そばかすの浮かぶ頬を寒さで朱に染めながら、その子は笑う。

「ねぇ、魔術師(ウィザード)様―」

 絶えない雪国特有のトラブルで街へと呼ばれる度に、その子はオレに会いに来てくれた。

 笑顔の練習をしよう、と。

「最近、笑顔、上手になったよねぇ」

「え?そう……かな?」

「そうだよー」

 頷いて、まるで自分のことのように嬉しそうに笑う。つられるように微笑めば、「ほら、やっぱりー!」とオレを指さしてまた笑った。

「そういえば魔術師様は、『陽だまりのような笑顔』って言葉、知ってるー?」

「笑顔が……陽だまり?」

「うん、そう。セレスは雪ばっかりで、太陽さんもなかなか顔を出してくれないけど、太陽さんがぽかぽかしてる国もあるでしょー?」

 訊かれ、頷く。城の本で読んだことがあった。自分は雪の国しか実体験としては知らないけれど、世界には他にも、暖かな国、乾燥した国、涼しい国、様々な気候をもった国があると。

「そういう国ではねー、太陽さんの光はあったかくて気持ちよくて、みんなに愛されてるんだってー。私もいつか、そんな国に行ってみたいなぁー」

「つまり、その太陽のように、みんなの心を温かく、気持ちよくする、愛されるような笑顔……ってこと?」

「うん、そういうことー」

 その子は言って、その小さな手でオレの両手を取った。ブン、と一つ大きく振る。

「魔術師様もね、きっと、手に入れられるよぉー」

「え?」

「みんなの心を、ぽかぽか気持ちよくする笑顔」

 オレにとっては、そう言って笑うその子の顔こそが、「陽だまりのような笑顔」だろうと思った。

 本当に、オレもいつか手に入れられるだろうか。

 そんな「笑顔」を。

「だから、これからもどんどん笑ってね!」

「うん、そうだね。ありがとぉー」

「あ!魔術師様、私の喋り方がうつってるー」

「あ、ほんとだ」

 顔を見合わせて、今度は二人同時に笑った。

 

 

 それはもう、

叶わないけれど

 

 

 トンカントンカンと規則的な音をBGMに、ほどよい温かさの茶をすする。故国の茶とも、昨日までいた阪神共和国の茶とも違うそれ。同じものでも世界によってこんなにも変わってくるのだと、知識としては知っていたが、改めて実感させられる。もっとも、故国では茶よりも酒を飲むことの方が格段に多かったが。

 ぼんやりとそんなことを考えていると、不意にBGMが止んだ。代わりに、不機嫌そうな声が降ってくる。

「おい、次!」

 穴の開いた天井から仏頂面が顔を出す。その男に向って、ファイはわざとらしく自身の頭頂部を撫でて見せた。唇を尖らせるという動作のおまけ付きで。

「さっき黒りんに鉄鎚ぶつけられた所が痛くて、立ち上がれなーっていうか、指先さえ動かせないー」

「嘘をつくな!指を動かせねぇ奴が暢気に茶なんて飲めるかっ!」

 唾を飛び散らせんばかりの勢いで吠えられ、ファイは渋々ティータイムを中断した。からかうのは楽しいが、これ以上この男を怒らせると、米神に浮かんだ青筋が切れて彼は死んでしまうかもしれない。

 冗談のような物騒なことを考えながら、腰を上げる。近くの壁に立て掛けてある板の一つに手を伸ばした。

 

 昨日着いたばかりのこの国は、領主が秘術の力で民衆を脅し、圧政を施いているらしい。昨日この家――春香という少女が独りで住んでいる――を襲った突風にも、ファイは自然の力ではなく魔法に似た力を感じた。おそらくあれが、秘術とやらだろう

 モコナも、サクラの羽根かどうかは分からないが不思議な力を感じるというので、ファイたちはしばらくこの国に留まることになった。その間の泊まる場所を提供してくれるという春香のために、黒鋼とファイは揃って、突風でやられた屋根の修理にあたっている。

 とはいえ、やはり人には適材適所というものがあるだろう。自分よりもずっと力自慢の男がいるのだから、彼に任せておいても問題はないと思われる。もっとも、さっきはそのことで「お前もヤレ!」と鉄鎚を投げつけられたが、今はもう諦めたのだろう。黒鋼は一人黙々と修理をしていた。だったら板を下から手渡すぐらい、ファイとしては、やっても一向に構わない。

 

「はい、どーぞ」

 天井の仏頂面へ差し出せば、乱暴な手つきで黒鋼が受け取った。スルスルと上がっていく板を横目に、ファイは再びその場に両足を投げ出して座り込む。

 見上げた天井に見える空には、太陽。

「あったかー

 誰にともなく呟いたのだが、上から返事が降ってくる。

「あぁ?何だって?」

「いやー?ただ、陽だまりって、あったかいなぁーと思って」

 阪神共和国もそれなりに陽が差していて暖かかったが、あの国では羽根を探すために常に動きまわっていたため、こうしてのんびり陽だまりを味わうこともなかった。

 黒鋼が怪訝そうな顔で再び見下ろしてくる。

「お前、何当たり前のこと言ってんだ?」

あはは、『当たり前』かぁ。君は暖かい国に住んでたんだねー」

「あ?まぁな。年中ってわけじゃなかったが」

「そっか。オレは北国にいたからなぁ。今みたいにコートを脱いで生活できてること自体、びっくりことだよー」

 たまに気まぐれのように太陽が顔を出すこともあったが、積った雪の表面をほんの少し溶かすだけ。暖かいと感じる余裕もなく、あっという間にまた雲に覆われる。

 陽だまりが暖かいなど、思うこともなかった。

 

 「へー」とも「ほー」ともつかぬ気のない返事をして、黒鋼は再び修復作業を開始する。さっさと終わらせて、自分も茶の一杯でもすすりたいのだろう。

 トンカンと響く鉄鎚の音に紛らせて、今度こそファイは独り呟く。

「味あわせてあげたいな、あの子にも」

 浮かぶのは、そばかすを散らした満面の笑顔。

 

『私もいつか、そんな国に行ってみたいなぁー』

 

 教えてあげたいと思った。実際に体感させてあげたいと思った。陽だまりはこんなにも、暖かくて気持ちよいのだと。

 自分に笑顔を教えてくれた、今はもう動かない――あの子に。

 

 

 

 

 

お題:「陽だまりの暖かさ」

あとがき

 タイトルや終わり方が、ちょっと暗めですが…。とはいえ、前半のセレスでの二人の子供の遣り取りに、少しでもほのぼのとしてもらえれば幸いです。

 ちなみにタイトル後は高麗国編ということで、旅もまだ前半。黒鋼さんのぶっきらぼうさ加減を増やしたり、敏感さを少し軽減してみたりしましたが、果たして初期の感じが出ているでしょうか?新鮮な気持ちで書かせていただきました。

 

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