信じる

 

 

 新しいおれたちの船が完成した。早速乗り込んだクルーそれぞれが、思い思いに船の中を見て回る。とはいえ、どこを一番に見るかにあいつらの個性が出ていた。

 

 ルフィとチョッパーは、乗り込んで一番に目に飛び込んでくる、眩しいほどの緑の芝生に歓声を上げた。歓声のついでに放たれた、おれの頭みてぇだなんて馬鹿発言には、無視を貫く。そんなおれの反応を気にした風もなく、二人は滑り台やブランコなんて遊具まで発見し、笑顔で遊び出した。

 さっきまで同じく芝生を眺め、ガーデニングがどうこうと言っていたロビンは、今は階段を上がっている。その先にあるという図書室へでも行くのだろう。

 キッチンの方からは、この場にいない造船主フランキーへの感謝を叫ぶ、アホコックの声がした。どうやら念願の鍵つき冷蔵庫とやらを発見したらしい。まぁ、盗み食いに縁のねぇおれには、大して関係のない話だが。

 ナミはアイスバーグとしばらく話していたが、乗船するとそのまま船尾へ消えていった。訳の分からない単語をブツブツ呟いていたから、おそらく操舵か航海術に関することだろう。

 

 おれはというと、特に一番に向かって行きたいと思う場所がなかった。無論、目の前に広がる芝生は昼寝にもってこいだと思うし、展望室にトレーニングのための設備があることも事前に告げられて知っているから、後で行ってみようとは思う。だが、戦闘員の自分が今すべきことは、この船の全体を把握しておくことだろう。

 海賊をしている以上、どうしても戦いも海上が多くなる。そして海上戦で戦場となるのは船だ。船の構造を理解しておかなければ、戦闘にも支障が出る。

 

 

 はしゃぐルフィたちを横目に、おれはゆっくりと歩き出した。どこにどんな部屋があるのか、部屋同士はどう繋がっているのか、どんな装置が設置されているのか、あちこちに視線をめぐらせる。メリー号よりもだいぶ広いこの船は、部屋の場所を把握し自由に歩き回れるようになるまででも、暫くかかりそうだった。まったく、フランキーもそれぞれの要望を叶えるのはいいが、複雑な構造にしたものだ。

 早くも芝生への戻り方が分からなくなりかけたおれの目に、その部屋は映った。室内の壁に取り付けられている看板をしばし見詰め、そこに書かれた文字を小さく口にする。

「ウソップ……ファクトリー」

「ルフィよ」

「!?」

 背後からの突然の声に、思わず身体を揺らして振り返った。自分のその反応が情けなく、微笑んで立っている女を誤魔化すようについ睨む。

「てめ、ロビン!急に出てくんじゃねぇ!」

「あら、ごめんなさい。驚かせてしまったかしら?でも普段のあなたなら、気配で私が近付いてきたことに気付くかと思って」

「っ!」

 つまりおれは、それだけこの部屋に対して意識を奪われていたということ。

 黙り込んだおれをどう思ったのかは知らないが、ロビンは微笑を保ったまま、視線をおれから件の部屋の中へと移した。愛しむように眺める。

「ルフィがフランキーに頼んだようよ、この部屋を作って欲しいと」

「……そうか」

「“彼”に戻ってきて欲しいっていう、ルフィの願いかしら」

 言って、ロビンは自分で自分の発言に頭を振った。

「いいえ、違うわね。ルフィはきっと信じているんでしょうね……彼が戻ってくると」

「……」

 ウソップが謝ってくるまで、アイツを仲間に戻すことは許さない。おれがそう宣言し、ルフィが黙って待つと決めたあの日から、ルフィは海賊ルームから離れようとしなかった。あの冒険好きで、常に動いていなきゃ耐えられねぇような奴が、だ。

 だが、結局ウソップは今日まで、謝るどころかおれたちの目の前に現れることさえしなかった。ちょこちょこと窓から様子は見に来ていたようだが、あれじゃルフィがその存在に気付くはずもない。

 それでもルフィはこうして、ウソップのための部屋を求めた。この部屋は、あいつへの信頼の現われだ―――絶対に戻ってくる、という。

 

 ふい、とロビンが部屋から視線を外した。そのまま、足の向きを変える。

 おれは「迷った」だなんて一言も言っちゃいねぇのに、「芝生はこの先のキャプスタンの梯子を上ればすぐよ」と言い残し、ロビンは立ち去っていった。おれはまだ、ウソップ工場の前に立っている。

 船は完成した。出航まで、そう時間はない。あのアホは戻ってくる気にはなっているらしいから、さすがに出航すると分かれば姿を見せるだろう。だが、その出方しだいでは、ウソップは一生この一味には戻らない。

 信頼の具現とも言えるこの部屋も、一生あいつに使われることはない。

「……帰ってこれねぇような馬鹿な態度とってみろ、ぜってぇ許さねぇからな」

 呟いて、ロビンが先ほど指差した梯子に向かって歩き出す。

 新しい床板は軋むことなく、靴音だけが耳に届いた。

 

 

 

 

 

あとがき

 436話でサニー号をみんなが見て回る中、ゾロの反応だけが描かれていなかったので、自分で書いてしまいました。(苦笑)もちろんこの後、「フランキーを仲間にしよう大作戦」にゾロも駆り出されるわけですが。(笑)

 438話でウソップが謝った瞬間。クルーが言葉を失う中、ゾロはウソップの名前を口にしました。そこに、厳しい態度をとっていた彼の、ウソップへの気持ちの全てが現れているような気がします。

 それにしてもサニー号、広すぎて私の頭では構造が把握しづらいです。(苦笑)ゾロは船で迷わないかとちょっと心配になった管理人の思いが、文章に反映されました。ハハ。(いや、さすがに住処になるわけですし、ゾロも慣れるだろうとは思いますけれどね。)

 

追記:とか何とか言っていたら、08年のチョッパー映画で、ゾロが本当にサニー号内迷子になっていました。(笑)やっぱりあの船はゾロにとって広すぎるんですね。頑張れ、ゾロ!!

 

 

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