Round-table talk

 

 

「悪いがそれは、あんたの弟君にでも頼んでくれないか?」

 城外での任務が入り、自分の代わりに王の護衛をして欲しいと頼んだウェラー卿に返ってきたのは、そんな言葉だった。

「どうしてだ?ヨザック」

「人手が足りないってんならやるぜ?だがフォンビーレフェルト卿がいるなら、閣下にやらせた方がいい」

「そりゃあ、別にヴォルフラムでも構いはしないが……」

「……オレが相手じゃ、陛下は気詰まりなんだよ」

 幼馴染の意外な言葉に、コンラッドは怪訝そうに眉をひそめる。

「どういう意味だ?」

「だってそうだろう?オレは無礼な奴だし、陛下にも結構きついことを言ってきた。そんな相手、誰だって嫌だろ」

「しかしユーリは、お前とも普通に話してるじゃないか」

 言えば相手は、あんたらしくないねぇ、と笑い背を向ける。

「隊長だってわかってるだろ?陛下は嫌いな奴にも他と同じように接するお方だ」

「おい、ヨザック!」

 去っていく背中に呼びかけたが、相手は立ち止まることも振り返ることもなかった。

それから、三日が経つ。

 

 

 

「はぁ〜あ」

 ティーセットを持って主の部屋に入室したウェラー卿を歓迎したのは、魔王陛下の地の底まで着きそうな深―いため息だった。見れば、可愛い名付け子がテーブルに突っ伏している。なぜか右腕だけを曲げ伸ばししながら。

 コンラッドは手にしていた銀の盆をテーブルの隅に置くと、主に声をかけた。

「どうしたんです、陛下?」

「今は仕事中じゃないだろぉ〜、名付け親ぁー……」

「……ですね。すみません、ユーリ」

 いつもの反論の声も、どこか上の空だ。

 ウェラー卿は有利の隣の椅子を引いて腰掛ける。

「それで?何やら落ち込んでいるようですが、どうしました?」

「そりゃあ、落ち込みたくもなるって」

 言って、テーブルから半身を起こした有利は、コンラッドの前に先程まで動かしていた右腕を突き出す。グッと力を入れて曲げながら。

「見てよ、コレ」

「おや、力こぶ。また筋肉が増えたんじゃないですか?」

「え!?ホントに!?……って、いや。そういうことじゃなくて」

 一瞬パッと表情が輝いたが、すぐに元の調子に戻ってしまう。

「おれさぁ、こっちでも地球でもずっと長いこと筋トレしてるわけ。なのに成果はたったこれだけだよ?なーんか、虚しくなっちゃって」

「これだけって……、あなたはどれくらいを目標にしているんです?」

「んー?そうだなぁ……やっぱり理想はヨザックかな」

「ヨッ……」

 脳内で幼馴染の身体に有利の顔だけをくっ付けてみたウェラー卿は、必死に身震いを堪えた。

 嫌だ。絶対にそんな姿は見たくない。

「ユーリ、奴を目指すのはちょっと……」

「だよなぁ。やっぱりおれなんかじゃ、あんな体格になるのは無理……か」

 コンラッドの言葉を別の意味に捉えたらしい有利は、再び溜め息をついてしまう。

 可愛い名付け子にそんな憂いを帯びた表情で息を吐かれては、名付け親としては放っておけない。何とか慰めて励ましてやらなければならない気がしてくる。たとえ、本当はそんな姿になってほしくなくても。

「でも、絶対に無理とは言い切れませんよ?ヨザックだって、昔からあんな筋肉の塊だったわけじゃありませんし」

「筋肉の塊って……。あ、でも言われてみれば、おれもその話ちょっと聞いたことがあるよ。人間の子供が十歳の頃に、まだ五歳ぐらいの体つきだった……とか」

「へえ?あいつがそんな話をしたんですか。俺がヨザックに初めて会ったのは奴が十二の時でしたが、確かにそうでしたよ。下手したら、今の陛下よりも筋肉がなかったかもしれない。魔族の血が流れている者は、人間の子供より発達が遅いですからね」

 本当は、それだけが原因ではない。たとえ五歳でも、それなりに筋肉のついた子供はいる。要はそれまでの生活環境の悪さだった。

 栄養価のある食べ物はおろか、嗜好品さえなく。最上級の食事は水と麦。ろくな睡眠もとれないまま、何も実らない土地をただ耕す。そんな生活では生きているのがやっとだろう。

 だが、このことはあえて口にしなかった。聞かせるまでもないことだ。

「俺もあの頃は、まさか奴がここまで成長するとは思いませんでしたよ。だから、あなたにも希望が無いわけではない」

「そっか。おれも半分魔族の血が流れてるから、成長が遅いかもしれないわけか。……ん?ってことは、もしかして筋肉だけじゃなく、諦めかけていたこの身長もまだ伸びる希望が……」

「ありますね」

 やった!と嬉しそうに小さくガッツポーズをする主に、ウェラー卿は目を細める。本当に、くるくると表情が変わるひとだ。

 

 いつもの元気を取り戻したらしい有利は、ようやく当初の目的を思い出してくれた。

「あ、しまった!お茶のこと忘れてた。ごめん、冷めちゃうな」

 慌ててティーポットに手を伸ばした主の手から、さりげなくそれを取る。

「いいえ、お気になさらず。思い出してくれただけで充分です。紅茶に入れるのはジャムでいいですか?」

「あ、うん。ありがと」

 白いティーカップに澄んだ紅色の液体を注ぎ、彼お気に入りのジャムを一匙。それを差し出そうとして、コンラッドはようやく気付いた。有利の自分を見る目が笑っていることに。

「……何です?」

「うん?いや、やっぱり似るもんなんだな〜って思って」

「似る?俺が誰に?」

「ヨザック」

 思いもよらない名前に、ウェラー卿は咄嗟には言葉が出なかった。

 そんなことを言われたのは初めてだったので。

「……それ、褒められてるんですかね?」

「どーいう意味だよ、そんなこと言ったらヨザックが可哀想だろ?もちろん褒め言葉だよ」

 軽く苦笑しながら、有利は続ける。

「テンカブの雪ぞりレースで野宿した時にさ、ヨザックと色々と話して。成長についての話もその時に聞いたんだけど。それで、どうにも寒くておれが話の最中にお湯を飲もうとしたら、ヨザックが今のコンラッドみたいにさり気無くカップを取ってさ。紅茶を入れてくれたわけ」

「……そうですか」

「逆もあるぞ?おれが法力にやられちゃってふらついた時、ヨザックが黙って肩を貸してくれてさ。コンラッドに似てるなぁ〜って思った。幼馴染って、案外似るものなのかもな」

 笑って、有利はティーカップに口を付ける。

しかし、一口含んでそれをソーサーに戻した時には、少し真面目な顔をしていた。

「ヨザックはさ、またコンラッドの下で働きたいんじゃないかな」

「え?」

「あ、いや。ヨザックがはっきりそう言ったわけじゃないけど、その時の話を聞いてて、何となくそんな感じがしたというか……」

 わたわたと慌てたように両手を振りながら、まるで弁解するかのように有利が言う。

「つまり、コンラッドは軍に戻らなくてもいいのかな……って」

「いいも何も、俺はもう決めていますから。あなたの護衛として生きる、と」

「でも、他にもコンラッドの復帰を待ってる人が沢山いるって。あんただってほんとは、ヨザックとまた仕事したいんじゃないのか?幼馴染で、戦友なんだろ?何だかんだ言ったって、ヨザックは大事な親友だろ?」

「それは……」

 口を開きかけたウェラー卿はしかし、何事か考えるかのように一旦閉口した。

 そして、再び言葉を吐き出す。それは、答えではなく問いだった。

「あなたは、どう思っているんです?」

「え?どうって?」

「ヨザックのことです。あいつは無礼だし、あなたにきついことも平気で言っている。ユーリは、あいつのことをどう思っているんです?」

 問えば相手は、腕組みをして俯く。漆黒の髪がサラリと流れた。

「そうだなぁ……。別に、無礼だとかなんて気にしてないよ。普通の王様の臣としては不味いのかもしれないけど、どっちかといえばおれ、堅苦しい挨拶や喋り方される方が苦手だし。気軽に喋れるから、むしろおれは助かってる」

 それに、と言いながら、有利は組んでいた腕を戻すと再びティーカップに手を伸ばす。もうすっかり、湯気は消えていた。

「確かにヨザックの言葉は、時々胸にグサッとくる。でも、言ってることに嘘はないよ。良薬は口に苦し、って言葉があるんだけど、ヨザックはまさしくそれじゃないかな」

「あいつの言葉が良薬だ、と?」

 有利がこくりと頷く。

「そう。あ、別にコンラッドたちを責めてるわけじゃないぞ?何ていうか、コンラッドたちは直接言うんじゃなくて、オブラートに包んで言ってくれるんだよな」

「オブラートって……子供とかが粉薬を飲むときに使う?」

「うっ、子供って言われると痛いけど。まぁそう、ソレ。おれが傷つかないようにさ、わざと遠まわしな言い方してくれるだろ?有難いとは思ってる。でも、いつもオブラートに頼って薬飲んでたら、いざオブラートが無くなった時、おれは不味い薬が飲めないだろ?」

「つまり、病気が治らない」

「そ。自分の欠点を改善できない、いい王様にもなれない。だからさ、」

 ふわ、と優しく破顔する有利に、ちょっとばかし幼馴染に嫉妬した。

「おれには時々、ヨザックみたいに少しぐらいきつくても真実を言ってくれる人が必要なんだと思う。ヨザックのこと、すごく頼りにしてるよ」

 心に思っていることを全て吐き出したらしい主は、満足そうに紅茶をすする。が、予想に反したその温度に、彼の身体は素直に反応した。

「何これっ、冷た!……って、うわっ」

 カップを取り落とした有利に、思わず名付け親が立ち上がる。

「ユーリ!?」

「大丈夫、かかってまセン。日頃の朝トレの成果で瞬発力アップしたから。でも絨毯が不味いことにーっ。何か拭くものー!えーっと、とりあえずおれの服の裾で……」

「何を言ってるんです、それじゃ自慢の瞬発力で避けた意味がないでしょう。俺が布巾を取ってきます」

 絶対その黒服で拭かないで下さいよ、と念押しして、ウェラー卿は廊下に出た。

 

「いたのか」

 部屋の扉を閉めると同時、視界に入ってきた橙色に声をかける。

「よく言うぜ。オレがいると知ってて、わざと陛下にあんなこと訊いたくせに」

「聞きたくなかったのなら、お前が立ち去れば済むことじゃないのか?ヨザック」

 名を呼んでやれば、相手は言葉に詰まり、面白くなさそうに顔を背ける。

「……でも、逃げずに最後まで聞いておいて、よかっただろ?」

 ニヤ、と笑いながら留めを口にした。

 この幼馴染のために嫉妬まで堪えたのだ、これぐらいのことは許されるだろう。

 ヨザックはコンラッドの問いに否定も肯定もせずに、

「やっぱり隊長って、腹黒よねぇー」

とだけグリ江口調で呟くと、さっさとその場を去っていった。

 しかし、その不自然な口調の変化が照れ隠しだと既に判りきっているコンラッドは、離れていくその背に小さく微笑み。踵を返すと、自らも足を動かした。

 

 

 

「ユーリ、持ってきました」

 厨房から借りてきた布巾を手に部屋に戻れば、主は絨毯に向けていた視線をこちらに上げた。もしかして、ずっと絨毯の染みを見詰めていたのだろうか。

「遅いよ、コンラッド!早くしないと染みが残る!!」

「はいはい。でも、どうせ侍女たちが洗濯すると……」

「だからこそだろ!?ちょっとでも染みを取っておかないと、後から洗濯するメイドさんたちが大変じゃん」

「成る程」

 相変わらず変わったひとだ。思わず苦笑してしまう。侍女の仕事の心配をする王など、聞いたこともない。――無論、それが悪いなんてこれっぽっちも思わないが。

 有利の横に膝をつき、染みの上にのせた布巾を叩く。すると隣で、「そういえば」と声がした。

「まだ聞いてなかったぞ、コンラッド。あんたの答え」

「はい?」

「惚けるなよ?ヨザックや軍のこと。おれにだけ答えさせておいて、あんたは答えないつもりか?」

 ああ、とコンラッドは再び苦笑する。もう忘れてくれているものと思っていたが、どうやらそうはいかないようだ。

 ウェラー卿は手の動きを止めると、主の漆黒の瞳を見詰めた。

「まず軍のことですが、これはさっきも言ったように、俺は戻るつもりはありません。護衛としてあなたを守り続けると決めましたので。それから、ヨザックのことですが」

 ほんの少し逡巡したコンラッドは、ふっ、と小さく笑う。

「最低ですよ、あいつは。無謀なことも平気でするし、無礼極まりない。おまけに女装癖まで。あんな奴が幼馴染だなんて、思うだけで泣けてきますよ」

「えっ?!ちょ、ちょっとコンラッド。それはいくらなんでも……――」

「でも、」

 驚き慌てたような主の言葉を遮り、ウェラー卿はほんの少し相手から視線を逸らした。

「戦場で、あいつほど安心して背中を預けられた奴はいません。多分、これから先も」

 それは、相手を心から信頼できるから。

 言ってから、やはり自分の台詞が恥ずかしくなる。恐る恐る視線を元に戻せば。

「そっか」

 そこには、満足そうに微笑む有利の顔があった。

 

 

 

 

 

あとがき

 9千ヒットを踏まれた鵺斗さまより頂きました、「ユーリとコンラッドが、ヨザックについての話をする」というリクエストで書いた話です。タイトルは「座談会」という意味。(笑)「やがて(マ)」や「天(マ)」のネタを使用しています。

 展開に少々無理やり感が拭えませんが…、そして差し上げるには少々長ったらしいですが…(すみませんー!!)、こんな話でよければ受け取ってやって下さいませ、鵺斗さま。

 そのうち、この話のヨザック視点を書けたらいいな……と密かな希望。(笑)

 

 

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