ルフィさんとMr.ブシドーは、此処を出た時に既に賞金首だったから、写真はそのままね。

 でも二人とも金額が跳ね上がってるわ。ルフィさんは三億、Mr.ブシドーも、船長じゃないのに一億越えよ?やっぱりすごいわね、あの二人は。

 ナミさんも賞金首になっちゃって。バロックワークスに目を付けられた時だってあんなに落ち込んでたんだもの、ショック受けてるんじゃないかしら……。

 でも、写真はナミさんらしいわね。こんなに色っぽい手配書、そうそうないと思うわ。

 

 これは……どう見てもウソップさんよね。あ、カルーもやっぱりそう思う?

 どうしてこんな格好をしたのかは分からないけど……でも、何だかカッコいいわね、「狙撃の王様」って。

 サンジさんは……この似顔絵はちょっとあんまりよね。サンジさんも嫌がってるんじゃないかしら?

 でも初頭の手配から七千万ベリーを超えるなんて、やっぱりすごいわ、サンジさんも。

 トニー君は、相変わらず可愛らしいわね。

 けど、ペット扱いと五十ベリーっていうのは、ひどいと思わない?この国でだって、あんなに勇敢に戦ってくれたのに。ねぇ?カルー。

 この人は、最近仲間になったみたいね。鉄人(サイボーグ)ですって。ふふ。やっぱりルフィさんの人選って、少し独特よね。

 でもそれって、どんな人も、彼にならついていこうって気持ちになるってことよね?

 


「……」

 八枚目の手配書を手にし、ビビはゆっくりとその口を閉じた。

 

 

Someday

 

 

 壁に貼り付けたばかりの手配書を、一つ一つじっくりと眺めた。懐かしい六つの顔と、見慣れない顔が一つ。今手にしている最後の一枚を貼り付ければ、総合賞金額六億超えの麦わらの一味が、自室の壁に勢揃いとなる。

 突然黙り込んでしまった主人を怪訝に思ったのか、隣りにいたカルガモがビビの手元を覗き込んできた。手配書の顔を見た途端、「クエッ!」と短く鳴く。思わずビビは苦笑した。
「そうね、カルー。あなたも覚えてるわよね。『ミス・オールサンデー』。クロコダイルと共にこの国を……」

 言いかけて、けれど彼女は続けられなかった。

 

 クロコダイルがこの国を乗っ取ろうとしていたことは確かだ。最凶最悪の兵器、プルトンを得るために。けれど、あの女はどうだったのだろう。父の話によれば、彼女は最終的にはクロコダイルに刃を向けたのだという。プルトンの在り処も、クロコダイルには伝えなかった。

 どこまでも謎の多い女だったと、そう思う。

 ビビの目の前で彼女は、イガラムの乗る船を爆破し、ペルを叩きのめした。けれどどちらも、命までは奪っていない。彼ら二人が執念で立ちあがってくれたのは勿論だが、――こんなことは考えたくもないが――止めを刺そうと思えば彼女にはできたはずだ。

 バロックワークスのボスがクロコダイルであると分かったのも、彼女がわざとビビ達の尾行に気づかぬフリをしたからだ。もっとも、そのことに関しては既に以前、「私達を相手に本気で国を守ろうとしている貴女達が、あまりにもバカらしかったから」と言われているが。

 

 分からないことも、謎も多い。

 けれど、彼女に関して一つだけ言えることがある。

 

 

「……」

 いつの間にか閉じていた両の瞼を開けた。視界に映るのは変わらない、憎らしい想いでしか見たことのない、黒髪の女の顔。

 小さく息を吐くと、ビビは踵を返した。ベッドの脇を通り過ぎ、窓際の大きなドレッサーへと向かう。二つある引き出しのうち右側を開ければ、つい最近の事件を告げる新聞が顔を出した。記事の横に添えられているのは、炎上する司法の島の写真。

 

 分からないことも、謎も多い。

 けれど、彼女に関して一つだけ言えることがある。

 ――彼女はルフィ達にとって、全世界を敵に回してでも助けたい「仲間」であるということ。

 

 

 新聞の記事を暫く見詰め、ビビはそっとその上に手にしていた手配書を載せた。

 先程、父やイガラム達に言った言葉に嘘は無い。ルフィが何故彼女を仲間にしたかなんて自分には判るはずがないし、ルフィ達がそう決めたのならそれは間違いじゃない。自分への裏切りだなんて、これっぽっちも思わない。

 思わない、けれど。

「……私は、貴女がこの国にしたことは、きっと一生許せない」

 写真の横顔に向かって、呟いた。

 いくら最悪の結果にはなっていなくとも。彼女の、彼女を含めたバロックワークスの所業を、許す気にはなれない。いや。許すつもりすら、ない。

「でも」

 いつの間にか隣に来ていたカルーが、引き出しの中の人物を見下ろし、次いでビビを見た。

「いつか、貴女の写真がルフィさん達と一緒に並ぶ壁を、眺められる日は来ると思うから」

 

 貴女が彼らの仲間であると、頭だけでなく心でも受け止められる日は、きっと来ると思うから。

 

「だから、それまで少しだけここで待っていて」

 呟いた写真からは、当然ながら返事は返らない。代わりに、カルーが無言で丸い頭をビビへと擦り寄せて来た。まるで、「それでいい」と自分の行為を許してくれているようだ、などと思うのは、あまりにも勝手だろうか。

 微苦笑を零し、ビビはその頭を優しく撫でる。

「ありがとう、カルー」

 クェ、と小さく返事が返る。それを聞きながら、ビビはもう一度黒髪の女を見詰め。開けたままの引き出しを、そっと閉めた。

 

 

 

 少々乱暴に開かれた扉が、入室者の苛立ちを如実にロビンへと伝えた。
「ほんっとにあいつらってバカばっかり!」

 開いた扉から、外の光が室内に差し込んでくる。その眩しさにロビンが目を細める暇もなく、バン!と激しく扉が閉められた。反動で起こった風が、入室者のオレンジの髪を僅かに巻き上げる。乱れた自身の髪に、彼女はまた嫌そうに顔を顰めた。
「不機嫌そうね」

 素直な感想を述べれば、待ってましたとばかりにナミがロビンを見る。
「そりゃあ不機嫌にもなるってもんよ。聞いてよロビン、あいつらったら……」

 言いかけた彼女の口が、中途半端な形で止まった。視線が向かう先は、ロビンが手にしている一枚の紙。ナミの眉間の皺が更に深くなったように見えたのは、ロビンの気のせいだろうか。
「ちょっとロビン、まさかあんたまで手配書を飾るとか言い出さないわよね?」
「飾る?」

 オウム返しに言ったものの、ロビンは相手の不機嫌の原因が何となく思い当たる。

 思わずクスリ、と笑ってしまった。
「私はそんなつもりは無いけれど、この船内にはいるのかしら?自分の手配書を喜んで飾る人が」
「えぇいるわ。サンジ君以外の男共全員がねっ!」

 ほんとバカ!

 もう一度吐き捨てて、荒々しい動作でナミが自分のベッドに腰を下ろす。ロビンは元々ベッドに座っていたため、自然、向かい合う形となった。

「そう。あなたのご機嫌に沿うのは、一人だけだったのね」

 乱れた髪をイライラと手櫛で整える彼女を、笑って眺める。一か所だけ直されていない乱れがあったので、ロビンは片手を伸ばした。

「それもある意味、偶々よ……あぁ、ありがと。サンジ君だって手配書があんな似顔絵じゃなきゃ、絶対他の五人みたいに壁に飾ってるわ」

 どうかしてる、とナミが溜息交じりに呟く。

「手配書は全世界に散らばってるのよ?それこそ、世界中から強い海軍や賞金稼ぎが命を狙ってやってくるってのに、何であんなに喜べるのかしら」

 頭痛がすると言いたげに、ナミが片手で米神を押さえた。その体勢のまま、チラリとロビンを見てくる。

「で?」

「『で?』?」

「ロビンは何で、あんな顔して自分の手配書なんか見てたのよ?」

「……どんな顔してたかしら?」

 無意識だったため、覚えていない。自分の頬を摩りながら問えば、呆れたと言わんばかりにナミが顔を歪めた。次いで、少し大げさに肩を落としてみせる。

「そうね……あえて言うなら、不安、自嘲、その他諸々。とにかくマイナスな思考で一杯の顔……ってところかしら」

「それはひどい顔ね」

「そーよ、そういうひどい顔してたのよ、“あんたが”ね。他人事みたいに言わないでよ」

 で?と、眉間に皺を刻んだままで再度問われる。一体何を考えていたのか、と。

 不安、自嘲、その他マイナス思考。言われてみれば確かに、さっき自分が考えていたことは、そのような感情に繋がるのかもしれない。少なくとも、プラス方面の思考では決してないのだから。

 

 自分の手元に再び視線を落とした。そこには数分前と変わらず、自分の横顔が写っている。

「……貴女の言う通り、私達の手配書は全世界に散らばったわ。だから思ったの。あの砂漠の国の王女様も、きっとこれを見たのだろうって。――見て、何を思ったのだろうって」

 憎き敵だったはずの自分が、こうして彼らと同じ船に乗っている。それを知って、あの砂漠の王女は何を思うだろう。

 少なくとも、いい気分はしないだろう。ショックを受けるだろうか。悲しむだろうか。それとも、どうやってルフィたちを騙しこんだかと、ロビンを憎悪するだろうか。そんな女と一緒にいる他の仲間たちのことを、心底案ずるだろうか。

 

 

「ビビ、か」

 ポツリ、と向かいから呟きが落ちた。

 見れば、ナミは小さく苦笑している。

「初めてかもしれないわね、ロビンの口からこうハッキリとビビの話題が出るのって」

「……そうだったかしら?」

「そうよ。少なくとも、私に対してはね」

 特別意識していたつもりはないが、無意識のうちに避けていただろうか。

 ロビンが思い返すよりも先に、ナミが立ち上がった。両手を腰に当て、少し前屈みでロビンを見下ろしてくる。

 

「あの子をなめてもらっちゃ、困るわね」

 

 健康的な色の唇が、ニヤリと笑んだ。

 思わずロビンは瞠目する。それに構わずナミは続けた。

「ビビなら大丈夫。きっと、ロビンが私達の仲間になったことも受け入れられる。ショックで立ち直れないとか、そんな子じゃないわよ」

 って、これじゃあまるで、あの子の母親か何かみたいね、私。

 自分で自分の発言にカラカラと笑い、そのままの笑顔でロビンを見下ろしてくる。

「だから、気にすることないわ。ロビンだって知ってるでしょ?あの子は、そこら辺の王女サマみたいにヤワじゃないって」

 問いかけの形ではあるが、それは確認というよりも断定に近くて。ロビンはつい苦笑してしまった。

 いつの間に自分は、他者からこんなに見透かされるようになったのだろう。いや、理解されている、というべきか。

 自分のことであるのに、さっきから彼女の発言によって気付かされてばかりいる。

 

 ロビンは一度目を伏せ、やがてゆっくりと顔を上げた。

「……そうだったわね。確かに一国の姫とは思えないぐらい、行動力があって勇ましくて、強い子だったわ」

 敵対してるこっちとしては手を焼くぐらい、ね。

 おどけるように笑って付け加えれば、今度はナミが苦笑する。その顔に向かって礼を告げれば、「いらないわよ、そんなの」と肩を竦められてしまった。

「私はそのままのことを言ったまで。慰めたつもりも励ましたつもりも無いわ」

 言って、ヒラヒラと片手を振りながらロビンに背を向けると、ナミは部屋の入口側へと歩いていく。

「それより、散々あいつらの文句言ってたら喉渇いちゃった。お茶にしましょう。キッチンからお湯もらってくるわね」

 壁際の棚からティーポットを掴み、ナミが扉に向かう。そのまま外へと出ようとしたその足はしかし、不意に止まった。何事かと、思わずロビンは首を傾げる。

「……あー、でも。そうね」

 わざとらしく一瞬言いよどんでみせたナミが、クルリと振り返る。

「どうしてもロビンが気になるっていうなら、あの子の分まで、この船での航海を目一杯楽しんだらいいんじゃないかしら?もしもこの先ビビに会うことがあっても、自分はこの船の仲間だって胸張って言えるぐらいに、ね」

 そう言って笑うと、ナミはロビンの返事も待たずに部屋を出て行ってしまった。パタン、と今度は静かな音を立てて扉が閉まる。

 ロビンに再び独りの空間が訪れた。けれど、胸中だけは先程と違っていて。

 自身の手配書をキュッと握り直し、ロビンは改めて心からの言葉を呟いた。

「……ありがとう」

 

 

 海軍の船から逃げる、海賊船にしては可愛らし過ぎる羊の船内で。

 遠くから響く、意志の強さを感じられる声を聞いた。

 

『冒険も続けたいけど、私はやっぱりアラバスタを愛しているから!』

 

 貴女が続けたかった、彼らとの冒険。

 それをこうして続けられている私は、自分に出来ることは何だってするし、彼らの航海をしっかりと見届けるわ。この船のクルーとして。

 断腸の思いで別の道を選んだ、貴女に恥じないように。

 

 

 

 

 

あとがき

 それぞれお互いのことを考える、ビビちゃんとロビンちゃんでした。相変わらずお祝いムードはありませんが(苦笑)、おめでとうの気持ちを込めて!

 ビビちゃんがロビンちゃんのことを許すのと、彼女がルフィ達の仲間だと受け入れることは、別物じゃないかと管理人は思っています。前者は無理でしょうが、ビビちゃんなら、ロビンちゃんの手配書をルフィ達と並べて壁に貼れる日は、来るのではないかと思います。心の強い人ですから。

 ビビちゃん、そしてロビンちゃん、遅くなりましたが、ハッピーバースデー!!

 

 

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