正義の味方

 

 

「何なの?この人だかり……」

 佐藤は本庁のメインロビーでぽかん、とした。

 見渡す限り、人、人、人。しかも、ほとんどが子供たちや親子連れ。

 いくら日曜日で世間は休みといえども、こんなに警視庁は子供に人気のある場所だっただろうか?

「おはようございます、佐藤さん」

 不意に後ろから声をかけてきた後輩に、佐藤は挨拶もそこそこに詰め寄った。

「おはよう。それより何?あの人だかり」

 問われた相手は、ああ、と笑う。

「春の交通安全キャンペーンですよ。今年のキャンペーンキャラクターが、子供たちに人気の仮面ヤイバーに決まって。 あ、ほら。2・3日前からポスターも貼ってありましたよ?」

 後輩・高木の指差す先――掲示板には、少し大きめサイズのポスターが貼られていた。

 警視庁をバックに、仮面ヤイバーと思われる人物が決めポーズで立っている。

 ちなみにキャッチフレーズは、『仮面ヤイバーは、地球も守るが 交通ルールも守る!』。

……“守る”の意味が微妙に違う気がする。

「ほんとだ。全然気付かなかったわ……」

「まぁ、毎日忙しいですからね。仕方ないですよ。 でも、あの人気の高さは凄いですよね……」

 子供たちの輪の中心にいる正義のヒーローは、既に引っ張りだこになっている。

 そのヒーローの付き添い兼、通訳係の女性が、子供たちにもみくちゃにされながらも必死に「みんなも交通ルールを守ろうね!」とか、「車が来ないか左右を確認してから道を渡りましょう」などとキャンペーンらしいことを言っているが、おそらくほとんどの子供はそんなこと耳に入っていないだろう。

「確かにすごいわね。ちょっと横の女性が気の毒なぐらいだけど。 でも……」

 そこで佐藤の言葉が切れた。不思議に思い高木が見やると、彼女は複雑そうな顔で、子供たちに囲まれるヒーローを見ている。

「でも、もし本当に彼のような正義のヒーローが存在したら、私たち警察は必要とされなくなっちゃうんでしょうね……」

「……佐藤さん?」

 彼女のその態度に高木が思わず声をかけると、佐藤はパッといつもの表情に戻った。

「なーんてね」

「……。佐藤さん、何か…――」

 あったんですか、と言うよりも早く。人だかりの方が急に騒がしくなった。子供たちのブーイングらしき声が聞こえる。

 驚いてそちらを見やった二人は、そのまま固まった。

 そこには、子供たちを掻き分け、中心にいる仮面ヤイバーへと向かっていく大人が一名。

「はいはい、ちょーっとごめんねぇ〜。 うっわー!やっぱり本物はすごいなぁ〜。あっ、ベルトも改良されてる!へぇ〜、こういう造りになってんだー……」

 花より団子、花より特撮モノ。団子と特撮モノならものすごく迷う男・千葉だった。

「……。そういえば千葉君、特撮オタクだったわね……」

「だからって、何やってんだアイツはっ!」

 ちょっと行ってきます、と言って、高木は人ごみの中心へと入っていった。

「大変ねぇ、高木君も……」

 苦笑しつつその背を見送る佐藤。けれど。

―――仮面ヤイバー……か。

 脳裏には、十数年前のことが蘇っていた。

 

 

 

…―――

「美和子は、仮面ヤイバーを知っているのか?」

 めずらしく仕事から早く帰ってきた父が、何故だか開口一番に聞いてきた。

 その頃も、ちょうど何シリーズか前の仮面ヤイバーが放送されていて、子供たちの人気の的だった。

「うん、知ってる!悪者をどんどんやっつけるの。かっこいいよ!」

「……そうか。じゃあ、美和子もそれが好きなんだな」

「うん!だって、悪い奴から地球を守ってくれるもん!」

 答えると、父はどこか寂しそうに笑った。

「そうか……。 じゃあ お父さんたちも、負けないように頑張らないとな」

「……?」

 その頃はまだ幼くて、父の言わんとしていることが分からなかった。

 それでも、父が悲しんでいるということだけは伝わってきて。

「お父さん?」

 不安気に呟くと、父はふと我に返ったように苦笑し。

「すまない。気にしなくていいよ」

そう言って、娘の頭をくしゃ、となでた。

 

後から母に聞いた話によれば、その日父は、帰宅途中に下校中の子供たちの こんな会話を聞いたらしい。

『また おまわりさんが悪いことしたって、ママが言ってたー』

『またかよ? やっぱりおまわりさんより、仮面ヤイバーだよなぁ!』

 

 

 

「痛っ!痛いですってば〜、高木さん!!」

「当然だ!引っ張ってるんだからな。 ちょっとは自分の歳考えろ!」

 二人組みの声に、佐藤の思考は途切れる。

 顔を上げると、高木が千葉の襟首を掴んで人の輪から出てくるところだった。

「ご苦労様、高木君」

 高木には苦笑を、そして隣の千葉にはちょっと眉根を寄せてやる。

「千葉君、いくら好きでも、あなたはここの刑事なんだから。しっかりしなさいよ?」

「すみません……。でも、こんな間近で見れるのは貴重なんですよ!?しかもしかも!スーツもリニューアルされてて!!ベルトの部分なんかですね、こう…――」

 謝りながらも、一瞬でも見ることのできた喜びを 興奮しながら語る千葉。

 そんな彼を前に二人が呆れた笑いを浮かべたのは、言わずもがな、であろう。

 

 

 

 それから約一時間後。

佐藤はデスクから立ちあがると、隣席の高木に声をかけた。

「高木君。そろそろ地取りに行きましょ」

「あ、はい!」

 背もたれに掛けていたスーツの上着を掴み、高木も立ち上がる。

 二人並んで廊下を抜け、ロビーを再び通った。そこではもう、イベントの舞台等の撤去が始まっている。

「へ〜、もう終わったのね」

「そうですね。ちょうど、5分ぐらい前だと思います」

 高木が自分の腕時計に視線を落としながら言う。

 正直、まだあの人だかりがいたら ロビーを抜けるのに一苦労だろうと思っていたため、少しほっとした。

 けれど、佐藤は知っている。この安心感は、もう一つ、別の醜い感情からも来ていることを。

 

『子供タチニ囲マレル“ひーろー”ヲ、見ナクテ済ム』

 

 

「あ〜っ!!やっぱりもう終わってるー!」

 突然響いた、聞き慣れた高い声。

 見れば、走ってきたのだろう、息を弾ませたままの少女――歩が、可愛い顔を残念そうに歪ませていた。隣には、やれやれ といった様子のコナンと哀。彼等に遅れて、光彦と元太も入ってくる。光彦はおそらく、元太の足に合わせてあげていたのだろう。

「嘘だろ〜。こんなに頑張って走って来たのによ〜」

「だから言ったろ?どんなに急いでも、あの時間じゃ間に合わねぇって」

 さも当然と言わんばかりのコナンの横で、元太がヘナヘナと崩れ落ちた。そんな彼を、光彦が呆れた様に見る。

「元はといえば、元太君が待ち合わせ場所に遅刻したからですよ?」

「しょうがねぇだろ〜。 寝坊して、慌てて朝飯食ってきたんだぞ?」

「途中で食べるの止めて来ればよかったじゃないですか」

「朝飯残すなんてできるかよっ!?」

 そんな彼らの微笑ましいやりとりを見ていると、歩がこちらに気付いたらしく、大きく手を振った。

「高木刑事―!佐藤刑事―!」

 少女の笑顔にこちらも手を振って応えつつ隣を向けば、高木が苦笑しながら、

「行きましょうか」

 と、先に立って子供たちへと向かっていく。

 佐藤も気付かれないように小さく息を吐くと、高木の後に続いた。

 

「君たちも、仮面ヤイバー目当てで来たのかい?」

 先に探偵団の面々の元に着いた高木が尋ねると、子供たち――と言っても主に三人だが――が、必死の目で彼に詰め寄る。

「ねぇ!もう仮面ヤイバーは帰っちゃったの!?」

「僕たち、一生懸命走ってきたんです!!」

「おめぇ、何とかして連れてこいよ!」

「そんなこと言われてもねぇ……」

 参ったなぁ、とでも言うように苦笑する高木を見かねて、佐藤は助け舟を出してやることにした。

「みんな、我が侭言っちゃダメよ?仮面ヤイバーは、地球を守るために忙しいんだから」

 膝に手を置き、子供たちに視線を合わせながら言うと、三人は「そうかぁ……」と残念そうに、でも納得したように俯く。

 が、そこで不意に歩が顔を上げた。

「あ。でも、それは佐藤刑事たちも一緒だよね」

「え?」

  驚いて目を見開くと、少女はニコ、と笑う。

「だって、佐藤刑事たちも悪い人たちから私たちのこと護ってくれる、正義の味方でしょ?」

「……みんなは、私たちよりも仮面ヤイバーの方がいいとか……思わないの?」

 思わずこぼれた呟きのようなそれに、目の前の子供たちから一斉に言葉を投げられる。

「そんなことないよ!歩、仮面ヤイバーも好きだけど、刑事さんたちのこともすっごく好きだもん!」

「そうですよ!犯人捕まえる時の佐藤刑事、すごくカッコイイですし!」

「高木刑事は ずっと見てても面白いしな〜」

「あのねぇ……」

 苦笑する高木の横から、それまで黙っていたコナンと哀も口を開く。

「幸か不幸か、僕たちは結構、佐藤刑事や高木刑事たちの活躍を生で見てきたからね」

「テレビの中でしか会えないヒーローよりも、何度も実際にその活躍を目にした刑事さんたちの方が、親近感が湧く……ってところかしら?」

 佐藤は、グッと手を握り締めた。そうしなければ、今にも涙が出てきそうで。

 ゆっくり息を吸い込み、吐き出すと、その手から力を抜く。

 そうして顔を上げると、子供たちに笑いかけた。

「みんな……ありがとう」

 

 

 

 何やらワイワイと楽しげに話しながら帰っていく探偵団の背を見送りながら、佐藤がポツリ、と呟く。

「いい子たちね……本当に」

「ええ、そうですね」

 ちょっと生意気な時もありますけど、と付け加える高木に小さく笑うと、佐藤はポン、と彼の背中を叩いた。

「さ!私たちも行きましょ。今日は何だか、いつも以上に気合が入っちゃったわ」

 

 

 

 

ねぇお父さん、ちゃんと見てた?

世の中には、こんな子供たちもいるのね。

そしてそんな子供たちに出会えた私は、すごく果報者。

 

こうなったら、今まで以上に頑張らなくちゃ。

真っ直ぐなあの子たちの期待を裏切らないためにも、ね。

 

 

 

 

 

あとがき

 この話は、「恋物語6」をコミックスで読んだ頃にできたものです。だから……1年程前?それにちょこっと修正を加えてアップしました。ちなみに初書き少年探偵団でした。

 佐藤刑事のお父様が聞いた子供たちの会話は、管理人が実際に聞いたものだったりして……。(苦笑)もちろん、「仮面ヤイバー」の部分は別の某戦隊モノの名前でしたが。

実際、警察官の不祥事が騒がれることが多かった時期で、仕方ないのかもしれませんが、何だかなぁ……と思ってしまいました。まぁ、そんな会話をする小学生に驚いたのも事実ですが。(笑)

高木刑事を上手く消化しきれなかったのが悔しい……!

 

 

back2