アルノルド。

最も重要かつ 過酷な戦場だったといわれるその場所から帰還した者は、極めて少ない。

 

 

生存“者” 

 

 

「隊長?」

 肩に担いでいた男が小さく呻き声を上げた気がして、ヨザックは歩みを止めた。

 ここは、戦場となっていた場所から少し離れた、丘へと続く斜面。とはいえ、視線を背後へとずらせばすぐに、未だ炎が燃え盛る戦場跡地が見える。

「ヨザッ……ク?」

「気が付いたか」

相手からの応答にほっとしたのも束の間、上司の体が己の肩からズルリと抜け落ちる。

咄嗟に支えようとしたが、左腕が動かず、相手はそのまま鈍い音を立てて地面へと落ちた。利き腕よりはマシだろうと犠牲にしたヨザックの左腕は、すでに役に立たなくなっていたのだ。

「隊長?!」

すぐさま傍に膝を折って呼びかける。

幼馴染の首にかかっている青い魔石がやけに光って見えて、それが何故だかヨザックの不安を煽る。

「大丈夫か?!おい、しっかりしろ!こんなところで死ぬな、コンラッド!!」

「安心……しろ。大丈夫、だ。ただ、このまま……しばら、く、休ませて、くれ……」

 苦しい息の下から絞り出すように言われれば、反対できるはずもない。ヨザックは黙ってそのままその場に腰を降ろすことで了解の意を示した。

痛みにほんの少し顔を歪める上司に、さっき思わず身体を揺すってしまったことを後悔する。

「他の……味方は……?」

問われてヨザックは、黙って首を横に振った。

この男はこんな時でさえ、自分よりも部下の心配をする。

「そう……か」

「せめて、先に帰還させた連中だけでも無事だといいんだがな」

その頃、先に離脱したその者達は、新たな戦闘に巻き込まれていたのだが、この時の自分等がそれを知るはずもない。

 

横になったままの上司は僅かに首を巡らせ、自身の体を見た。その視線は腹部で留まり、そして苦笑する。

「こんなになっても……生きて喋れるんだな」

大きく開いた傷口からは、内臓がはみ出していた。位置的に腸だろうか、と その光景をやけに冷静に見詰めるもう一人の自分がいる。もう、他人を斬り過ぎていて、こういうものに対する感覚がなくなっていた。

それは相手も同じらしく、自分の体がこんなことになっていても、動揺する様子は少しも窺えない。

「皮肉なもんだが、こういう時は半分でも魔族の血が流れててよかったよな。人間だったら、まず間違いなく息絶えてる。……ま、その意味からしても、一番いいのは純粋な魔族なんだろーけど」

「そうだな」

 何が可笑しかったのか、コンラッドは小さく笑い、そして両目を閉じた。

「それにしても、隊長の俺が、お前よりも大怪我を負っているとは……。本当、情けないよな」

「はっ。何言ってんだか。あんたは向こうの頭(かしら)やら斬り込み隊長やら、強い奴等をほとんど一人で引き受けちまってたじゃねぇーか。そりゃあ、こうなって当然ってもんだろ」

 だからこそ、自分たちは下っ端兵、悪くても中流レベルの兵の相手で済んだ。そうでなければ、今頃自力で歩けてなどいなかっただろう。

無茶し過ぎなんだよ、そう言いながら、ヨザックは地獄と化した戦場跡地を見やった。

時々思い出したように突風が吹き、消え残ったままの炎を揺らめかせる。本当は風と共に血生臭い臭いも運ばれているはずだが、とっくの昔に嗅覚など麻痺してしまっていた。

横になっている幼馴染からはおそらく、首をひねっても精々見えるのはこの地獄の一部。今のコンラッドの状態を考えれば、それは幸いだろう。

「……とりあえず、今この場で確認できる生存者はオレたちだけです、隊長」

そうか、と相手も力なく頷いた。が、少し間を置いて「いや、」と言い直す。

「まだいたぞ……生存者が」

「え?」

驚いて見返すと、コンラッドが傷だらけの腕を重そうに持ち上げた。

「ほら、あれだ」

「“あれ”?」

人に対しては些(いささ)かひどい言い方をする幼なじみを不思議に思いながら、彼の指す方に視線を向ける。

「別に誰も…――」

「地面をよく見ろ」

言われてもう一度、しっかりと目をこらしてみる。と、一瞬の間の後に、相手の言わんとすることがわかった。同時に、思わず苦笑する。

「ああ……、“あれ”か」

コンラッドの示す先――つい先程まで戦場となっていた場所の隅。そこには、人の代わりに一輪の花が咲いていた。

葉はもちろん、真っ白だったはずの花弁にも 誰かの血が付着して、赤白まだら模様の花になっていたけれど。それでも、その花はしっかりと背筋を伸ばしてそこにいた。

他の花は、踏まれ、潰され、時には上から降ってきた大量の血の勢いで折れてしまったにも拘わらず。

「成るほど、確かにあの花は運がいい。けど、あれって生存“者”って言うのかねぇ?」

「知らないのか?植物も本当は、俺達と同じように生きているらしいぞ」

さっきまで戦鬼とも見まがう様子だった男とは到底思えない台詞に、ヨザックは笑った。

「何かそれ、スザナ・ジュリアが言いそうな台詞だな」

半分冗談で言ったのだが、それに対する相手の驚いたような顔を見ると、どうやら図星だったらしい。

何やら言い返そうと口を開きかけたコンラッドに、ヨザックが先手をうつ。

「さて、そろそろ行ってもよござんしょかね、隊長」

相手の右腕を自分の首の後ろに回しながら、更に言葉を続けた。

「誰とは言いませんけど、あんたの帰りを待ってる人がいるんでしょう?だったら、早く安心させてやらなきゃ。……よっと」

「ああ……そうだな」

引っ張り起こされながら、上司が小さく微笑む。

何となく、今言った自分の台詞が恥ずかしくなって、ヨザックは誤魔化すように口調を変えた。

「その腹、しっかり自分で押さえてろよ?」

「わかってる。それよりお前こそ、また俺を地面に落とすようなことはするなよ?」

「うわー、人に運んでもらっといて言うことがそれですか。あんた、サラッと嫌味言うの、ほんと上手いよなぁ〜」

 お互い、小さく笑いあう。

 それが例えカラ笑いだろうと何だろうと、この時はまだ、希望を持っていた。

 彼女があんなことになっているなんて、知りもしなかったから。

 

 

 幼馴染の動きに合わせて揺れる青の魔石が、日の光を反射して、先ほどよりも更に眩しく光る。

 自分たち……特にコンラッドが、本当の絶望を知るのは、自国へと帰還した時……――。

 

 

 

 

 

 

あとがき

幼馴染コンビ、第一弾。「天に(マ)」でのヨザックの語りを受けて書きました。冒頭は、マニメの影響も少し受けています。

二人が花に気付くシーン……どんだけ目がいいんだって話ですよね。(苦笑)後からそのことに気付いたのですが、このシーンを失くすと今回の話が成り立たないので……皆様、生温かい目で見てやってください。(←コラ)

コンラッドは、極限状態でもこんな風にサラッとキザな(?)ことが言える人のような気がします。だじゃれは寒いですけどね。(笑)

 

 

back2