「まるマシリーズ」の『ま』 ままごと どうして女の子は皆、ままごとが好きなんだろう。 食事を作るマネをしたり、赤ちゃん役をあやしてみたり、旦那役に「ご飯が先?お風呂が先?」なんて、どこから仕入れたのか、おしゃまなことを言ってみたり。 どれもこれも、今からやらなくたって、そのうち嫌でもやることになるのに。独身の方だって、食事は作らざるを得ないはずだ。すっごくセレブなキャリアウーマンさんとかなら、話しは別なのかもしれないけど。 それよりももっと、体を動かす遊びの方が断然いいとおれは思う。おにごっことか、ドッチボールとか、野球とか野球とか野球とか。幼い頃から身体をつくっておくことは大切だ。 とまぁ、色々と思ってみたところで、結局おれは娘のキラキラした目には敵わないわけで。おれは只今、誘われたままごとに大人しく参加している。……グレタの息子役で。 「ただいまー」 「おかえりなさーい!」 若干の恥ずかしさを抱えながらも、扉を開けるパントマイムで、中庭の地面に敷かれたレジャーシート(眞魔国では何て呼ぶんだろ?)に上がる。日本なら靴を脱いで上がるところだが、ここは眞魔国なのでそれも無し。 笑顔で駆け寄ってきたグレタが、無邪気に例の決まり文句を口にする。 「ご飯が先?お風呂が先?それともグレタ?」 「あぁ、それ息子役も訊かれるのか。……って、はぁ!?」 おしゃまなんてレベルじゃなかった。 「また……ヴォルフの仕業か……」 「どうしたの?ユーリ?」 不思議そうに覗き込んでくるグレタの両肩に、おれはそっと手を載せる。大丈夫、涙目になんてなってない。 「いや、何でもない。何でもないけど、お願いだから今の台詞はお風呂までにしておいてくだサイ」 「え?何でー?」 何でって……とおれが返答に困るよりも早く。右側からドーン!と大きな影が体当たりしてきた。比喩じゃない、本当に体ごとのアタック。むしろタックル。 「ひどい!ひどいわっ!さっきから若い娘(こ)の方ばっかり!ちょっとはグリ江かーさんのことも見てっ!」 真っ白なハンカチを噛みながら迫真の演技で迫ってくるのは、言うまでもなくオレンジ髪のお庭番。新婚若奥様をイメージ(本人談)してのフリフリエプロンが、色んな意味で眩しすぎる。 「ご飯にする?お風呂にする?それともやっぱり可憐なグリ江?」 「あーっ!ユーリったら、やっぱり“じゅくじょ”好きなのね!?この“しりがる”ーっ!」 「……。あのー……さ」 ノリノリの百歳超えグリ江ちゃんと、どこから覚えたのかもう考えたくもない発言を楽しそうにするグレタに挟まれ、おれは遠慮がちに口を開いた。 最初に説明された時も、どうかとは思ったのだが。 「やっぱり色々とおかしい気がするんだよねー、このままごとの設定。母親も二人だし?」 しかも、今のはまるで息子というより不倫がバレた旦那のような扱いだ。 けれどグレタは、可愛らしく小首をちょこんと傾げてみせる。 「そう?グレタだって、おとーさま二人だよ?」 「あーうー。まぁ、そう言われるとそうなんだけど……」 確かにごもっとも。反論の余地がなくなってしまう。 困り果てたおれの耳に救いの声が響いたのは、そんな時だった。 「陛下―!姫さまー!お茶の用意ができましたよー!」 お菓子とティーセットを並べ終えたテラスから、メイドさんが笑顔で手を振っている。グレタの瞳の輝き具合が、ぐっと更に増した。 「わーい!お菓子の時間だー!」 文字通り飛び上がって歓声を上げると、グレタは手にしていた玩具の木製のおたまをヨザックに手渡し、城へと駆け出していく。かけられた「続きはまた後でね!」の言葉には、さすがに苦笑しか返せなかった。 「おれ……やっぱりままごとって苦手」 グレタの後を、ヨザックと並んでのんびりと追いかける。この距離ならば、会話はグレタの耳には届かないだろう。 フリフリエプロンを外しながら、ヨザックが見下ろしてくる。 「そうですか?オレは結構いいと思いますけどねー」 「そりゃああんたは、天下の名女優グリ江ちゃんだから、新婚若奥様の役なんて楽勝だろうけど……」 溜息交じりに言えば、隣りから豪快な笑い声が降る。 「まぁ、確かにグリ江は、女優魂もガッツリ持ち合わせていますけど?でも、そういう意味で言ったんじゃないですよ。――ねぇ坊ちゃん、ままごとって、親の姿を知っているからこそできる遊びだと思いません?」 「へ?」 「だって、親の姿を知らなけりゃ、マネの仕様がないでしょう?」 無意識のうちに、「あっ……」と呟いていた。 そんなおれを見て、ヨザックは笑みを深くする。 「だから、姫さまが『ままごと』やってるの、オレは嬉しいことだと思いますけどね。姫さまはちゃんと、ゾラシアの母親に愛されてた。もちろん、今では坊ちゃんと三男閣下にもね」 この尻軽ー!なんて台詞が出てたのが、その証拠です。 笑いながらヨザックが付け加えるが、おれは笑えなかった。何と返したらいいのか分からない。ただ、胸の中で確実に、くすぐったくて温かいものが広がっていくのは分かる。 「ユーリー、まだー!?早くしないと、おとーさまの分も食べちゃうよー!」 テラスから焦れたようにグレタが身を乗り出してきた。 慣れているはずの「おとーさま」という響きが、今のくすぐったさに妙に拍車をかけて。 おれはやっぱりままごとが苦手なままだったけれど、このティータイムが終わったら、自分からグレタをままごとの続きに誘おうと決めた。 |
あとがき 5万打御礼小話でした。「蒼灰十字(管理人:ソウ様)」からお借りした、「懐古的選択お題」の「ま」です。 この話の前半は、だいぶテンションが高いままに書いた覚えがあります。色々とやっちゃってますね。(笑)でも、ままごと上とはいえ、普段じゃそうそう書かないような台詞や会話が書けたので、楽しかったです。 前もどこかで呟いた気がしますが、グレタ親子が大好きです。原作の、有利・ヴォルフ・グレタの組み合わせは、微笑まし過ぎると思います。(断言)本当は今回の話でも、もう一人の父・ヴォルフラムを登場させたかったのですが、話がややこしくなり過ぎるので、今回は彼にはビーレフェルト領に戻っていてもらいました。(しかも話の中にその設定が出てきてないし!笑) |