苦い紅茶がその証 「しーぶーやーくん!あーそびーましょ!」 まるで近所の子供たちが、家の外から遊び仲間を誘うように。村田健は魔王の自室の扉を開けた。 両脇に控えていた見張りの兵達が、珍しいものを見たと言わんばかりに村田を凝視してくるが、彼は気にせず部屋に入り、後ろ手で扉を閉める。あっという間に二人だけの空間が出来上がった。 丸テーブルとセットになっている椅子の背に凭れてぼんやりと窓の外を眺めていた顔が、村田に向く。 「あ、村田だ」 「何―?その気のない返事」 わざとらしく唇を尖らせてみせながら、友人へと歩み寄る。 「血盟城に用事があって来たから、せっかくだし君に会って帰ろうと思って寄ったのに。まさかこんな歓迎を受けるとはねー。あ、もしかして、近所の子に遊びに誘われたのはいいけど、転校してきたばっかりでまだ恥ずかしさが残ってる、素直になれない小学生設定?」 「んー……」 見事なまでの生返事。相当お悩み中のようだ。 内心だけで嘆息しながら、村田は有利の向かいの椅子へと腰を下ろした。村田とて、本気でただ有利と遊ぶために来たわけではないのだから。 「何かあった?渋谷」 知っている。けれど、あえてテーブルを挟んだ向かいへ問いかけた。こういうことは本人に語らせた方がいいだろうから。 けれど。 「いや、大丈夫。いつものことだよ、元々無い自信を、ますます喪失中っていうかさ……」 それだけ言って小さく苦笑を零すと、有利は黙ってしまった。最近の有利はいつもこうだ。悩んでいる内容を、村田に……というより周囲に、あまり話さなくなった。 王になって月日もそれなりに経った。これからは周囲に頼り過ぎず、自分の力で結論を出せるようになろう。……そう、自分の中で考え直したのだという。 王としての自覚が芽生えてきたのは喜ばしいことだけれど、それは少し、心配でもある。王とはいえ、まだたかだか高校生なのだ。有利も、そして村田自身も。 「陛下、お茶をお持ちいたしました」 響いたノックの音で、村田は我に返る。見れば、ティーセットを持った侍女が入ってくるところだった。有利も立ち上がり、わざわざ受け取りに行く。勿論、感謝の言葉も忘れない。落ち込んでいてもこういう部分を忘れないのが、有利の凄いところだと村田は思う。 侍女が退室し、有利が再び向かいに戻ってきた。有利自身もいつも通りの顔に戻そうとしているのだろう、やけに分かりやすい笑顔を浮かべている……そのせいで村田には余計不自然に見えるのだが。 「村田も飲むだろ?紅茶」 「うわ、魔王自ら淹れてくれるの?恐縮しちゃうなー」 「よく言うよ」 笑いながら、カチャカチャとお茶の準備を始める有利。その様子を眺めるふりをしながら、村田は頭の中で今回の有利の悩みの原因を思い返してみた。 確か、地球でも行われている制度を眞魔国にも導入しようとしたんだったか。しかし、有利がうまく説明できなかったのか、はたまた初耳の内容で魔族の貴族達が理解しづらかったのか、結局その案は保留になったのだという。 地球の制度をただそのまま眞魔国にも持ち込もうとしたのなら、このような結果になっても仕方がないと村田も思う。異世界というだけあり、二つの世界の間にある相違点は多い。一方では常識でも、もう一方では非常識。制度だって合わなくて当然だ。 だが今回、有利は事前に眞魔国側の現状を把握し、それに合わせて制度を修正、その上で案を出したのだ。制度の修正には、同じく両世界を知る者として、村田自身も少しばかり相談を受けていた。そのことも、有利が今の悩みを村田に語りづらくさせている理由の一つのはすだ。 そのように、有利なりに努力を重ねた経緯があるため、今回の結果は余計に彼を落ち込ませているらしい。 「よし!できたぞ、村田」 独り満足そうに頷いて、有利がティーカップを差し出してきた。 「おれ、最近紅茶を美味しく淹れる練習しててさ。ちょっとは上手くなったんだぜ?」 「へぇ。道理で、いろいろと呪文を唱えてると思った」 「呪文?……あぁ、違うって。ただの手順だよ、それ」 有利が自分のカップを持って椅子に座るのを待って、村田は口を開く。 有利が話したくないのなら、それでいい。だったら村田も、勝手に語るまでだ。 「ねぇ渋谷。突然だけど、道って、どうやってできると思う?」 「は?」 カップを中途半端に浮かせた状態で、有利が小首を傾げた。当然の反応だろう。 急にどうしたんだと尋ねてくる有利に「いいから。ね?」とにっこり笑顔で、でも有無を言わせぬ強さで言えば、有利は素直にカップをソーサーに戻して唸った。 「そうだなぁ……。よく分かんないけど、均してコンクリートで……って、もしかしてこれ眞魔国での話?だったら、コンクリートじゃなくて石だよな。石畳、だっけ?石を敷き詰めてさ」 「うん、確かに都会じゃそうだろうね。でも、道ってそういう整備されたものばかりのことを言うわけじゃないだろう?例えば山道とか」 「あぁ、地面が剥き出しってこと?」 呑み込みの早い有利に頷く。 技術や文明が発達するよりもっと前、その時代からあった本来の「道」の姿。 「こうやって改めて言うと、当たり前の事みたいに聞こえるかもしれないけど、道ってさ、初めからあったわけじゃないんだよね。草木が茂ったりしててさ。そこをある日、人や動物が通った。一、二度通ったくらいじゃ変化も無いだろうけど、それに続いて何人も、何匹もの人や動物が通るうちに、草や土が踏み固められて、それが道になった」 「うん、言われてみれば確かにそうだな」 でも、それが一体何だというのだ? 疑問の色をちっとも隠さない有利のその顔に、少しだけ笑い。村田は続けた。 「新しい茂みに突っ込んでいくのは、誰だって皆、抵抗がある。でも、そこに踏み込もうって人がいて、それに続いてくれる人が少しでもいれば。そこは、新しい道になる。年月が経てば経つほど、そこを通る人が増えて、いつしかそこは『道』と呼ばれるのが当たり前になる」 だから、と口には出さずに有利を見る。 見つめる視線に、全てを込めて。 「今はまだ新しくて、抵抗や批判が多いことでもさ。時間をかければ、いつかはそれが当たり前になるんだと思うよ。渋谷には、君の後に続いてくれる人もちゃんといるしね」 ウェラー卿にフォンクライスト卿、フォンビーレフェルト卿にフォンヴォルテール卿。それ以下の部下たちにも沢山いるだろう。無論、村田自身も。 有利は、もともと丸い目をますます見開いて村田を見詰めてきた。眼下にある紅茶のことなど、きっと忘れてしまっているだろう。 「村田……もしかして、知ってた?」 「んー?何を?僕はただ、何の脈略もなく道について熱〜く語りたくなっただけー」 すました顔で笑い、有利の淹れてくれた紅茶に口をつける。しばらく放置してしまったため温度は仕方がないとして、それでも少し苦味がした。まだまだ特訓が必要そうだ。 チラリとカップから有利へ視線を転じれば、彼は笑っていた。困ったような、呆れたような、嬉しそうな。どれにも見えるし、どれも違うような気もする。 「ありがとな、村田」 「だからー、僕はただ単に……――」 「眞王廟に帰る前に、わざわざおれの所に寄ってくれて」 とぼけようとしたら、逆に先回りされてしまった。思わず呆気にとられると、有利が小さく笑う。 小さくても本物のその笑顔に安堵して。けれど同時に、一本とられたような気がして、何となく悔しくもなる。 「そういうことなら、どーいたしまして。こちらこそ、苦味の効いた紅茶をアリガトー」 「えっ、何その言い方!?っていうか、苦かった?」 「そりゃあもう。特訓、もっと頑張った方がいいんじゃない?」 「あっれー?おかしいなぁ……うわ、ほんとだ、温いし苦っ!」 でもまぁ、練習不足も仕方ないよね。 このところ君はずっと、空いている時間は案をまとめることに充てていたから。 あれだけ君が悩んで工夫した結果なんだ、保留のままで終わるはずがないよ。絶対。 |
お題:「新しい道」 |
あとがき 「潜入!全米ジューンブライド選手権」のネタを使わせてもらいました。 今回のお題は本当は、旅立ちのような春の季節にぴったりなものだと思うのですが。時期がすっかりズレているので(苦笑)、こんな使い方をしてみました。 新しい何かって、考えるのも生み出すのも難しいですが。それが周りに受け入れられるようになるまでが、また一苦労なわけで。有利も色々と大変だろうな、と。 それにしても拙宅のムラケン君は大抵、長い説明台詞ですねー。もっとスッキリ喋らせてあげたいです。 |