それはまだ、先のこと

 

 

 佐藤が目暮と共に飲み屋に入った時には、既にそこは「宴もたけなわ」という言葉がピッタリの有様になっていた。

「おーい、皆!佐藤君を連れてきたぞ!!」

「おぉ!きたか、佐藤―!」

「美和ちゃん、お疲れ〜!」

 目暮の声に、顔を赤くした一課の仲間たちが陽気に迎え入れてくれる。こんな様子を傍から見れば、きっと誰も彼らが刑事だとは思わないだろう。

 佐藤は小さく笑いながら、空けてもらった席に目暮と並んで腰を下ろした。

 

 

「では、改めまして。難関二大プロジェクトの無事成功を祝して、乾杯―!」

「乾杯―!!」

 チン、とグラスのぶつかり合う音が響く。

 本来ならば、「東都銀行二億円強奪事件と、エアロバイク刺殺事件の同時解決を祝して!」と言いたいところだが、ここはやはり、周囲には他に民間人の客もいることを忘れてはならないだろう。

 一通りグラスの鳴る音が静まれば、後はまた、それぞれが思い思いに酒を飲み始める。特に、今回の事件で最愛の妻がケガをしてしまったために人一倍やる気に燃えていた目暮は、解決できた嬉しさからか、どんどん酒が進み。隣でそのペースに合わせていた佐藤も、顔が赤くなるのにそう時間はかからなかった。

 

「うーん!今日の酒はぁ、いつもより数倍美味いぞ〜、佐藤君!」

「そうでしょうねー。何といっても、警部は奥さんのことでこの事件、はりきってましたもんね」

 空になった目暮のグラスにビールを注ぎながら、佐藤が笑う。

「そ、そんなことはないぞぉ。わしは妻が関係していなくても、事件にはいつでも本気で向かっておる!」

「“いつも以上に”本気だったって意味ですよ。照れなくてもいいじゃないですかぁ。警部が愛妻家なのは、課でも有名なんですからー」

 慌てたように咳払いをして誤魔化そうとする目暮は、どこか子供のように見えて。佐藤は更にクスクスと笑った。笑い上戸になりつつあるのも、少々語尾が伸びているのも、酒の回っている証拠だが、佐藤本人は全く気付いていない。

 自身のグラスにもビールを注いでいると、目暮が反撃するかのように佐藤を覗き込んできた。

「そういう佐藤君はどうなんだー?」

「はい?」

「わしのことを愛妻家などというが、君は好きな人はおらんのかね?」

 訊かれた佐藤は、真顔で即答する。

「そんなの前にも言ったじゃないですか。私は目暮警部が好きなんです!」

「違う、違う。そうじゃない」

 目暮は小さく苦笑した。

「そりゃ勿論、そんな風に言ってくれるのは有り難いが、君の言うその『好き』は、『家族が好き』と言う時の意味と同じものだろう?わしが言っておるのは、恋愛でいう『好き』な人のことだ」

「恋愛〜?」

 呟いた佐藤の眉間に、一気に皺が寄る。手にしていた注いだばかりのグラスの中身を大胆に煽ると、音を立ててそれをテーブルに置いた。

「冗談じゃないですよ。私は当分、仕事一筋で生きていくって決めているです!恋愛なんてしていられませんよ」

 嘘ではない。昇進できるものなら昇進したいし、本日警部になった白鳥のようなエリートたちのことを羨ましく思ったことも、なくはない。

 だから、ちらりと脳裏を過ぎった過去の“呪い”の映像には蓋をした。

「そうか、勿体無いなぁ。せっかく最近は一課にも、若手が増えてきたのに。白鳥君や高木君、千葉君……」

「そういえば」

 佐藤の眉間から、ふっと皺が消える。

 彼女の視線が腕時計に落ちた。

 

「結局このまま来ないですかね?高木君」

 

 目暮は三人分の名を挙げたのに、佐藤が口にした名は一人だけ。

 普段ならば、この発言の持つ違和感に気付いたかもしれない。けれど今は、言った佐藤本人はおろか、聞いている目暮までもが顔を完全に赤くしている。気付けるはずもない。

「高木君か?そうだなぁ……まだ子供たちへの事情聴取が終わっていないじゃないのか?彼はまだまだ、仕事が遅いしなぁ」

「あ、それは確かに言えてますねー」

 本人がその場にいないのをいいことに、酔っ払い二人で、あはは、と笑いあった。

 

 

 

 佐藤が一人だけ挙げた、後輩の名。

 

『結局このまま来ないですかね?高木君』

 

 彼女が自分のその発言の意味を知るのは、もう暫く先。

 そして、目暮がその発言の意味を悟るのは、もっとずっと、先のこと。

 

 

 

 

 

 

あとがき

 最近は女性に「彼氏はいるのか?」と訊く行為はセクハラに該当するそうなのですが……、佐藤さん本人が全く気にしていないので、目暮警部は良しとしてあげて下さい。(笑)

 ちなみに、乾杯の時は大きな声を出すので、気を遣って警察だとバレるようなことは言っていませんが(それでなくても、お店で「刺殺事件」とか大声で言うのも…ね?)、普通の会話なら別に他の客も聞き耳立てないだろうということで、佐藤さんには目暮警部のことを「警部」と呼んでもらっています。というか、「目暮さん」とか、「部長」とか呼ばせてみても、いまいしっくりこなかったのですよ。(苦笑)

 実際の警察の方々が飲みの席でどう気をつけていらっしゃるのかは、調べてみたところでまったく資料がなかったのですが(苦笑)、まぁ、あくまでも管理人の想像ということで読み流してくださいませ。

 

 

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