泣きたいのだけれど

 

 

「どうしたユーリ、じっと見詰めて。ついに嗅覚がおかしくなったか?」

 おれがじっとヴォルフラムの持つパレットを見詰めていたからか。金髪美少年が怪訝そうに訊いてきた。

確かに、さる動物の排泄物からできているという特製絵の具の臭いは強烈だ。ヴォルフは鼻にしっかり魔動洗濯バサミをしているから平気だろうが、おれにはモデルがつけるなと洗濯バサミをくれない。

だが、おれがパレットを見詰めていた理由は別にあった。

「ん?いや、鼻なんてとっくに麻痺してるって。そうじゃなくてさ……」

 ヴォルフが絵を描くのを中断したので、おれは固まった筋肉をほぐすように両腕を回す。モデル中に動くと、凄い形相で怒鳴られるので。

「黒って、よくよく考えてみれば寂しい色だよなぁ〜って思って」

「寂しい?」

「うん。黒って、色が強すぎて他の色と混ざり合えないだろ?まぁ、かろうじて白が相手なら灰色ぐらいにはなるけど」

 ヴォルフがいろんな色の絵の具を混ぜていく様子を見て、不意にそう思った。

 そのことを告げると、ヴォルフの整った眉がピン、と跳ね上がる。最近コイツはやけに勘がいい。

「まさかとは思うが、自分が双黒だからと、黒に自分を重ねて落ち込んでいる、なんてくだらないことじゃあるまいな?」

「……くだらない言うなよ」

「なにが悪い。事実だろう?本当にくだらない」

 美少年はフン、と鼻を鳴らした。正しくは、鳴らしたかったのだろうが洗濯バサミが邪魔をして鼻腔が軽く膨らんだ。

 ヴォルフはくだらないと言うが、おれとしては自分の思考はあながち間違っていないと思う。実際、側近と呼ばれるようなコンラッドやヴォルフ、ギュンターたちとはすっかり打ち解けているが、他の兵たちやメイドさん、街の人たちとは、未だ距離を感じる。礼をとる兵たちに顔を上げてと言っても聞き入れてもらえず、相手の顔さえ見れないこともあった。身分上仕方がないとはいえ、腫れ物扱いされるのは嫌だ。

強すぎて他の色と交われない、黒。

立場が強すぎて他の皆と交われない、王。

 

 黙ったままのおれに痺れを切らしたのか、ヴォルフが筆を置き、軽く息を吐いた。

「確かに黒は、どんな色にも染まらない。だがそれは、他の誰にも流されない、“自分”というものを強く持っているということでもあるんじゃないのか?ぼくはお前に合っていると思うぞ」

「いい解釈しすぎだよ。それでも、孤独なことに変わりないだろ?」

 どこまでもマイナス思考なおれに、ヴォルフはとうとう立ち上がって怒鳴った。

「まったく!お前はどこまでへなちょこなんだ!?いいか、ユーリ。ぼくが今からいいことを教えてやる」

 肩をいからせズカズカと歩み寄ってきた美少年は、おれにパレットを押し付ける。

「ユーリ、お前は黒色の作り方を知っているか?」

「え?質問?何か教えてくれるんじゃなかったの?」

「いいから答えろ!」

「は、はいっ!え〜っと、黒、黒……黒?」

 美少年の気迫に圧されるように慌てて脳みそを動かしてみるが、何も答えは弾き出されなかった。

作った覚えがなかった。青と白を混ぜて水色、なんてものは作った覚えもある。だが、黒はいつも絵の具にあるものをそのまま利用していた。わざわざ作るなんてことはなかったのだ。

「ごめん。経験なくてわかりまセン」

「色を混ぜるんだ」

「は?何を当たり前な…――」

「とりあえずその場にある色を全部混ぜるんだ。二・三色じゃ無理だろうが、何色も混ぜれば黒になる」

 言いながらヴォルフが、パレット上で色をどんどん混ぜていく。初めは明るかったそれは、パレット上に在る色を全て混ぜ終わる頃にはほぼ黒になっていた。

「……ほんとだ」

「黒は、全ての色が混ざり合ってできているんだ。いろんな色に支えられて成り立っている。ちっとも孤独なんかじゃない」

「ヴォルフ……」

 言われて改めて気付く。自分もそうだ、と。

周りの沢山の人たちに支えられて、こうして王様職をやっている。

「まぁ、お前の髪と瞳の色は、黒と言ってもまた特別だからな。そうそうそんな綺麗な黒は作り出せない……今度はどうしたユーリ?空なんて見上げて」

「何でもないよ。ただ、いい天気だなぁーと思ってさ」

 嘘だった。こうでもしないと、ヴォルフの前でみっともなく泣き出しそうで。

 相手がヴォルフでよかったと、独り思う。長身組のメンバーが相手だったら、こんなことをしても上から見下ろされてすぐに涙がばれただろうから。

「ありがとう。ありがとな、ヴォルフラム」

 空を見上げたまま、必死に嗚咽を堪えて告げれば。

「何を今更 礼など言っている?ぼくはお前の婚約者なんだぞ」

 さも当然とばかりに言い返してくるものだから。元々滲んでいた視界が、更に滲んだ。

 でも、涙のお蔭で、見上げた空はやけに透き通って見えた。

 

 

 

 

 

あとがき

 一瞬、何でこのタイトルが「空を見上げて〜」のお題に含まれているのかわかりませんでした。でも、次の瞬間に浮かんだのが、「上を向いて歩こう」。坂本九さんの有名な曲ですね。納得しました。

 まるマで泣きそうな人って誰だろう?と考えてみたのですが、結構悩みました。魔族の皆さん、なかなか泣きそうになくて。(苦笑)結局、今回は主人公さんに頼ってしまいました。

 

 

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