探偵コナン」の『

リーゴーランド

 

 

「高木君は、メリーゴーランドって好きだった?」

「はい?」

 デート中にたまたま見つけ、立ち寄った雑貨店。男性でも使えそうなクールでスタイリッシュな品から、女性が好みそうな可愛らしい小物まで、幅広く取りそろえているらしいそこは、人気なのかそれなりに客も入り賑やかだ。

 佐藤とは別の棚を物色していた木は、彼女の唐突な言葉に何事かと振り返る。佐藤は棚に置かれた品を指さしていた。回転木馬型のオルゴール。成る程、それで突然、雑貨屋でそんな単語が出てきたのか。

 

 振り返ったまま応えない高木を怪訝に思ったのか、佐藤が小首を傾げる。

「いくら男の子でも、一度や二度は乗ったことあるでしょ?」

「あっ、えぇ。はい、勿論」

 ぼぅっとしていたことに気づき、慌てて歩み寄る。

「小さい頃の遊園地の定番ですよね、メリーゴーランドって」

「そうよね。私も、父が忙しかったから数えるほどしかないけど、家族揃って遊園地に行った時は必ず乗ってたわ。馬に乗ったり、たまに馬車があったりもしなかった?」

「あぁ、ありましたね」

「なんだかお姫様になれるような気がして、乗る前はいつもワクワクしてた

 クス、と佐藤が小さく笑う。けれど、それはどこか、憂いも含んでいるように見えて。

「……佐藤さん?」

「でも」

 呟いて、佐藤が指先でオルゴールの馬を軽く突いた。僅かに回転し、キン、と高く小さく鳴く。

「いざ乗ると、急に寂しくなるのよね」

「寂しく?」

「そう」

 目を伏せたまま、また佐藤が指先で突く。キン、と小さな音。

「メリーゴーランドの外で、両親が笑顔で手を振ってくれていて。その顔が見えた時は、私も嬉しくて手を振る。でもそれは一瞬のことで、その後の一周は、何をしてどこを見ていたらいいか分からなくなるの。急に心細くなるっていうか」

 変よね。楽しい音楽も流れてて、馬も馬車も私を揺らしてくれているのに。

 呟く佐藤の横顔を、高木はそっと覗きこむ。

「だから、佐藤さんはメリーゴーランドがあまり好きじゃなかった?」

 尋ねたそれには、沈黙しか返ってこなかった。

 一つ大きく息を吸って、気持ちを切り替えるように佐藤が笑いかけてくる。

「なんだかしんみりさせちゃったわね、ごめんなさい。次、あっちのコーナーに行かない?」

 そのまま離れていこうとする佐藤の手首を、高木はグッと捕まえた。

 驚いたように佐藤が振り返る。丸く見開かれた目を、真っ直ぐに見詰めた。

「だったら僕は、一緒に乗ります」

「え?」

「佐藤さんと一緒に、メリーゴーランドに乗ります。そうすれば、貴女はどこを回ってたって、寂しくなれば振り向くだけでいい。そこに、僕がいます」

 この女(ひと)にはもう、悲しい瞳(め)をして欲しくない。

 だから――。

 

「僕が、貴女の傍にいますから」

 

 どのくらいの時間が経ったのだろう。目を丸くしたまま動かなかった佐藤が、ようやく動いた。きっと実際は十秒くらいだったのだろうが、高木には相当永く感じられた。

 苦笑と共に小さく息を吐きだしたと思ったら、一言。

「そういう台詞、どうしてこんなお店の中で言うのかしら?」

「へ?」

 言われ、はたと周囲に目を向ける。すぐにぶつかる他者の好奇の瞳の数々。

 それなりに賑わっていた店内の一角だということを、すっかり忘れていた。

「わっ!?あっ、えーっと!」

 慌てて取り繕うとすると、佐藤にガッシリと腕を掴まれる。何事かと思う間もなく引き寄せられ、耳元に彼女の囁きが落ちた。

「二人きりだったら、私も周りを気にせず抱きつけたのに」

「え?」

 一瞬のことに目を見開く。その隙に、佐藤はもう高木から身を離し、クルリと反転していた。

 しかし、高木はそうすぐには復活できない。今、自分は何を言われた?脳内で佐藤の囁きをグルグルと反芻する。

「ほら、さっさと行くわよ!」

 呼び声に顔を上げれば、彼女はもう数歩先をスタスタと歩いていて。慌てて高木もその後を追った。

 

 平静を装うのは努力してみるつもりだが、赤くなっている顔は誤魔化せそうになかった。

 

 

 

 

 

あとがき

 5万打御礼小話でした。「蒼灰十字(管理人:ソウ様)」からお借りした、「懐古的選択お題」の「」です。

 メリーゴーランドって、親御さんがお子さんと一緒に乗っている姿も見かけないことはないですが……やっぱりあれに乗っている大人ってあんまり見ない気がして。しかも佐藤さんは一人っ子ですから、兄弟が一緒に乗るわけでもない。……この楽しそうなお題からそんな発想が出てしまう管理人もどうかとは思いますが(苦笑)、その発想をこうして小話にしてみました。

 

 

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