「じゃあ、力仕事と庭仕事、それぞれ二人ずつやってもらおうかの」

 そう言って微笑む老人の大きな屋敷に泊まらせてもらう条件が、それだった。

 

 

中庭に咲くもの

 

 

 新しい世界に降り立ったモコナの反応は、

「微かにだけど、サクラの羽根の波動を感じるの!羽根、ここのどこかにあるよ!」

 だった。「ここ」と言いながらモコナが示した先には、巨大な屋敷。その敷地の広さといったら、門から屋敷の玄関まで、歩いて数分はかかる程だ。

「どんな神経してんだ、これ建てた奴は」

 とりあえず屋敷の人に会って話を聞こうと門をくぐったはいいが、なかなか玄関にたどり着かず、黒鋼が不機嫌そうにちる。

 隣を行く小狼も、困ったように周囲に視線を巡らせていた。

「こうも広いと、一口に『ここのどこか』と言っても、探すのは大変かもしれませんね」

「お屋敷の主さんが羽根の在り処を知ってれば、話はまだ早いかもしれないけどー。もしも知らなかったら、しばらくここに泊めてもらって、オレたちで地道に探すしかないねー」

 そんなファイの「もしも」の話は現実となり。羽根など知らないという屋敷の主の老人に、嘘をついている風もなく、彼らはここに泊めてもらえないかと頼み込んだ。

 そうしてこの広大な家の主の出した条件が、冒頭の言葉である。

 

 

 力仕事と庭仕事、となれば、自然と役割は決まってくる。

「じゃあ、オレとサクラちゃんが庭仕事だねー」

「って、おい!おまえもたまには体力使いやがれ!」

「何言ってるのー。力仕事といえばワンココンビ!これ、暗黙の了解でしょ?」

「いつできただよ!?そんな了解!」

 言い合う大人二人組みだったが、結局は黒鋼が折れるかたちとなり。

 力仕事を小狼と黒鋼が、庭仕事をサクラとファイが請け負うことにまとまった。

 

 

 

「これもある意味、力仕事になると思うだけどねー」

 パチン、と音を立て、鋏が枝を切り落とす。ファイが手にしているのは、少し大きめの鋏。老人が、「すまんのう、今はこれしか見つからなくて」と渡してきたものだ。

 枝を数本切る分には問題ないが、今回依頼されたのは刈り込み。樹の形を整えるのが仕事である。

 これは右手が結構疲れそうだ。そう思いファイが苦笑したところへ、作業着に着替え終えたらしいサクラがパタパタと駆けてきた。風に吹かれて、橙色のエプロンの裾がフワリとたなびく。

「遅くなってごめんなさい!」

「大丈夫、オレも始めたばっかりだからー。手袋はちゃんと持ってきた?」

「はい!ここに」

 ポケットから皮製の手袋を取り出したサクラは、ふと、地面に視線を落とした。

「え?ファイさん、お花も切っちゃうですか?」

 彼女の見詰める先には、枝葉に混ざって白い花もいくつか落ちている。ああ、と呟き、魔術師が注釈を入れた。

「うん、これは『摘花』っていってね。こうした方が、より栄養が花に集中して行きやすいだー。放っておくと種になって、栄養が花よりそっちに行っちゃうからねー」

「そう……なんですか……」

 応えるサクラは、ファイの説明に納得はしたようだが、そう簡単に受け入れることはできないようで。花から目を逸らさないまま、ポツリと言った。

「……でも、何だかお花が可哀想」

 その言葉に少し目を見開いた男は。俯く少女の頭をそっと撫でた。

「優しいね」

「え?」

 見上げてくる少女に、魔術師は微笑む。

「じゃあさ、サクラちゃん。オレが花とか枝を切っていくから、サクラちゃんはそれを拾って集めてくれる?この仕事が終わったら、お屋敷に持って帰って飾ろう?きっと部屋も明るくなるよー」

「……!はいっ!!」

 笑って頷くサクラに、ファイもつられるように笑みを深くした。

 

 

「ふぅ。朝はとりあえず、ここまでかなぁ」

脚立にのった缶に片手をついて、一息つく。暖かな空気をもたらす太陽は、もうすぐ南中しようとしていた。

『昼になったら一旦戻っておいで。食事を用意しておこう』

そう言って笑った老人のことを思い出す。

 

この広い屋敷にたった一人で住む男。昔は人を雇っていたらしいが、子供たちが独立し、妻も先立ったため、自分一人のために人を雇う必要はないと判断したらしい。幸いにも、ある程度の家事ならこなせるというその男は、こんな立派な屋敷に住む者にしては珍しいタイプだとファイは思う。

とはいえさすがに、老いた身体に力仕事や庭の草木の手入れまでは無理で。自分たちが訪れたのは幸いだったと、老人は嬉しそうに笑っていた。食事も、久しぶりに賑やかになりそうだ、と。

 

「ファイさん!」

背後からかけられた明るい声。と同時に、ふわ、と花の香りが鼻をくすぐる。

魔術師が缶についていた片手と身体の間に器用にその身を滑り込ませた少女が、少し興奮したように言った。

「見てください!お花、たくさん集まりました!」

「うわー、こんなに?これはもう、拾い集めた花っていうより、大きな花束だねー」

「はい!すごくきれいです!おじいさん、喜んで下さるでしょうか」

「うん、きっと喜ぶよー」

 肯定してやれば、サクラが嬉しそうに微笑む。

 本当に温かな、その笑顔。

「……やっぱりいいねぇ、女の子の笑顔は」

「えっ!?」

「サクラちゃんには、ずっと笑ってて欲しいなぁ。サクラちゃんの笑顔は、その花と同じ様に、見た人を和ませてくれるから」

「そっ、そんなことないですよ……!」

 照れて真っ赤になった顔でブンブンと首を振るサクラが、また微笑ましく。

 頬を緩めれば、背中から近付いてくる人の気配。

 

「あ、花が似合わない人の代表が来たみたいー」

 振り向けばそこには、予想に違わない顔ぶれがいた。彼らも昼食に戻ってきたのだ。

「小狼君!黒鋼さん!モコちゃん!」

「お疲れー」

「お二人もお疲れ様です」

 律儀に労いの言葉をかけてくる少年の横から、相変わらずの不機嫌そうな声が降ってくる。

「おい、何が似合わないって?」

「安心してー、小狼君。少なくとも君は、黒たんよりお花が似合うと思うよー?」

「え?花……ですか?」

「おまえ、暗に俺に喧嘩売ってんのか?」

 きょとん、とする小狼と、眉間に皺を刻む黒鋼に、ファイはへらりと笑ってみせる。

「あれ?黒様ってばもしかして、自分はお花が似合うとか思ってたのー?」

「あぁっ!?誰がん馬鹿なこと言った!?」

「黒鋼とお花〜?それってちょっと、気持ち悪いの〜」

「だったら想像すんな、白まんじゅう!」

 

 

 

笑い顔四つに、怒り顔一つ。

温かな陽が降り注ぐ中庭に咲いた、それぞれの顔―――五つ。

 

 

 

 

あとがき

 9巻58話の扉絵をイメージして書きました。

 思いのほか、屋敷のおじいさんが出張ってくれました。(笑)一緒にお昼を食べるシーンや、花を渡すシーンも書きたかったですー。でもそうなると、焦点が本格的にズレしまうので、自重。(苦笑)

 個人的に、サクラちゃんとファイさんのにゃんこコンビ、好きです〜。桜都国でのイメージが強いのかもしれません。それだけに今の本編(←インフィニティのラスト側)は……ううっ。

 

 

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