○×△の失言

 

 

それは、よく晴れた日の朝だった。

血盟城の中庭へと続く階段に、髪も黒、瞳も黒という、この眞魔国ではとても目立つ人物が、難しい顔をして座っていた。

彼はうんうんと唸りながら、手にした紙を穴が開くほど見詰めている。

 

 

 

「あれ?陛下じゃないですか」

「!?」

 突然背後から声をかけられ、彼は文字通り飛び上がった。

 振り返るとそこには、オレンジ色の髪が眩しい、体格のよい男。

「ヨザック!急に声かけるなよー。びっくりするだろっ?」

「はは、すみません。ところでお一人でどうしたんです?難し〜顔して。隊長は?」

 主君のマネなのか、彼なりの“難しい顔”をしてみせながら、お庭番が尋ねる。

 その顔はオーバー過ぎだと内心苦笑しながら、有利は一つ大きく伸びをした。

「コンラッドは、剣の特別指導教官に駆り出されてお仕事中。ちなみにおれも、お仕事中」

 言って、有利は手にしていた紙をヒラヒラと振る。

「この後、グウェンやギュンターたちと、眞魔国派同盟の加盟国への援助内容について話し合いがあるんだよ。コンラッドも、それまでには帰ってくるってさ。で、一応おれなりにその案を考えてはみたんだけど、グウェンたちにちゃんと説明できるように、自分の考えまとめとこうと思って」

 新米魔王の発言を感心したように聞いていたお庭番だったが、言葉が終わると、ニヤリ、と悪戯っぽい笑みを浮かべてくる。

「へ〜え。だいぶ、王様職が板についてきたじゃないですか」

「はいはい。どーせ、おれはまだ半人前の魔王ですよー」

 からかっているだけだと分かっているため、有利も怒ることもなく軽く受け流した。それに、自分が半人前ということも事実だと思っている。

しかし、世の中にはそうは思わない者もいたらしい。

「ヨーザーック!」

「!?」

 地の底から響くようなその声の恐ろしさに、ヨザックはもちろん、呼ばれていない有利までもが振り返った。

そこにいたのは。

「げっ!?ギュギュ……じゃない、ギュンター閣下!」

「どっ、どうしたギュンター?!」

 いつもの超絶美形はどこへやら、王佐である人物は、恐ろしい形相で立っていた。

 そのあまりの怒りのオーラのためか、彼の美しい灰色の髪が逆立ってさえ見える。……と思ったら、本当に一部が逆立っていた。彼にしては珍しい。寝癖だろうか。

 しかしギュンターは、その寝癖らしきものがついた髪を、一体どんな技を使ったのか、美しく揺らして顔を上げると、キッとお庭番を睨み付けた。

「陛下に対して、何と失礼な!あなたは即刻……――」

「あ〜っ!待て待て、ギュンター!!」

 今にも「解雇」の「か」を言おうとするギュンターを、慌てて止めに入る。少々勇気を必要としたが、とりあえずこの恐ろしいまでの王佐の怒りは自分に向けられているわけではないし、部下の失言をフォローするのも上司の務めだと誰かが言っていた気がする。……誰かは思い出せないが。

「確かに失礼なのかもしれないけどさ、おれは、ヨザックみたいに思ってることは遠慮せず、はっきり言って欲しいんだよね」

「……思っていることは……はっきりと?」

 有利の言が意外だったのか、ギュンターの怒りのオーラは、とりあえず静まる。

「そ。いい時はいい、悪い時は悪い、ってね。その方がおれは嬉しい」

「……嬉しい?」

「陛下っ!」

 せっかく彼のためにと説得してあげているのに、当のヨザックが小声で制してきた。

「何てこと仰ってるんですかっ?!すぐ!今すぐに、取り消して下さい!」

「え?何で?これはおれの本心だよ。それにこうでも言わないと、ヨザックだって危なかっただろ?」

「そりゃあ、陛下にかばっていただくなんて、涙が出るくらい有難いですよ?けどねぇ…――」

「わかりましたっ、陛下!!」

「へっ?!」

 お庭番の説得が終わる前に、突然ギュンターが大声で了解の意を示した。

 ヨザックが隣で、声には出さずに「あちゃー…」と口を動かす。

 王佐が何をどう理解したのかは分からなかったが、体は身の危険を敏感に感じ取ったらしく、背中を冷たい汗が流れた。

 

 

 

「んぅあああ、陛下っ!この眞魔国の民だけではなく、他国の人間たちにまで、その硝子のように澄み切ったお美しい心をお砕きになるとはっ。何という慈悲深いお方!!しかし、私は知っております。そのお美しい硝子の御心は、同時にとても繊細で壊れやすいのだと。そう、言うならば、硝子の少年……。ならば、その砕け散った破片を拾い集め、陛下の御心を治し、癒すのが、王佐であるこの私の務めで……――」

「ギュンター、何なんださっきから!いい加減にしろっ!話が先に進まんだろうが!!」

 この小僧はどこぞのデビュー当時のジャ●ーズ二人組みかっ!という地球チックな突っ込みまではないものの、我慢の限界に達したらしいフォンヴォルテール卿は、ついに立ち上がって卓を拳で叩いた。

 しかし、普通の者ならすぐに謝ってしまいそうな鋭い眼光で睨まれているにも関わらず、フォンクライスト卿は怯えるどころか、余裕の笑みを浮かべる。

「ふっ。知らないのですか、グウェンダル?陛下は、我々が陛下に対して思っていることを“はっきりと”申し上げることをお望みなのですよ。ね?陛下」

「う、うん……。それはそうなんだけど、ギュンターのはちょっと意味が違うというか……」

 確かに自分はそう言った。けれど、こんな意味での発言では決してなかった。

 ここまでくると、こちらの言いたい意味を分かっていて、わざと嫌がらせしているんじゃないかとさえ思えてくる。

「何だっ?また何か余計なことを言ったのか?!」

「だから言ったでしょ、坊ちゃん?発言を取り消した方がいいって」

「ううっ、ゴメンナサイ……。まさかこんな展開になろうとは……」

 眉間の皺を更に深くしたグウェンダルに続き、お庭番が哀れそうな視線を送ってきた。

 失言をしたのは、ヨザックではなく自分だったのかもしれない。今更ながら、有利はしみじみ思った。父親曰く、こういう時こそ上司のフォローが必要らしいが、何しろ自分はこの国のトップ。上司も何もあったものではない。

「陛下っ!死ぬまで一生あなたにお仕えするとトサ湖で誓ったあの日の風景は、今もこの私の胸で毒々しく輝いておりますっ!!」

「〜〜〜あんたの故郷の湖になんか行ってないし!それに、毒々しいって全然輝いてなさそーだしっ!っていうか、まず、過去を勝手に捏造するなーーっ!!」

 

 

 その後、ウェラー卿が持ってきた、アニシナ嬢一押しの(一応)成功作「どんな音でもすっかりぽん!と消しましょう。大魔動耳せん・キコエナイくん」をはめるまで、有利はこの全身鳥肌ものの賞賛地獄に耐えなければならなかったトサ。

「何と有難き幸せ!陛下は私の故郷のトサ湖を覚えていらしたのですね!さすがは陛下。貴方のその魔族離れしたご聡明さの前では、いかなる地の者たちも平伏すしか……――」

「コンラッドー!秘密兵器でも何でもいいから、早く持ってきてーーーっ!!!」

 

 

 

 

 

あとがき

……というわけで、「失言をしたのはヨザックか?!」と思いきや、実は有利でした。(笑)珍しく始終ギャグの話です。

今回、初書きギュンターだったのですが、こんなんで申し訳ない。(苦笑)壊れた彼の全身鳥肌ものの台詞は、無い語彙力を総動員して頑張ってはみたんですが…私にはこれが限界でした。ギュンターの表現力は凄いと改めて実感。

 

 

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