動物を愛でることができる奴を、羨ましいとは思わない。

 ただ、動物を愛でない自分を、「人間らしくない」とは思う。

 

 

Such is cook

~Another ver.~

 

 

 次の島までの航海に充分な食料を買い込み、その袋を危なげなくそれぞれの手に抱え、サンジは町を抜けた。両脇に建ち並んでいた店が消え、緑と茶色だけの草原が広がる。ここを通り抜ければ、船を泊めていた入り江はすぐだ。

 船の見張りはロビンだったか、と下船時のことを思い返す。前の島で充分本や服を買い込んだことと、次の島もここからそう遠くないことを理由に挙げ、自ら見張り役に名乗り出ていた。

 太陽が照りつける甲板で独り待っているであろう彼女に、特製ドリンクでも作ろうか。そんなことを考えながら歩を進めていた彼は、とある樹の下に見知った姿を見つけて立ち止まった。

「へーえ、珍しい光景もあるもんだ。剣豪サマがカワイ子ちゃんと一緒とはねぇ」

「そりゃ、どーいう表現だ」

 声を投げれば、樹に寄り掛かるように座っていた男が、恨めしそうに見上げてくる。この男のトレードマークと言っても過言ではないほどに馴染んでいる緑の腹巻上には、白くてふわふわの赤い目を持つ生き物がいた。

「別に、間違ったことは言ってねぇーぜ?兎を見りゃ、大抵の奴は可愛いって言うだろ」

 止めたままだった足の向きを、剣士と兎のいる方に変える。

 内心で自分の行動にツッコミを入れた。

 おいおい、おれはさっさと船に戻ってロビンちゃんに特製ドリンクをお出しするんじゃなかったのか?

 

「他人事みてぇに言うんだな」

「あ?」

 手にしていた食料の入った袋を脇に置き、剣士の隣に腰を下ろした。すると、そんなことを唐突に言われる。

 意味が分からず目だけで隣人を見れば、相手は白いふわふわの体を突付いていた。

「まるで、お前自身は兎を可愛いと思ってねぇような言い草だ」

「……」

 サンジはあえて返事をせずに、新しい煙草を取り出し火をつけた。相手も無理に返事を求めてはこない。

 紫煙を吐き出すことで、溜め息を誤魔化した。

「言っとくけど、船じゃ飼えねぇーぞ」

「わかってる。そもそも飼うつもりもねぇ。何度引き剥がしても、こいつがおれから離れようとしないだけだ」

「ほー、のろけか?コイツに気に入られるようなことしたんじゃねぇの?」

「別に。町外れの溝に嵌ってたのを摘み上げただけだ」

「なるほど。そりゃ気に入られるわな」

 からかうように言ってやると、相手は件の生物を腹から抱え上げ、サンジに差し出してきた。

「お前が捕まえておくなり飼い主探すなりしておいてくれ。昼寝しようにも、こいつがいると邪魔でな」

「おいおい。いつでもどこでも寝られる奴が、何を敏感ぶってんだ?」

「爪やら歯やらが腹巻に引っかかるんだよ。いいから……――」

「断る」

 強い口調でそう言い放ったサンジはしかし、次の瞬間には俯いて口元を歪ませた。反動で、煙草の灰が落ちる。

 差し出されたままの兎を、やんわりと押し戻した。声のトーンが若干下がるのを自分でも感じる。

「頼む、ゾロ。勘弁してくれ。……どんな動物にも、愛着は持ちたくねぇんだ」

「……?」

 怪訝そうに剣士の眉根が寄るのを、サンジは視界の端で捉えた。

 喉の奥でクツリと笑うと、唐突に空を指差してやる。正確には、さっきからそこを悠々と飛んでいたカモメを。

 

「なぁ、お前はあのカモメを見てどう思う?」

 問いかけて、隣を見た。

 益々もって分からないという顔をしたゾロはしかし、それでも素直にサンジの指が示す先を目で追う。しばらく考えるように唸り、その口が答えを発した。

「……『カモメが飛んでるなぁ』としか思わねぇ」

「はは!お前、ほんと単純だな」

「悪ぃか」

「いーや、褒めてんだよ。少なくとも人間らしい思考だ」

 銜えていた煙草を手に取ると、サンジは空をゆくその鳥に向かって、届くはずもない煙を吐く。

「おれはな、こう思うんだ。『じっくり煮込んだカモメガラのスープにしようか。それとも香辛料をきかせたスパイシーな唐揚げにしようか。』ってな」

「……」

 ゾロは何も言わない。その代わり、眉間にできていた皺を深くした。

 嫌悪感でも抱かれたのかもしれない。でも正直に言って、こんな話はこの剣士相手にしかできない。明確な理由はないけれど、サンジはそう思う。

 だから、言葉を続けた。

 

「お前も充分過ぎるぐらい分かってるだろうが、海の上は食材が限られてくる。一歩でも間違えば、飢えることなんて簡単にできる。だからこそ、おれはどんな生き物でも調理できなくちゃならねぇ」

「蛾やムカデもか?」

「そーいうどうでもいいツッコミはいいんだよ……」

 真顔で訊いてくる男に、サンジはガックリと項垂れる。今は怒る気力さえ湧かない。

 だが、少しだけ笑えた。それまでの作り笑いでも、自嘲でもない、――本気の笑みで。

 地面を見たまま、サンジは言った。

「……だから、おれは動物を愛でたりできねぇ。いや、愛でちゃいけねぇ。愛着なんてモンがあると、いざって時に捌けねぇだろ?」

 今ゾロに捕まえられているような兎だってそうだ。いざという時は、皆が可愛いと称するこの兎でも自分は調理する。そんな時に可愛いなどと思っていては、包丁を振り下ろせないだろう。いや、無理やり振り下ろせたとしても、迷いや躊躇いを抱えたままの調理では美味いものなど作れはしない。

「おれが動物を見た時に浮かぶ思考はたった一つ。それをどう調理すると一番美味いか、だ。そうでなきゃいけねぇ」

 現に今だって、もしゾロに「兎の美味い調理法は?」と訊かれれば即答できる自信があった。もっとも、隣に座るこの男がそんなことを口にする確率はゼロだが。

 

 すっかり短くなってしまった煙草を始末し、また新しい一本を取り出す。

 相手の言葉を待とうとしたが、ゾロは相変わらず眉間に皺を寄せたまま動かないため、結局沈黙に耐えられずサンジがまた口を開いた。

「動物に好かれるお前には、理解できねぇ思考だろうな。血も涙もねぇ奴って、思ってんだろ?」

 発した言葉は問いの形だったが、特に返事を期待してのものではなかった。だが、ゾロがぼそりと呟く。

「別にいいんじゃねぇのか?」

「あ?」

「それはつまり、俺たちクルーを飢えさせねぇためだろ?」

 思わず相手の顔を凝視した。

 その視線に気付いているのかいないのか、ゾロは前方を向いたまま淡々と続ける。

「それがお前の仕事じゃねぇか」

 ゾロの言葉が、妙にスッポリと己の胸の内に納まった。

 今まで暗い顔で自嘲を繰り返していた自分がバカみたいに、拍子抜けしてしまう。

 そんなサンジに止めを刺すように、こちらを向いたゾロがニヤリと笑った。

「人間らしいかどうかは知らねぇが、料理人(コック)らしい思考なんじゃないのか?」

 

「ふっ、ははは!」

 突然笑い出したサンジに、ゾロはぎょっとしたような顔になる。が、サンジは構わず笑い続けた。

 自分でも何がそんなにおかしかったのか分からない。ひどく単純なことを深刻に悩んでいた自分か、それをゾロに気付かされた自分か、はたまた、そんな発想を言ってくるゾロを「コイツらしい」などと思ってしまった自分か。いずれにせよ、笑いの対象は自分だ。

 笑うついでに、サンジは隣の男の肩を軽く二度ほど叩いた。

「ゾロって、ほんとズリーよな」

 笑いすぎて少々涙目になりながら言えば、相手は不本意とばかりに顔をしかめる。

「あぁ?何でそうなる」

「今みたいな台詞を無自覚で言う奴は、ズルイんだよ」

 こっちが救われるような台詞を、狙いもせずに言ってくるのは卑怯だ。それは不意打ちと同じくらいの効力を持つというのに。

 

 

 サンジの笑いの発作がようやく治まった頃、彼の耳に幼子特有の高い声が届いた。隣の男にも聞こえたらしく、肩に立て掛けられていた愛刀三本が微かに揺れる。

「ミミちゃん!!」

 叫びながら町の方から駆けてくるのは、見た目からして七・八歳ぐらいの少女だった。高い位置で結い上げているポニーテールが、走る動きに合わせて揺れる。

 どうやらこれで、飼い主を探す手間は省けそうだ。

「ミミちゃんって……この兎のことか?」

「名付けの単純さがナミレベルだな」

「おい!レディーだけじゃなくナミさんまで侮辱してんじゃねぇぞ!」

「マツゲやハサミなんて単純としか言い様がないだろ?それに、ガキにレディーって……」

「子供だろうが、小さなレディーにゃ変わりないんだよ!……っと?」

 言い争いとも言えぬ口喧嘩を展開していた二人の間から、ピョン、と白いものが飛び出した。さっきまでゾロの傍から離れようとしなかった、件のミミちゃんだ。そのまま、駆け寄ってくる少女に向かって飛び跳ねていく。

 何だかんだ言っても、やはり主人に勝る人物などいないのだ。

 

「よかった、ミミちゃん!」

 安堵した表情で兎を抱え上げた少女が、こちらを見た。

「お兄ちゃんたちが見つけてくれたの?」

「別に探してやったわけじゃ……ふぐっ!」

 事実とはいえ、少女に対して愛想の欠片もないゾロの言葉に見かね、サンジはその口を片手で塞ぐ。

 代わりに自分が言葉を請け負った。

「あー、なんかコイツが偶然見つけたみたいだぜ?そのミミちゃんが溝に嵌ってたらしくて」

「えっ!?」

 驚いたように兎に視線を戻した少女はしかし、全体を見回して小首を傾げる。

 その行動の意味を理解したらしいゾロが、サンジの手を口から外しながら面倒くさそうに言った。

「だいぶ毛が汚れてたから、洗っておいた。怪我も特にねぇ」

 少女が驚いたようにゾロを見たが、サンジも内心、感心していた。これでは兎がこの剣士を気に入らない方がおかしい。

「ミミちゃんを助けてくれて、ほんとにありがとう!」

 ペコリと丁寧にお辞儀をする少女に、ゾロは「おう」と小さく笑う。

 横からサンジも口を挟んだ。

「これからは気をつけてあげねぇーとな」

「うん!」

 大きく頷くと、少女は身を反転させ、再びポニーテールを揺らしながら町の方へと駆けていく。

 数分前までのサンジなら、無意識のうちにこの少女と自分の動物への接し方の違いを比べ、また内心で凹んでいたかもしれない。が、今の彼にそんな思考は欠片も浮かばなかった。

 

 

 小さくなっていく少女の背中を見ながら、「さて、どうしたものか」とサンジはぼんやり考えた。

 隣を見れば、剣豪は盛大なあくびをしている。兎もいなくなり、やっと昼寝ができるとでも思っているのだろう。もっとも、もうすぐ夕方ではあるが。

 サンジは礼を言うべきタイミングをすっかり逃してしまった。悔しいけれど、先ほどのゾロの言葉で少なからず気持ちが救われたのは事実だ。が、今更さっきの話題に戻るのもどうかと思う。というよりそもそも、とてもじゃないが自分は、「ありがとう」なんて素直な台詞をこの剣士相手に言えやしない。

 では自分は、どうやってこの男に感謝を伝える?

 

 しばらく考えて結論を出したサンジは、地面に片手をついて立ち上がった。

 閉じられていた剣士の双眸が、のろりと開く。

「行くのか?」

「ああ。さすがにこれ以上、食料を冷蔵庫に入れないでいるのはマズイからな」

 冷凍品は無いが、それでも長時間外に放置しているのは、やはりよくない。

 買い込んだものを再度両手に抱え上げると、サンジは座ったままのゾロを見下ろした。

「……何がいい?」

「あ?」

「晩飯。お前のリクエスト聞いてやるよ」

 ニッと笑って告げれば、相手は満足気に口端を上げた。

 

 

 

 

 

あとがき

備考でも少し書きましたが、お世話になっている某管理人様にお祝いとして捧げさせていただいた話を、カップリング要素無しバージョンにしてみました。(←だから、~Another ver.~なのです。)ちなみに元は、サンゾロ好きさんには少々物足りないであろう雰囲気のサンゾロ話でした。(笑)

実はこの(元の)話は、初書きワンピ話だったりします。(←時期は07年9月でした。)初書きを捧げものにするという無謀な奴。(苦笑)確か、空島編を読み終わった辺りに書いたよう…な?

サンジ君の考えを色々と捏造してしまいましたが、実際のところ、原作の扉絵では動物たちと結構戯れていますよね、彼。(苦笑)その辺りは生温かい目で見てやって下さい…。

 

 

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