ん?どんな動物が好きかだって?

そりゃあ、もちろん……。

 

 

Orange

 

 

「ライオンだな。白ければ なお良し!」    

 おれの返答に、向かいの席に座った友人眼鏡君は「ふーん」と気の無い返事を寄越した。ちなみに片手には、フライドポテトのおまけつき。

「白い獅子……ねぇ」

「なんだよ、そっちから訊いといてその態度は」

 何の脈略もなく おれの好きな動物は何かと訊いて来たのは、村田の方だというのに。

 少し不満げに言えば、相手はちっとも気にしないという表情で更に質問してきた。

「じゃあ、嫌いな動物は?今の流れでいけばウサギかな?それもオレンジの」

「なんだ、わかってるじゃん村田。……って、おい。さっきのおれの文句は無視かよ」

「ん?僕、文句なんて言われたっけ?」

 ヘラリと笑ってポテトを頬張る友人を見て、おれは思い出す。そうだった、こいつは自分に都合の悪いことは忘れる……いや、忘れた“フリ”をする奴だ。

 

 いちいち話を蒸し返すのも馬鹿らしくなって、おれは座っていた椅子の背にもたれて天井を仰いだ。そこに設置されているスピーカーからは、店内を盛り上げるべく、次々と流行の曲が流れている。

「そういや、前にグウェンにも同じこと訊かれたな。そんで、今と同じこと答えて、シロブタのような白いライオンの編みぐるみをもらった」

「へー。それって、結構前?」

「そうだな。お前とシーワールドに行って“あっち”に流された時ぐらい」

「成る程ねぇ……」

 目の前の人物へと視線を戻せば、異国では大賢者と呼ばれている友人は、意味ありげに指を顎にかけて唸っていた。

「そんなに前から、渋谷はそういう認識を持っていたわけか……。白い獅子に、オレンジの兎ねぇ……」

「なぁ、さっきから何が言いたいんだ?村田」

「ん?いや、あの二人みたいじゃない?」

「何が?っていうか、どの二人だよ?」

「ウェラー卿とヨザック」

 言って、村田はストローの音を立ててグラスに入ったジュースを飲み干した。いつもなら「音 立てるなよ」と突っ込むおれだが、この時はさすがに忘れていた。

村田の言が、あまりにも意外だったために。

「白い獅子……ウェラー卿。オレンジの兎……ヨザック。 『獅子』の意味はわかるよね?ルッテンベルクの獅子だ。『兎』は前に言ってたじゃないか、渋谷。ヨザックの笑い方は外国映画に出てくる兎に似てるって」

「あ、あぁ……」

「となると、だ」

 村田は空になったグラスを脇にどけると、ズイッとこちらに身を乗り出してきた。思わず後ろに退きかけるが、すでに背もたれに背を預けていたためこれ以上さがれない。

「普通に考えれば、君はヨザックが苦手なはずだ。そうだろう?まさしく、君が昔から嫌いなオレンジの兎だ。なのに、僕が見る限り、君のヨザックに対する態度はそんな風には見えない」

 そうして村田は、人の悪い笑みと共に、この後しばらくおれを悩ませる一言を口にした。

「――どうしてなんだい?」

 

 

 

「どうしてだろ……」

「あの〜、坊ちゃん?楽しいですか、それ」

 困ったような相手の視線にも構わず、おれは指先でオレンジ色の毛先を弄んでいた。

 村田の言う通り、おれはオレンジの兎が嫌いだ。というより、オレンジ色自体、あまり好んではいない。なのに、今指に絡んでいるお庭番の髪の色は、どうにも綺麗に感じてならない。窓から降り注ぐ陽光が、そう見せているだけだろうか。

「えーっと、坊ちゃん?聞こえてますー?」

 背の高い彼の髪を触るには、しゃがんでもらうしかない。しゃがんだままのヨザックの二度目の抗議も聞き流し、おれはポツリ、と言った。

「……好きなんだよなぁ」

「はい?痛ッ!」

 振り仰いできたお庭番が顔をしかめる。おれが彼の髪を掴んだままだったため、ヨザックの髪を引っ張るかたちになってしまったのだ。

慌てて手を離した。

「あ、ああ。ごめん、ヨザック」

「はー、ようやく反応してくれた。んもう、坊ちゃんたら。グリ江の自慢の髪が抜けたらどうするの?髪は女の命なのにー」

「うん。でもあんたは男だから別にいいよな?」

「坊ちゃん、聞いてました?グ・リ・江!……って、坊ちゃん?」

 怪訝そうに顔を覗きこまれる。また、ぼうっと彼の髪を眺めていたらしい。

離してしまうと、意外にも指に名残惜しさが残ったのだ。

「ごめん、大丈夫だよ」

「そうですかぁ?何か変ですよ、今日の坊ちゃん。会うなり『ちょっとしゃがんで』とか言うし、しゃがめばオレの髪を無言で弄るし。そうそう、さっきの呟きも気になりますよ。何が好きなんです?」

 軽く膝をはたいて立ち上がりながら、ヨザックが尋ねてくる。頭の位置が高くなり、さっきよりもオレンジとの距離が離れる。それでもその髪は、美しく艶めいて見えた。

「おれの嫌いな色ってさ……」

「はい?好きなものの話じゃなかったんですか?」

「まぁいいから、とりあえず聞いてよ。おれはさ、オレンジ……橙色が嫌いなんだ」

 ピク、とお庭番の肩が微かに揺れたように見えたのは、おれの気のせいだろうか。 

「へーえ?じゃあ、まさにその色をしたオレの髪を弄っていたのは、『この野郎!』っていう憎さからですか?」

「違うって、聞いてよ。 嫌いなんだ、橙色なんて嫌いなはずなのに…――」

 

『――どうしてなんだい?』

 

「ヨザックの髪の色は……すごく好きなんだ」

 導かれるように、そのオレンジへと手を伸ばす。

どうしても、指先から名残惜しさが消えなくて。

「自分でも不思議なんだけど、あんたの髪の色なら平気なんだ。綺麗だとさえ思える。熟した蜜柑の色よりも、燃えるような夕日の色よりも……」

 やっぱりおれの身長は低くて。触れられたのは、彼の髪の毛先ほんの数センチ。

「おれは、この色が一番いいと思う。ほんとに好きだ」

「髪の色が……ですか」

「うん?」

 輝くオレンジから その色の持ち主の顔へと視線を移す。消えるような彼の呟きに、悲しげな音を感じたので。

 しかし、かぶりを振った相手は笑った。

「いーえ、何でもありませんよ。それより、やっぱり今日の坊ちゃんは病気ですよ。隊長みたいなクッサイ台詞で褒め殺しするんですものぉ、グリ江、恥ずかしいー」

「えっ、別にコンラッドほどじゃ……。っていうか、今のは ほんとにおれが思ってることを素直に言っただけで…――」

「あ〜っ!もう、わかった。わかりましたから、これ以上何も言わないで下さい! さ、そろそろ休憩時間も終わりでしょう?ぎゅぎゅぎゅ閣下と楽しくお勉強してきて下さい。じゃないと、大声で呼ばれちまいますよ?」

 ヨザックが慌てたように、ぐいぐいとおれの背中を押す。

 彼の態度がどうにも解せなかったが、お庭番の言うことも確かだったので、おれは言われるがままギュンターとの勉強部屋へ足早に向かった。

 だから、気付かなかったのだ。おれの背を見送ってくれていた、ヨザックの呟きに。

 

「……勘弁してくれないと。これ以上何か言われたら、オレはとんでもなく愚かな勘違いをしちまいますよ、坊ちゃん」

 

 

 

 

「あっ」

 勉強部屋の扉を前にして、おれはようやく気付いた。

 実は悩みが何も解決していなかったことに。

「結局おれって……」

 

ドウシテよざっくノ髪ノ色ナラ好キナンダロウ?

 

「陛下―っ!お勉強再開のお時間で……ああ、陛下。もうここまでいらっしゃっていたのですね」

目の前の扉が開き、片手にものさしを持った王佐が現れる。おれの到着の遅さにしびれをきらしたらしい。

「ごめんごめん。でもさ、ギュンター。いい加減そのものさし持つのは止めない?」

「何を仰います陛下。愛の鞭ならぬ愛のものさしですっ!……ところで、何やら思い悩んでおられるようですね?難しい問題の答えでもお考えですか?このギュンターにお教えできるものなら…――」

「あー、いいって。大丈夫。それよりさっさと始めよう、さっきの続き」

 

 ありがとな、ギュンター。

 でもこの答えはきっと、教育係のあんたでも分からないと思う。

 ――たぶんこれは、おれが自力で答えを出さなきゃいけないものなんだ。

 

 

 

 

 

 

あとがき

 ミルキー様の「BLじゃなくていいので、ヨザユ風味な話だと嬉しいです」というメッセージを拝読した時、何だかとても申し訳ない気持ちになりました。私がトップページのキリリクのところで「BLのリクはご遠慮下さい」と書いてるので、きっとそれで必死に避けてリクエストしてくださったんだろうなぁというのが伝わってきて。 ご協力有難うございます。

 そんなわけで、「今夜()」ネタを使用しつつ、こんな話を。とりあえず、普段よりはヨザユ色を出してみたつもりです。私の中でのギリギリBL手前……です、多分。

ミルキー様、お題提供、有難うございました!

 

 

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