オレ達という二本の線は、決して交わることはない。

 

 

Parallel lines

 

 

 この幼馴染と手合わせをするなんて、いつぶりだろう。隊長の方から誘ってきたそれは、真剣を使った本格的なものだった。にも拘らず、オレ達は暢気に会話をしながら剣を捌いていたりする。

 

「さすがだな、ヨザック」

 鋭い突きを繰り出しながらのそれに肩を竦めたかったが、さすがに今の状態では無理なので、体を反らせながら声にその気持ちを滲ませる。

「まったまたぁ、ご謙遜を。ルッテンベルクの獅子とも呼ばれた男が、何を仰いますやら」

 避けたついでに、下から振り上げた剣で相手の得物を弾き飛ばそうとするが、一瞬早く隊長が身体ごと剣を退いてしまう。相変わらず慣性の殺し方が見事だ。

「昔の話だろう?俺は長く軍を離れていたからな、今でも現役で兵を続けてるお前の方が、今は有利なんじゃないのか」

 一瞬空いた距離が、すぐに詰められる。構えた剣に、ギン、と響く耳障りな金属音。

「それ、万一負けた時の言い訳にするつもりだったり?」

「さぁ。でも、勝った時には更に箔が付くかもしれないな。ブランクがあっても勝利、ってね」

「どーでもいいけど、オレの分からない単語使わないでくれますー?」

 隊長の剣を押し返そうと力を込めれば、相手はまた軽く地を蹴って後方に跳んだ。勢いを殺しきれなかったオレに、容赦なく銀の一閃が迫る。

咄嗟に体の筋肉を無理やり動かして地にしゃがんだ。内心で己の瞬発力を自画自賛。唯一オレの動きについてこれなかった髪の毛先が数本、上空からハラリと落ちてくる。

「誰も散髪なんて頼んでないんですけどねぇ」

「長髪にしているお前が悪い」

「あんたの兄上サマよりは短いさ」

 クスリ、と小さな笑い声が降ってきた。「違いない」と言った声を聞きながら、地に着いた両腕をバネにして跳ね起きる。

 

 遥か上空からは、じりじりと太陽が照りつけていた。時々視界に入る、それらの光を全身で受け止める中庭の緑たちは眩しい。

 己の額には汗の玉が浮き、剣を握る手も既に、汗で何度か滑りそうになっていた。きっと、隊長も似たようなものだろう。それでもオレ達は、討ち合うことを止めない。

「なぁ」

 絶え間なく剣を繰り出しながら、その間に言葉を落としていく。

「何で急にこんなことを言い出したんだ?」

 オレが親分閣下の部屋から出てくるのを待っていたとばかりに、この男は廊下に腕を組んで佇んでいた。そして何の前置きもなく、「久しぶりにやらないか?」と腰に下げた得物を叩いて言うのだ。オレはそれに、無言で肩を竦めることで応じた。

「そういう気分だった、では答えにならないか?」

「まぁ、別にそれでもいいケド。でも坊ちゃんは?護衛でついてなくていいのか?」

 ほんの僅かだが、隊長の剣の動きが鈍った。微妙な所を突いちまったらしい、剣ではなく言葉で。

「大丈夫。ギュンターがこれでもかと間近で教鞭を執ってるよ。その部屋の前の廊下じゃ、きっとヴォルフもイライラしながら立ってる」

「成程。相変わらず、勉強時間はお役御免ってわけね」

 ジャリっ、と砂を踏む音。互いに跳んで空いた間合いに、隊長の静かな声が落ちた。

「俺は、戦闘能力が鈍ってきたのかもしれない」

 言った男の動きが止まった。動き出す気配も無いため、オレも一旦動きを止める。

 何となく、この幼馴染の言いたいことに心当たりが無いわけではなかった。けれど、自分からはそれには触れない。

「ちょっと隊長。そんなこと言われたら、今あんたと討ち合ってるオレの立場はどーなんの?」

「気にするな。お前、本気を出してはいないだろう?」

 当たっていたので、それには無言を返した。確かに本気だったら、こんなに暢気に会話をする余裕なんて無い。

 隊長が、強く剣を握り直した。

「もっと強くならなければ、陛下を守れない」

 やっぱりそれか、とヨザックは思う。

 この男が、眼の前であの溺愛している名付け子を連れ去られて、気にしないわけがないのだ。

 

 

 それはつい昨日のこと。

 シュトッフェルの愚かで醜い陰謀のために、魔王陛下が攫われた。新王に取り入り、かつての権力を取り戻そうとしたらしい。いかにもあの古狸の考えそうなことだ。

 宝物庫から盗まれたという竜王の石の情報集めのため、城下に直接下りた魔王につき従ったのが、隊長と三男閣下、そしてその隊の者数名。魔王が攫われたのは、その時だったと聞く。

 今はこの一件も落ち着き、王は無事に帰ってきている。あとは現在行われている、シュトッフェルの城での竜王の石の捜索を残すのみだ。

 けれど、魔王が無事に戻ったのは単なる結果であり。みすみす攫われてしまったという事実は、変わらない。少なくとも、この幼馴染の中では。

 

 

「もうこれ以上、陛下を危険な目には遭わせたくない。だから」

「あのさぁ、隊長」

 思い詰めたように言葉を並べる相手を遮った。

 あんた一人のせいじゃないだろうとか、無事に陛下が戻ってきたからそれでいいじゃないかとか。そんなことを言ってみたところで、きっとこの幼馴染には慰めにもならない。

 まったく、生きにくい性格をしてるもんだ。こういう所、この幼馴染は理解し難い。オレだったら、そういう体(てい)のいい言い訳や正当化は有効活用するのに。

 もっとも、オレにとっての隊長の不可解さは、母方の姓であるシュピッツヴェーグを名乗らなかった時点で既に、始まっていたけれど。

「こういう言い方をすると何だが、そりゃ無理だろ」

 オレの言葉に、相手は怪訝そうに傷のある眉を顰めた。

 慰めを必要としていないのならば、もっと厳しい現実を突きつける。この男の持つ、もっと根本的な勘違いの指摘。

 それが、オレの役目だ。

「誰かを王に祭り上げるってのは、その時点で既に、そのひとを危険な位置に引っ張り上げるってことなんじゃないのか」

 一国の頂点に立てば当然、敵視してくる者も出てくる。諸外国の者、国政に不満を持つ者。特に現在の王は混血ということもあり、頭の固い混血軽視連中の問題もある。

 それら色々な者達の悪意を向けられるということ。時には、命だって狙われてもおかしくはないということ。――その位置に、そのひとを据えるということ。

 

 隊長が、ゆっくりひとつ、瞬きをした。

「そうだな、その通りだ。だが」

 響いた砂を踏む音に、すぐさま剣を構える。あっという間に距離を詰めてきた相手の鋼を、眼前で受け止めた。

 交差した剣の向こうから、幼馴染の視線がこれでもかとオレを射抜いてくる。

「だからこそ、俺は陛下を守りたい。そうすることで、祭り上げた者としての責任を果たす」

 詭弁だな、と思ったが口には出さなかった。

 こいつは責任を果たそうだなんて、そんなご大層な理由であの坊ちゃんを守っているんじゃない。ただ単に、守りたいのだ。魔王だからではなく、あの坊や自身を。

 百年近く付き合ってきたのだ、それぐらいは見れば分かる。

「けど、坊ちゃんは守られたいなんて思ってるのか?むしろ、危険でも問題の渦中に飛び込んで行って、自らの力で事を収めようとするような御方だぞ」

 ガキン、と弾き、また交差させる。小さく火花が散った。

「昨日だってそうだったんだろう?もっとも、隊長たちは止めようとしたみたいだが」

「当たり前だ。陛下が無事にシュピッツヴェーグからお戻りになったのに、みすみす戦争が始まろうとしている中へ行かせようだなんて思わないだろう」

「坊ちゃんがそうすることを望んでても?やっぱり過保護だよなぁ……って、おい!」

 オレは慌てて飛び退った。オレがいたはずの空間を、幼馴染の嫌味なほど長い脚が通過していく。

「ずるっ!剣だけじゃなかったのかよ!?」

「何を暢気な。お前、戦場で蹴りを使わないのか?」

 これでもかと隊長が満面の笑みを浮かべてきた。そりゃそうか、とオレも負けじと笑ってみせる。

 蹴りどころじゃない。戦場じゃ、使えるものは何でも使う。卑怯だろうと何だろうと、生き残った者が勝ちだ。

 結局オレたちは、剣技だけでなく体技まで織り交ぜての戦闘になっていく。

「そもそも昨日は、お前が陛下を焚き付けたっていうじゃないか、ヨザック」

「人聞きの悪い言い方、止めてくれますー?オレは坊ちゃんがそうしたいと仰るから、それを手助けしたまでなの」

「危険だと分かっていたのにか?」

「えぇ。生憎オレは、あんた等みたいに過保護じゃないんでね」

 

 

 つくづく思う。隊長の思考回路は、実に不可解だ。そしてそれはきっと、隊長から見たオレの感想でもあるのだろう。

 どちらの言い分が正しいかなんて、きっと誰にも決められやしない。ただ一つ確かなことは、オレ達の思考が似通ることなどあり得ない、ということだ。どこまでいっても交わることは出来ない、平行線の関係。

 けれど、それが悪いことだとは思わない。今眼の前で交差している二本の剣がいい証拠で、交わる線というのは、一度重なってしまえば後はただ、どんどん離れていくしかないのだ。だが平行線ならば、今以上近づくことはないが、離れることもない。

 それでいいのだ――オレ達という二本の線は。

 

 

 ピタリ、と互いに動きを止めた。オレの首筋に当たっている、ひどく冷えたもの。

 隊長がゆっくりと口を開く。

「終わり、だな」

 その顔は、どこかふっきれたような、満足そうなそれ。

「結局、引き分け?コレ」

 対するオレは、苦笑を返す。

 隊長の剣は、寝かせたままでピタリとオレの首筋に宛がわれていた。一方オレは、切っ先を隊長の喉元に向けてはいるが、触れるか触れないかの距離で止めている。

 斬れない面だが直に触れさせてくる隊長と、斬れる部分だが直には触れさせないオレ。同じ斬らない行為でも、やっぱりこうして微妙に違いが出る。

「ほんと、ことごとく違うよなぁ、オレ達って」

 このままの状態では、迂闊に喋ることもままならないため、同時に剣を鞘に納めた。そしてしみじみとそんなことを言ってみれば、隊長が肩を竦める。

「当然だろう。そうでなきゃ、百年近くも腐れ縁が続くわけがない」

 似た者同士だったらきっと、一緒にいても途中で飽きていただろう。違うからこそ、こんなに長い間続いてこれた関係。

「腐れ縁も縁のうち、ってか?」

 ニヤリと笑って相手を見れば、陛下の前では絶対にしないだろうニヤリとした顔で幼馴染も笑った。

 

 

 

 

 

あとがき

 語呂あわせで、ヨザの日・獅子の日記念、去年に続き第二弾でした。つまりは、極力この二人しか出てこない話を書こう大作戦です。(笑)

 相変わらず、剣での戦闘描写は苦手で。雰囲気をなんとな〜くでも感じ取ってもらえれば幸いです。(苦笑)今回は特に、「交差した剣」を「交差した線」に例えたいがために戦闘シーンを入れたので…。ははは。

 “平行線の関係”というと、どちらかといえばあまりいいイメージは無いかと思うのですが、何事も捉え方によってはマイナスから少しぐらいはプラスに変わるんじゃないかな、と思います。

 目指したのはかっこいい大胆不敵な二人の関係だったのですが…やっぱり難しい。

 

 

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