その行為が意味する事 「うわー。これはほんと、サクラちゃんを宿に残してきて正解だったねぇ」 不気味な暗雲が垂れこめる中。のんびりとした口調の魔術師のそれは、頷きこそしなかったが他の者たちにとっても同じ感想だった。 少年と忍と魔術師、そして不可思議生物の行く手を阻むのは、それぞれに武器を手にしたこの町の人々。その目は常とは違う怪しい色を宿している。 「まぁ、傀儡になった奴の典型的な目だな」 見慣れているのか、黒鋼が苦々しい口調で呟いた。 小狼も表情を険しくする。 「でも、町長さんから羽根を取り戻せば、この人たちにかかった術も解けるんですよね。だったら尚更、姫の羽根を早く取り戻さないと」 「サクラ、一人だけど大丈夫かな?」 「それは大丈夫。あの宿は女将さんだけだったでしょう?この術は、男の人にしかかけられてないみたいだから。それに、操られてる人は町長さんの屋敷の周辺にしかいないみたいだしねー」 心配顔のモコナに、ファイが笑いかける。 彼らがこの町にきたのは昨夜。 どうにも出会う町の人々が女性ばかりで疑問に思いつつも、モコナがこの町に僅かな羽根の波動を感知したため、宿屋へ向かい。部屋を借りる手続きのついでに、この辺りで何か変わったことはないかと女将に訊いた。 すると。 『それが……十日ほど前から、この町の男たちの様子がおかしいんです』 彼女の話によれば、十日前、突然空に眩しい光の塊が現れ、それが町長の住む屋敷へと墜落したのだという。そして翌朝になると、この町の男達は皆、武器を片手に町長のその屋敷へ吸い寄せられるかのように出て行き。 『それっきり、ちっとも家に帰ってこようとしません』 男達は、屋敷を守るように居並び、そこを動かないのだという。 『女や子供たちが家へ戻るように説得しに行っても、「町長様と町長様の羽根をお守りするのだ」の一点張りで。おかげで町長に直訴さえできないですし……』 『羽根!?』 小狼たちは顔を見合わせた。間違いない、十中八九、サクラの羽根だ。 町長は、突然降って来た不思議な羽根に魅せられたのだろう。そして、誰かがそれを狙って奪いにくるのではないかと疑心暗鬼になり。この町の男達を護衛とするべく、羽根の力を使って操っているのだろう。 もっとも、後半は小狼たちの憶測も入ってはいるが、大きく外れてもいないはずだ。 武器を構えて並ぶ男達を前に、うーん、と軽く唸ったファイは。小狼を見下ろすと、いつものように微笑んだ。 「小狼君、モコナと先に行ってー」 「え!?でも!」 驚いたような少年に、魔術師は隣に立つ長身の男の肩を軽く叩いてみせる。 「大丈夫。此処はいつもみたいに黒様が何とかするからー」 「だから何で俺なんだよっ!?」 「ほら、こんな感じで黒たんはのりのりだしー。だから安心して。小狼君には、するべきことがあるでしょ?」 ファイも黒鋼も、羽根探しの手伝いはする。が、あくまでもメインで動くべきは小狼なのだ。 最初に羽根を探すと決めたのは、他でもない、彼自身なのだから。 「って言っても、ここは単なる門の前。大体の人はここに配置されてるみたいだけど、多分屋敷の中にも何人かは護衛を置いてるはずだよ。それは小狼君一人で対応してもらわないといけないけどねー。どう?」 「……わかりました。お願いします」 ぺこ、と申し訳なさそうに頭を下げた少年だったが、次に顔を上げた時には、その瞳に強い色を宿していた。その眼で、町長の屋敷を見上げる。 「モコナ、道案内を頼む」 「うん、まっかせて!羽根の波動、ビンビン感じるよ!」 「さーて、やりますか。黒ぽん」 少年の離れていく足音と門を背に、魔術師が軽い口調で声をかけた。 小狼達がこの場を抜けるための道を空け。ついでに自分たちも抜け、少年を追いかけようとする男たちの行く手を遮るように、今度は門を背に立ちはだかる。 これだけでもそれなりに戦いはしたが、本腰を入れるべきはここからだろう。少年のためにも、この大人数を屋敷に入れるわけにはいかない。 黒鋼はファイの言には応えず、傍にあった立て看板を引き抜くと、大胆に板の部分を剥ぎ取った。 「うわー、黒様ってば破壊魔―。しかもそれ、町長さんの肖像画なんでしょー?」 悪い人―、と笑う男に、黒鋼は手に残った棒を投げて寄越す。 「おっ……と」 「知るかよ、そんな趣味の悪ぃ立て札。それより、お前も少しは反撃しろよ」 「少しでいいのー?」 「どの道お前は、本気なんか出しゃしないだろ」 言いながら、もう視線は既に居並ぶ男たちへと向ける忍者に。魔術師は、へにゃん、と笑った。 「よくお分かりでー」 黒鋼によって作られた即席の棍棒を手に。魔術師は大袈裟に溜め息をつく。 「何ていうか、キリがないねー」 言いながらも、棒を振り回す手は止めない。飛び掛ってきた相手の鳩尾に、棍棒の先端を叩き込んだ。 操られているせいか、相手は一度倒れて気絶しても、暫くすると痛みを感じていないかのように再び起き上がってくる。 「さながらゾンビだねー」 「あぁ?何だそりゃ」 応えながらも、黒鋼が相手の首筋に手刀を入れる。そのまま崩れ落ちる男を掴み、目の前まで迫っていたもう一人に投げつけた。 「腐りかけの死体とかが、呪術で生き返って動くやつー」 「ほーぉ。死体がなぁ」 さして興味もなさそうに相槌をうつ。 「黒たん、自分から訊いておいてその反応―?」 相手から振り下ろされた剣を棒で弾き飛ばしつつ、魔術師が不満そうに相棒に顔を向けた。 「俺が期待した返事は、そのゾンビとやらの対処法だよ。こいつらにも使えそうな策はねぇのか?」 「だったらはじめっからそう訊いて下さいー。ちなみにオレも、そこまでは知らなーい」 「何だよ、期待だけさせやがって」 「勝手に黒様が期待しただけでしょー?」 言い合いながらも、二人の周りには次々に倒れた人の山ができていく。しかしそれらは、やはり暫くすると再びもぞもぞと動き出す。 「あーあ、やっぱりキリがないー」 「気絶させてるだけだからな。とにかく今は、持ちこたえるしかないだ、ろ!」 前方からの槍を叩き折り、横からくる影を鞘に納めたままの蒼氷で突く。魔術師の嘆きはもっともだが、文句を言ったところで現状が変わるわけではない。 ファイが、長い脚で回し蹴りをきめつつ呟いた。 「小狼君を信じて待つべし、か」 そう。 今は、それしかない。 ふっと周囲を取り巻く気の流れが変わるのを感じ、二人は同時に顔を上げた。それを合図のように、今の今まで動いていた男たちが次々に武器を取り落とし、力なく地へと崩れ落ちる。 立ち込めていた黒雲が流れだし、隙間から陽の光が差し込んだ。 「……やりやがった」 黒鋼は少年が消えていった方を見やり、ふん、と満足げに鼻を鳴らした。 小狼が無事、羽根を取り戻したのだろう。目の前で気を失っているこの男たちも、町長からの支配が解けたのだ。 ふと、黒鋼は背後に気配を感じた。今この場で動いている気配など、自分以外には一人しかいない。 「偉かったねー、黒ぽん」 背後に立ったかと思えば、突然「よしよし」と頭を撫でられ。 黒鋼はすかさず振り返ると、そこにいる笑顔の男を思いっきり睨みつけた。 「何しやがる、てめぇっ!」 「何で怒るのー?町の人相手に刀を抜かなかったから、褒めてあげたのにー」 魔術師に言葉に、黒の忍は小さく瞠目する。 「町の人たちは“操られてるだけ”だから、傷つけちゃいけないって思ったんでしょ?黒様やっさしーい」 言われて、ようやく気付いた。 自分が今の戦いで、一度も刀を鞘から抜かなかったことに。 『あーあ、やっぱりキリがないー』 『気絶させてるだけだからな』 信じられない。昔の己ならば、操られていようが何だろうが、武器を抜いて向かってきた相手は問答無用で斬り捨てていたはずなのに。 ……一体、こうなってしまったのは誰等の影響か。 「あ、それとも、人を殺すと強さが減っちゃうからー?」 しつこく問いかけてくる魔術師のその顔は、確信犯の笑みで。完全に、こちらの胸の内を分かっていての行動だ。本当にこの男は食えない。 無論、こちらも正直に胸の内を答えてやる気などさらさらないが。 「呪のせいに決まってんだろ」 「もー、ほんとに黒ぽんは素直じゃないんだからー」 ファイが呆れたように言ったのと、少年の声が響いたのはほぼ同時だった。 「黒鋼さん!ファイさん!」 振り返れば、サクラの羽根を手にした小狼が笑顔で駆けてくる。その肩に乗ったモコナも、ブンブンと手を振っていて。 多少の傷はありそうだが、元気に走ってくるその姿に。ほっと小さく息を吐いている自分は、やはり何かが変わったのかもしれない。 ふと、脳裏に自分のかつての言葉が浮かんだ。 『向かってくる奴を斬るのは、忍の常識だろ?』 もしもあの時の自分の言葉が正しいのならば、 今の自分は、忍として失格なのかもしれない。 ―――無論、“正しいのなら”の話だが。 |
あとがき 偶には黒鋼さんが気付かされる側でもいいんじゃない?そんな思いで書きました。黒鋼さんとファイさんが一緒に戦闘、が裏テーマ(←!?)だったり。 実はこれ、2万ヒット御礼企画の「黒鋼&ファイ」用に書いていた話なのですが、仕上がってみると、メインの二人だけになるまでに結構時間がかかってしまっていて。(苦笑)これはちょっとズレているかもなぁ〜と思い、こちらで普通の話としてアップしました。 この二人の戦闘は、高麗国や桜都国のイメージが強いせいか、語り合いながらするという、少々のんきなものとなりました。(いや、もちろん町の人たち相手に本気を出せないからという理由もありますが。)でも、一見のんきそうだけど、実はめちゃくちゃ強い。いい感じだと思いません?(笑) ちなみに町長さんは羽根を手にする前からあまりいい町長さんではなかった、という描写もしていたのですが、文のテンポの悪さから、その部分はカット。とりあえず、自分の屋敷の前に肖像画を置いている件から、その辺を嗅ぎ取ってもらえることを希望です。(苦笑) |