

「そうだな」

 確かにそうだ。おれは、何を迷ってたんだろう。

 あいつらは、そんなにヤワじゃねェよな。もう既に乗り越えたものを、振り返ったりはしねェ。

 いつだって、迷うことなく前を見据えて進んでいく。馬鹿みたいに真っ直ぐ、馬鹿みたいに賑やかに。

 だからこそ、おれはあいつらにこの船に乗って欲しいと思ったんだ。

 おれの、“夢の船”に。

「ありがとな、ニコ・ロビン」

 素直な感謝を述べれば、「どういたしまして」と女は更に笑みを深くした。

 

 

 

「ぎゃー!メリーだー!メリーが小舟で還ってきたー!!」

 ゴーストアイランドっつう未知の島に乗り込むことになり、おれは遂に「ミニメリー2号」を麦わらたちに見せた。そうしたらまぁ、どいつもこいつも歓声を上げてやがる。長鼻とトナカイに至っちゃ、嬉し泣きまで始める始末だ。

 

 あぁ、もう、本当に。

 やっぱりこいつらは最高だ。

 

 造り主としての喜びを噛みしめているおれの後ろでは、ニコ・ロビンが麦わら達を見詰めながら嬉しそうにニコニコと笑っていた。

 

 

 

 

 

 

あとがき

 この後、ナミさんたちは失踪するわ、透明アブサロムは船に乗りこんでくるわで大騒ぎになるわけですが、それはまた別の話ということで。(苦笑)

 444話で、ミニメリー号がお披露目になった時、ロビンちゃんだけ何も言わずにニコニコとしていて。それを見て、「もしかしてロビンちゃんは既にミニメリーの存在を知ってたのかな?」という管理人の勝手な妄想スイッチが入った結果が、この話です。(笑)

 人情派船大工・フランキー、ハッピーバースデー!

 

 

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