Not red but black 「サンジー、お前は貼らねぇのか?」 暢気なルフィの問いかけに、サンジの奴はそれはそれは盛大に顔を引きつらせて応じた。 「おい、ルフィ。というより、そこにいる無神経の塊ども全員。そりゃ何か?おれに対する嫌がらせか?」 おれたちが今群がっている壁とは正反対に位置する掘りごたつのソファに独り、ポツンと座っているサンジはしかし、おれから見れば全く寂しそうになんて見えなかった。というよりむしろ、不機嫌オーラがはっきりと出すぎていて、「ポツン」なんて擬音よりも「ごごごごおぉぉっ!」と何かしら湧き上がっている音の方が絶対に似合う。 こんな状態のサンジには触れない方がいい。勇敢なる海の戦士候補ナンバーワンで、おまけに賢いおれはそう判断するわけだが、化け物料理人も同じ化け物にとっては何ら脅威ではないらしく。化け物剣士が火に油を注ぐ発言をあっさりとする。 「おい。被害妄想激し過ぎるにも程があるぞ、アホコック」 「あんだとこのマリモヘッド!!」 ダンッ、と激しい音を立ててサンジがその場に立ち上がった。それだけで済んだのは、二人の間に掘りごたつ一つ分の距離があったお蔭に他ならない。もし何もない、あるいはもっと二人の距離が近ければ、こいつらは絶対に刀と足を振り回していただろう。傍にいるおれも、とばっちりを受ける可能性大。 もっとも、それでもフランキーにとっては不満だったらしく「おいおい、できたばっかりの船に傷つけんなよ」とぼやいていたが。確かにごもっともだ。船大工代理だったおれだからこそ、できる共感。 睨み合っているサンジとゾロなんてすっかり見慣れちまってるルフィは、おれの隣で相変わらず暢気な声を上げる。 「もしかしてサンジ、まだ似顔絵のこと気にしてんのかぁ?なりたがってた賞金首になれたんだから、それでいいじゃん」 「察してやれよ、ルフィ。いくら賞金首になれたからって、あの宇宙人にでも間違われそうな似顔絵じゃ、そりゃ嫌だろ」 ポン、とルフィの肩に手をやりながら、おれは真理を説く坊さんのように言った。これ以上サンジにその話題を振らないようにしてやろうという、おれなりの心遣いだ。 なのに。 ゾロと睨み合っていたはずのサンジの目が、ギンッ、とおれに向けられた。やばい。 おれの隣では、ゴーイング・マイ・ウェイ代表のルフィが「そんなもんかぁ?おれはあれでもサンジだって分かるけどなぁ」なんて独りでまだブツブツ言っているが、サンジはそのルフィの発言よりも、さっきのおれの発言の方が気に入らないらしい。鋭い眼光がおれから離れねぇ。 やっぱ、「宇宙人」ってのは正直すぎたか? 蹴りが飛んでくるかと身構えたおれの目に、その顔は映った。サンジは急に凶悪な顔を引っ込め、それはそれはニッコリと笑ったのだ。しまった、蹴りよりもこっちの方が数百倍恐ろしい。 サンジはその不気味な笑顔を貼り付けたまま、おれの一番痛いところを突いてきた。 「そういやウソップ。お前は何で『そげキング』の手配書なんてわざわざ貼ってんだ?自分のでもあるめぇし」 「えっ!?」 言われ、おれは引きつった顔で、今しがた壁に貼り付けたばかりの手配書を見る。 この男部屋の壁に並ぶ五枚の手配書。そこにサンジのものは無いが、おれの「ウソップ」という名も無い。あるのは、「“狙撃の王様”そげキング」。 その王様の正体は勿論おれなのだが、そう言ってしまえない理由がある。今おれの両隣にいる二人(いや、一人と一匹?)だ。 「そういやそうだよなぁ。何で貼ってんだ、ウソップ?まぁ、そげキングはすげぇ活躍してくれたから、貼っても別に問題ねぇけどさ」 「かっこよかったよな、そげキング!おれ、サインちゃんと取ってあるぞ!」 「おれもだ!あれから会ってねぇけど、もう狙撃の島に帰っちまったのかなぁ?」 わいわいと楽しそうに語り合ったルフィとチョッパーは、そのままの調子でクルッ、とおれの方を向き、二人同時に質問してくる。悪気ゼロの無邪気な声。 「で、何でだ?」 両側からの視線に、そして少し離れた所から刺さってくる三人分の視線に、おれは一瞬言いよどんだ。 「そっ、それはぁ……おれが……」 おれの、正体が。 「……おれが、親友想いな奴だからだ!」 胸を張って答えたおれに、両脇の同年代二人は小首を傾げ、周りの年上三人はこれでもかとため息を吐いた。その反応で三人が、というより特にサンジが、おれへの嫌がらせは七割……いや九割近くで、でも残りの一割は親切心での言葉だったのだと分かる。 けどさぁ、やっぱ今更言えねぇよ。おれが「そげキング」でした、なんて。まぁ、今でも工場本部にはそげキング変身セットが隠してあったりするんだけど。 「親友が賞金首になったんだぜ?そりゃあ、自分のことみてぇに嬉しくなるし、自慢もしたくなるってもんだ。違うか?」 「あぁ、なるほど。そりゃそうだなぁ」 「そうだな!おれも、そげキングが賞金首になってくれて嬉しいぞ!」 あぁ、やっぱりおれの嘘をこうして信じてくれるのはお前ら二人だけだ。目の前のルフィとチョッパーに感謝を、そして後ろの三人には小さく謝罪を念じる。念じたところで誰も受け取っちゃいないだろうけど、それでも一応。 おれの対応に呆れ返ったうちの一人、ゾロが、肩を竦めて扉へと向かった。と、サンジがそれに反応する。 「おいコラ。まださっきの決着はついてねぇぞ」 「はぁ?そんなの、お前にもあいつにも呆れ返って、やる気が失せた」 “あいつ”ってのは、やっぱりおれですか?そうですか、そうですよね、ごめんなさい。 そんなおれの心情を知ってか知らずか、サンジが銜え煙草で口の端をクッと上げた。完璧におれとは正反対の対応。 「へーぇ。逃げるのか?」 いかにもなサンジの挑発に、ゾロの肩がピクリと跳ねた。あぁ、もう、本当にコイツ等は。 ゾロが凶悪な顔でサンジを振り返る。 「あぁ?誰が逃げるだと?」 「お前だよマリモマン。そもそも、おれの何に呆れるってんだ」 「自分の顔があんなもんだって事実に気づけてねぇことに決まってんだろ!」 「はぁ!?ふざけんな!今すぐ表出ろ!!」 おれは確信した。売り言葉に買い言葉って表現は、きっとこの二人のために作られたものだろう。 お互いがお互いを視線だけで射殺せそうな勢いで睨みながら、ゾロとサンジが芝生の甲板へと出ていく。フランキーが呆れ顔で、 「喧嘩はいいが、ほんとに船を壊したりしねェだろうな……」 と二人の後についていき、ルフィは、 「それよりおれは腹減ったんだけどなぁ。おーい、サンジー、飯はー?」 なんて、暢気極まりない台詞で同じく部屋を出ていく。 一瞬のうちに、男部屋はおれとチョッパーの二人だけになった。 「サンジ、よっぽどショックだったんだな」 呟くように言ったチョッパーに、おれは苦笑する。 「まぁな。きっと頭ん中で、めちゃくちゃかっこいい写真を想像してたんだろ」 「でも、『黒足』っていうのはすごくかっこいいと思うぞ」 言って、チョッパーは少々恨めしげに自分の手配書を見上げた。「わたあめ大好きチョッパー」。確かにキャッチコピーのかっこよさでは、「黒足のサンジ」の方が上だろう。 そこでふと、おれはある人物を思い出した。 「そういや、あの爺さんと一緒だなぁ」 「爺さん?」 小首を傾げて見上げてくるチョッパーに頷く。 「あぁ。サンジの育ての親の爺さんさ。あいつの料理や蹴り技はその爺さん譲りらしいんだが、昔は海賊やってて、『赫足』って呼ばれてたらしい」 「へー!黒じゃなくて赤色かぁ。いつも赤いズボン穿いてたのか?」 チョッパーらしいその反応に、おれは思わず笑って片手を振る。 「違う、違う。そもそも、赤いのはズボンじゃなくて靴のことさ。その爺さんの蹴り技がすごくて、それをくらった敵の返り血が爺さんの靴に……」 そこまで言って、慌てておれは口を止めた。医者のチョッパー相手に、返り血がどうこうだなんて。事実とはいえ、聞きたくない話に決まっている。 少々俯いてしまったように見えるピンクの帽子に向かい、おれはすぐさま謝った。 「悪い、チョッパー。聞きたくない話だったよな、すまな……」 「よかった」 「へ?」 突然のチョッパーの呟きに、おれはひどく間抜けな声を出した。そんなおれを気にする風もなく、またチョッパーが呟く。 「サンジが、黒足でよかった」 それから、はっとしたようにおれの方を見上げた。さっきのおれの慌てぶりなんて軽く超える勢いで、チョッパーがわたわたと両腕を振りながら言う。 「ち、違うんだ!別に、そのお爺さんのことを悪く言うつもりとかじゃなくて!サンジのことを育ててくれたいいお爺さんなんだと思うし!そうじゃなくて、ただ、その……」 困ったように口ごもる相手に、おれは小さく笑った。笑って、フカフカしたその帽子に片手を載せる。 「わかってるさ、チョッパー」 あの爺さんがどんな海賊だったのか、詳しくは知らない。そもそも、あのレストランの料理長としてサンジと生活しだしてからの爺さんのことだって、おれはよく知らない。だから、あの爺さんを否定するつもりなんてないし、あんなにガラ悪く仕上がってはいるが、サンジをあそこまで育ててくれたいい爺さんなんだろうとおれも思う。 さらに付け加えれば、戦闘において、“相手に血を流させないからいい”というものでもないと分かっている。サンジの蹴りだったら、出血が無かったとしても、代わりに打撲だったり骨を折っていたり、内臓がどうにかなっていたりするのだろう。 だけど、それでも。 「おれも、サンジが黒足でよかったと思う」 あいつの靴が、返り血に染まってなくてよかった。 フェミニストでガラも悪いくせに、何だかんだで結局は誰にでも優しいあいつの靴が、黒いままでよかった。 頷いたおれに、チョッパーはほっとしたように笑った。 勿論この話は、九割の嫌がらせに一割の親切を加えて攻撃してくるようなあいつには、絶対に秘密だ。 |
あとがき なんだかウソップの方が目立っちゃってます?(苦笑) 気がつけば本題に入るまでに結構時間がかかってしまっていました。これはサン誕話なのかと突っ込まれると何とも言えないのですが…大目に見て下さると嬉しいです。 心優しき料理人・サンジ君、ハッピーバースデー!! |