黄昏時。廊下の壁に寄りかかりながら、段々と色を薄暗く変えていく空を窓越しに眺めていたコンラートは、近くの扉が開く音に反応し、その身を起こした。 この城では重厚な部類に入る扉。そこから出てきて室内に一礼する男の姿を確認し、コンラートは思わず口角を上げた。よかった、この時間帯にここにいれば目的の人物に会えるだろうという自分の読みは、どうやら外れなかったようだ。 「ヨザック」 見慣れたそのオレンジ髪に声をかければ、扉を閉めたばかりの男が驚いたようにこちらを向いた。が、すぐにその表情は少々顰められる。 「グウェンダルに今日お前が戻る予定だと聞いてね。シルドクラウト以来だな。そう間も空いていないが、とりあえず、『久しぶり』」 「どーも、『お久しぶりデス』。――というか、帰国して二番目に会うのが隊長って……、どんだけあんたら兄弟と縁があるのかねぇ、オレって」 大袈裟に肩を竦めながら近づいてくる男に、コンラートも小さく笑って一歩踏み出す。 「一番が俺じゃなかっただけマシだろう?」 「そりゃそーだ。“不機嫌顔を癒して差し上げたい上司第一位”のあみぐるみ閣下と、見慣れた腐れ縁の男じゃねぇ。前者の顔を一番に見たいに決まってる」 コンラートのいた場所から扉まで、そう距離があったわけでもない。あっという間に互いに目の前まで迫ると、「で?」とヨザックが首を傾げた。 「隊長が独りでわざわざオレを待ってるなんて、何の用だ?へーかのお守……は、要らないのか。帰郷中だっけか」 「あぁ。だから執務を代行するために、グウェンがわざわざ血盟城に来てるんだろう?」 「そーでした。オレも任務報告のためにヴォルテール城に行ったのに無駄足で、ガックリしながらこっちに来たんデシタ」 「お前の体力なら、それぐらいの無駄足どうってことないだろう?」 「どうってことなくても、体力を無駄に使わなくて済むならそっちの方がいいんですー」 大きなガタイで子どものように口を尖らせた男は、一旦言葉を切ると、片手を腰に当て再びコンラートを見据えてきた。 今度は真っ直ぐに、そして少しばかり目を細めて。 「で?結局用件は?――『例の黒曜石をどこにやったか』とか?」 「訊けば教えてくれるのか?」 「さぁ」 肩を竦めたヨザックが、僅かに背を曲げてコンラートを覗き込んでくる。 その目に乗るのは、挑発するような、挑むような色。 「……たった今、閣下に渡してきたばかりだったりして?」 「それはないな、絶対」 顔色一つ変えずに即答してやれば、相手はつまらなさそうに「ちぇーっ」と、それまでの表情を崩した。 『オレが石(これ)を持って姿を晦まして、他国の王にでも売りつけちまったら、どうするんで?あるいは、こいつを眞魔国に持ち帰って、陛下以外の者に渡したら?』 確かにこの幼馴染はあの時、ユーリに向けてそう言った。 一国の主に対して、試すようなその発言。 けれど、コンラートは知っていた。かつて、別の者に対し、似たように不敬な発言をした男の存在を。 言賜巫女とこの国を創成した主に対して、吐き出すようにして訴えた――自分自身を。 『俺は、貴方がたの予想や期待を裏切り、瓶(これ)を持って逃げるかもしれませんよ。この瓶の中身を取り出し、俺の望む者に与え、自分の思い通りに育て上げることもできる。そしてその子の魔王としての絶大な力を操って、この国を覆すことだって不可能じゃない!』 黒曜石を預けようとするユーリと対峙するヨザックを見ながら、まるであの時の自分のようだとコンラートは思った。 厳密には、内心に抱える想いは、自分とヨザックとでは違ったかもしれない。あの時のコンラートは失礼ながら眞王のことを認めてなどいなかったが、ヨザックはユーリの持つ王としての資質を既に見抜き始めていた。 それでもやはり、永く共にいると、思考や言動まで似通ってくるものなのだろうか。 「おい、何を独りでニヤついてんだ、隊長?気持ち悪いぞ」 目の前でブンブンと掌を振られ、我に返る。ヨザックが気味悪そうな顔で自分を見ていた。 スネ毛むき出しな自分の女装の方がよっぽど……、と浮かんだ反撃は、とりあえず今は呑み込み、コンラートは廊下を引き返し始める。歩きながら、何事もなかったように話を本題に移した。 「もうそろそろ日も完全に沈む。これから夕食を兼ねて飲みに行かないか?」 当たり前のように後ろからついてきた男が、「あ?」と声を上げる。 「もしかして、わざわざ待ってた用事ってソレ?……密談か何かか?」 「いや。特にこれといって重要な話があるわけじゃない。ただ単に飲むだけだ。偶にはこういうのもいいだろう」 告げた途端、隣りを歩いていた男の足が止まる。振り返れば、幼馴染が見事に固まっていた。眉間には、自分の長兄には敵わずとも、怪訝そうな皺が数本。 何だ、この反応は。 「どうしちゃったの隊長。気持ち悪すぎる……」 「は?」 「何か裏がある?そうだろ、そうだよな!?意味も無く隊長がオレを酒に誘うってどうよ!?怪し過ぎ!」 「どこが?考え過ぎだろう」 一体自分は、この幼馴染にどんな風に認識されているのか。 だが、酒に誘った理由を尋ねられても困る。本当にただ単に、この男と飲みたい気分になって誘いに来た。それだけなのだ。 恐らく、似通った自分の過去を思い出したことが何かしら関係しているのだとは思うが……それがどう巡り巡って「この男と飲みに行きたい」という感情に繋がったのかは、自分でも言葉にするのは難しくて。 すっかり口を閉ざしたコンラートをよそに、ヨザックは勝手に疑り、勝手に結論を出していく。 「あっ、アレか!?オレが陛下の命を受ける前に言った、試すみたいな発言!?アレに怒ってんだろ!?絶対、酒飲みながらグチグチ言う気だろー!?」 あの発言に対して、俺が酒を飲みながらグチグチ? まさか。 そんなことをしたら、俺もそのうち言賜巫女や眞王陛下にそれをされなきゃいけなくなるじゃないか。 ……まぁ、その発言より前のお前の言動については、もしかしたら文句の一つや二つ言うかもしれないがな。 それは諦めろ、お前の自業自得だ。 似た人を見つけた だけどあの時のお前の発言には、 俺とは違い、主(ユーリ)への思い遣りも含まれていたから。 それが悔しくもあり、嬉しくもあったんだ。 |
あとがき 仲のいい二人を書こうと思って始めたんですが……どこで間違えたのか。(笑)まぁ、コンラッドの方は一方的なシンパシーを少しばかり感じたようですし、酒場で2人仲良くすればいいと思います。結局酔ってお庭番にグチグチ言いながらね!(笑) 相変わらず、私の中ではコンラッドは「親バカ全開&名付け子溺愛」な人。なので、ヨザックが何だかんだで最後は我が子を認める発言をしてくれたのは、嬉しい反面、「だからってもっと他に言い方あるだろう?あんまりウチの子いじめるなよ…」とか、「我が子のここぞという部分は自分だけが知っていればいいのに、ヨザックにも分かってしまったか。なんか悔しい…!」みたいなことを思っていそうな気が。(←注:これらは決してウェラー卿の口調ではありません。笑) ……いつものことですが、定まらないなぁ、コンラッドの描写。(苦笑)難しい人です。 |