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 サンジ君特製の美味しいドリンクを堪能して機嫌よくキッチンから出た途端、怒りに声を震わせる叫びが耳に飛び込んできた。

「ゾロなんか……もう知らないからな!」

 甲板を見下ろせば、男部屋へと消えていく小さな影。そして罰が悪そうにその背を見送る、何百キロもの錘をつけたバーベルを宙に掲げたままの男。

 何となく現状が把握できて、私は思わず呟く。

「……馬鹿ねぇ」

「だね」

 背後からヒョイと顔を出した、空になったばかりのグラスを手にしたサンジ君も、同じく何が起こったのか理解できたらしく、呆れ声の頷きをくれた。

 

 

めちゃくちゃな私達

 

 

 男部屋へと続く甲板の床板を、コンコンと軽くノックした。

「チョッパー、私。入るわよ」

 板を外し、マストから続く梯子を降りる。片手に物を持ったままで降りるのは案外苦労して、いつもそれを軽々とやってのけるサンジ君のバランス感覚のよさを、今更ながら感心した。

「はい、これ。サンジ君からよ」

部屋の隅にうずくまって肩を震わせている小さな影に、できるだけ優しい声で言葉をかける。

私が差し出したのは、さっきまで片手に握っていた硝子のお皿。載っているのは、甘いものが大好きなチョッパーへの、サンジ君お手製ゼリーだ。もっとも、今日のおやつにとあらかじめ作られていたそれは、残りは私達の分になるんだろうけれど、それでもサンジ君がチョッパーのためにこの一皿を準備したことは分かる。何しろ、わざわざゼリーが桜の花弁に型抜きされているのだ。横には、普段の男性陣のおやつには絶対に施されない、生クリームの飾りまでついている。

いつもならすぐに飛びつくだろうそれに、けれどチョッパーは蹲ったまま顔を上げないので、私はゼリーを手渡すのは一旦諦め、その隣に腰を下ろした。板の上に直に座る形になるため、ヒヤリとした感覚が下から上ってくる。どうせ蹲るならカーペットやソファの上にしておけばいいのにと思ったけれど、よく考えたらチョッパーにとってはどこに座ろうが自分の毛皮が下にあるから関係ないのかもしれない。

「聞いたわよ。ゾロの奴、また勝手に包帯取ってトレーニングしてたみたいね」

 返事を待ったが、すすり泣く微かな声しか返ってこない。仕方なく、また私は独り言のように口を開いた。

「チョッパーがここに引き返した後ね、あの筋肉バカ、さすがにみんなから非難轟々だったわよ」

 もっとも、ここで言う「みんな」とは、今このメリー号ににいる私とサンジ君、ウソップの三人だったりする。私達は五日でログが溜まるというこの島に来て三日目で、ルフィは飽きずにこの島の冒険という名の探索(であって欲しい)、ロビンは初日にルフィが発見した遺跡に毎日通っているので、二人は今この船上にはいない。

「ゾロも今は、トレーニングを止めて甲板で寝てるわ。だから安心しなさい」

 俯いたままのピンクの帽子を、私はポフポフと軽く叩いた。

 他の二人もチョッパーのことは心配そうだったけれど、サンジ君は夕飯の準備、ウソップはメリーの修繕があるから、私が代表でここにきた。

 

 ズズッと鼻水を啜るような音が響く。見下ろすと、ようやくチョッパーが口を開いた。

「ナミ、おれ……だめだ。許せねぇ」

「無理もないわよ。あんたは医者だもの、言うこときかずにあんな無茶するゾロを見たら、そりゃあ許せなくも……――」

「違う。ゾロのことじゃねぇ」

 首を振られ、私はちょっと虚を衝かれる。

「おれは……おれが許せねぇんだ」

「え?」

 そこでチョッパーは、ようやく私の方を見た。丸い大きなその目に、涙を一杯に溜めて。

「どうしよう……おれ、医者なのに。なのにゾロに、『もう知らない』なんて言っちゃったんだ。患者のこと見放すようなこと言っちゃったんだ。医者としての責任……放棄しちゃったんだ」

「チョッパー……」

「おれ、ゾロに最低なことした。おれ……ゾロに会わせる顔がない」

「……」

 私は、かける言葉を見失った。

 悪い表現かもしれないけれど、チョッパーのことを甘く見ていたと思う。チョッパーの医者としての誇りを見くびっていたのかもしれない。

 この小さな彼の涙の意味を、完全に取り違えていた。

 

「さっさとその涙と鼻水を引っ込めりゃいいだけのことだろ」

 突然部屋に響いた低い声に、私だけでなくチョッパーも驚いた。振り返ればいつの間にか、ゾロがマストの梯子に寄り掛かって立っている。

 まったく、気配を消して近付くなんて心臓に悪いマネはやめて欲しい。内心で毒づきながらも、私はちょっと身を横へと移動させた。ここは、チョッパーとゾロの二人で話すべきだと分かるから。

「ぞっ、ゾロ」

 涙声のチョッパーは、逃げ場なんてないのに、立ち上がって部屋の壁に張り付いている。そんなチョッパーの様子を見ても、ゾロはちっとも凶悪な表情を引っ込めようとしない。もっとも、それがこいつの地顔だけれど。

「いいか、チョッパー。これだけはハッキリ言っておく。おれはどんな時もトレーニングはやめねぇ。お前が医者で、この船の奴らの病や怪我を治すのが役割のように、おれは戦闘員で、戦うことが役割だからだ」

 「役割」という言葉に、チョッパーがピクリと反応した。それを見て、ゾロはマストから背を離す。そのままゆっくりとチョッパーに歩み寄りながら続けた。

「それにな、おれには世界一の大剣豪になるって目標がある。チョッパー、お前の医者としての目標は何だ?」

 突然の問いに、チョッパーは少し戸惑ったような顔をする。けれどゾロの視線に押され、ゴクリと唾を呑むと言った。

「な、何でも治せる……万能薬になること」

「だろ?だったら」

 強面で長身の男が、小さなトナカイの眼前で足を止める。まだ涙が乾ききっていないつぶらな瞳を真っ直ぐに見下ろし、ゾロはニヤリと口端を上げた。

「おれが無茶してトレーニングしても問題なく対応できるような、万能薬になってみせろ」

 きっぱりと言い放ったその男に、私は思わず苦笑した。なんてめちゃくちゃな理屈だろう。

 なのに言われた当のチョッパーは、元々丸い目を更に真ん丸に見開いて。そして次の瞬間には、ズズッと鼻をすすって涙もゴシゴシと腕でこすると、

「お゛う゛っ!」

なんて大真面目に頷くのだから、チョッパーも充分めちゃくちゃだ。

 だけど、このめちゃくちゃさが二人らしい。いや、海賊なんてものがそもそも、めちゃくちゃな存在なのかもしれない。そうでなきゃ、やっていけない。

 

 こんな奴等と一緒にいることができる私も、実はめちゃくちゃな奴等の一人なのかしら?

 自分のその思考に内心だけで笑いながら、私は二人の傍に寄った。

「大丈夫よ、チョッパー。こんな化け物、そう簡単に死んだりしないわ」

 言えば、私に指をさされた男が少々嫌そうに顔を歪める。だけど私はあっさりそれを無視して、再度チョッパーにゼリーを差し出した。

 いつでも純粋無垢な船医は、私の言葉に含まれたゾロへの皮肉にも気付くことなく、

「そうだな。ゾロはすっごく強いもんな!」

と笑い、今度はゼリーの載った皿に蹄を伸ばす。

 チョッパーに渡ったそれは、無性に笑いだしたい今の私の気持ちを代弁するかのように、フルフルと軽快に揺れた。

 

 

 

 

 

あとがき

 可愛らしいチョッパーと強面のゾロは、一緒にいるとそのギャップがやけに微笑ましいです。チョッパーがゾロの頭にしがみついて「見えねぇ!」とゾロが慌てたり、かと思えば、ゾロがチョッパーに男の生きざまをビシッと教えたり。やっぱり麦わらメンバーは、どの組み合わせも楽しめますね。

 

 

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