教えてなんかやらない

 

 

 ユーリが間もなく此方へ戻ってくる。ウルリーケからのその伝達に、ヴォルフラムは愛娘を伴って足早に眞王廟の回廊を進んでいた。

 今回の魔王の到着予定地は、最近定着しつつある眞王廟噴水。廟の入り口で馬から降りれば、そこには既に二頭の馬が並んで繋がれていた。いつものように、ギュンターとコンラートが先行しているらしい。その事実を少しばかり口惜しく思いながら、ヴォルフラムは廟内へと踏み込んだ。

 

 例の如く、気がつけばその姿を国から消していた双黒の魔王。

 いつもいつも勝手に消えるとは、彼の王としての自覚は一体どうなっているのか。何より、何の心の準備もなく置いて行かれるこちらの身にもなってみろ、とヴォルフラムは思う。――突然、「あちらにお戻りになられた」と聞かされた瞬間の、心の冷え。

 

 苛立ちながら向かった噴水には、やはりというか当然というか、ギュンターとコンラートの姿があった。もうユーリも到着していたらしく、ヴォルフラムの前で、ずぶ濡れのユーリとタオルを持ったコンラートの聞き慣れ過ぎた遣り取りが展開される。

「お帰りなさい、陛下」

「ただいま。って言うか、その呼び方はやめろって言ってるだろ、名付け親」

 半分呆れつつその会話を聞き流していたヴォルフラムだったが、ふと思う。自分は果たして、戻ってきたユーリに対して「お帰りなさい」と言ったことがあっただろうか。大抵、文句が先に口を衝いて出ていたように思う。

 気づかなければ特に気にならなかっただろうが、生憎と気づいてしまった。となれば、やはり気になってしまう。せっかくだ、この際、試しに言ってみようか。

 だが、とてもじゃないが、今目の前で「お帰り、ユーリ!」と魔王に抱きついているグレタのようには言えない。というか、言いたくない。そもそも自分は今、ユーリが戻ってきたことへの喜びと同じくらい、ユーリに対して怒っているのだ。毎回毎回与えれらる心の冷えに対して、少しばかりの反撃は許されて然るべきだろう。そう、勝手に自分を正当化してみる。

 「お帰りなさい」と言いつつ、けれどユーリに一矢報いるには、どうすればいいか。

 考えて、ヴォルフラムは結論を出した。

 

 

 ぼぅっとしているヴォルフラムに気づいたらしく、タオルで体を拭いていたユーリが声をかけてきた。

「どうした、ヴォルフ?」

 そのユーリの前に、わざと恭しく膝を折ってみせる。声も少し低めた。

「お帰りなさい、我が主。無事の御帰還、何よりです」

 その丁寧な言動とは裏腹に、上げた面には不敵に見えるであろうニヤリとした笑みを浮かべてみせた。この王は、自分の慇懃な態度に弱いと知っている。胸中にある「ユーリが戻ってきた嬉しさ」なんて、今は絶対に見せてやらない。

 ヴォルフラムの瞳を見詰めたユーリが、パニックを起こしたように「えっ?えっ!?」と困惑と疑問を綯い交ぜにした顔をする。予想通りの反応が見られ、とりあえずヴォルフラムは満足した。

「なっ、何!?どうしたんだヴォルフ!?何かあったのか!?それともおれに対して何か怒ってたりする!?」

「さぁ、どうだろうな。ぼくは別に、臣下として相応しい言動を取ったまでだが?」

 言って、ヴォルフラムは勿体ぶった動作で立ち上がる。

 視線の揃った相手に、いつもの顔で笑ってやった。

「ひどい顔だな。それじゃあ益々へなちょこぶりが際立つぞ、ユーリ」

 

 今はまだ呆けた表情のままのユーリだが、あと三つも数えればきっと、いつものように「へなちょこ言うな!」というお決まりの台詞が返ってくる。

 

 

 

 

 

お題:「お帰りなさい」,「天邪鬼に笑う瞳」

あとがき

 えーっと、偶にはこんなヴォルフもいいんじゃないでしょう……か?(←この間は何。)彼の、乙女心のように複雑な心境(笑)を、少しでも感じ取っていただければと思います。

 ギュンターを名前しか出せなかったのがちょっと残念でした。

 

 

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