おいしいものは

見逃さない

 

 

部屋の窓から差し込む陽光は、レースのカーテンを通過して床に複雑な模様の影を落とす。

いや、床だけではない。その場にいる、第一発見者の背中にも。

 

「では、あなたは一昨日の午前十時から十時半頃、どこで何をされていましたか?」

真面目そうな男の刑事が、口調にもそれを滲ませながら尋ねた。隣に立つ少し太りぎみの刑事に比べると、痩せている感じが増し、刑事よりサラリーマンに近い印象だ。

問われた若い男は尊大な態度で口を開いた。

「何すか?まさか刑事さん、オレのこと疑ってるんすか?」

「一応ですから。参考までに聞かせて下さい」

 刑事から人の良さそうな笑みを向けられ、男は渋々といった体(てい)で話しだす。

並んでたよ、モグモグバーガーに。デラックスモグ目的で」

 男の言葉に、問いかけた痩せ型の刑事ではなく 太った方の刑事がピクリ、と反応した。

 サラリーマン風の方は、頷きながらメモを取っている。

「あの日はデラックスモグの発売初日だったんすよ。数量限定っすから、みんなそれを食べようと殺到してて。オレはまさかそんなに人気だなんて思わなかったっすから、十時の開店直前に並んだんすけど、オレより前に人が一杯並んでたから、正直ウンザリしたっすよ」

「ではつまり、あなたはその時間は店の前に並んでいた、と。それを証明できる人は?」

「さぁね。オレは一人で並んでたし。もしかしたらオレの前後に並んでた奴なんかは覚えてるかもしれねぇけど、でも普通、そんな時に他人のことなんて気にしないっしょ。頭中はデラックスモグで一杯なんじゃないっすか

言って、若い男は軽く肩を竦めた。そんな口調や態度にもイラつくことなく、痩せ型の刑事は話しを進めていく。

 

「そうですか。では、念のため監視カメラや店員に確認をとっておきたいで、あなたが並んだというモグモグバーガーの店舗がどこかを教えて下さい」

「あぁ、それなら……」

問われた男はポケットに片手を突っ込み、少し視線を宙に彷徨わせた。

「無駄だと思うっすよ。オレ、結局店には入ってないっすから

「え?途中で諦めたですか?」

「ああ。外は寒いし、十一時からはバイトだったで、十時二十分ぐらいには帰ったっすね。バイトのことは、バイト先に確認してもらえばわかると思うっすよ

 この現場からは、たとえ車だったとしても十分前後で行ける距離にモグモグバーガーはない。もしこの男の言葉が本当ならば、この現場へ来るのは難しい。

「そうですか。でも一応、どこの店かは教えていただけますか?」

 念には念を。尋ねる痩せ型の刑事に、男は少々眉間に皺を寄せた。

「しつこいなぁ。……日比谷駅近くの店さ」

その言葉に、さっきより更に大きく肩を揺らしたのは、太り気味の刑事。体の側面で握った拳が細かく震えている。

対する痩せ型の刑事は、そんな相棒の様子を横目に捉え、苦笑をもらした。

「へぇ……そうですか。日比谷駅前の」

「現場(ここ)からは遠いっしょ?ま、そっちの本庁からは近いかもしれないっすけど

「確かにそうですね。ところで、この隣に立ってる奴、千葉っていうですけど、あなたに叫びたいことがあるみたいなんで、ちょっと聞いてやってくれます?では千葉、どーぞ」

片手で促された途端、千葉と呼ばれた刑事はズンっと一歩大きく前へ進み出た。第一発見者の男も、ようやく太った方の刑事の異変に気付いたらしい、きょとんとしたその顔を睨み据え、重々しく口を開く。

 

「一昨日、モグモグバーガー日比谷駅前店は、開店直前にハンバーガーの製造機器にトラブルが発生して午前中ずっとオーダーストップでした。えぇ、おれだって発売されるデラックスモグが食べたくて、午前中に年休までもらって並んでましたよ!本庁に近いあの店に開店一時間も前に!なのに、直前になってそんなこと言われて!それから他の店に行ったところで、既に人が一杯並んでるし!結局売り切れで食べられなかったですよ!そんな午前十時から十時半に、のんきに寒い中独りでまだ店の外に並んでる人間がいるかぁっ!!」

 

その時の怒りを思い出したのか、最後の叫びと同時に手にしていた手帳をバンッと床に叩き付けた。その場にいた鑑識や所轄の刑事たちも、驚いて思わず振り返る。第一発見者の男は、呆然としたように微動だにしない。

そんな中、独り平然とした様子で、もう一人の刑事が床の手帳を拾い、肩で大きく呼吸する男の前にそれを差し出した。

「はい、ご苦労さん、千葉。お前ほんとに食べたがってたもんなぁ」

のんきな口調で言った刑事は、いまだ動かないままの男に向き直る。

「と、いうわけです。こいつの叫びを聞いて下さって有難うございます。ところで」

言って、刑事はニコリ、と笑った。

目だけは、嘘も誤魔化しも許さない強い色を湛えて。

「あなたはなぜわざわざ嘘をついたです?ぜひ理由を聞かせて下さい」

 

 

 

 

 

 

あとがき

 警察ものとしては(いや、ファーストフード店としても)ツッコミどころ満載ですが、ご容赦下さい…。

 このお題ならやっぱり、千葉刑事ははずせませんよね。(笑)あ、ちなみに痩せ型の刑事さんの名前は出てきませんでしたが、もちろん高木刑事ですー。

 

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