※この話は、リクエストの内容上、パラレル話となっております。ゾロとサンジが敵同士です。海賊でさえありません。

 それでもOKという方は、どうぞ。

 

 

 

 

 

それを

優しさと呼ぶのなら

 

 

 もう、いいだろうか。

 石造りの塔の最上階、色を失くしてピクリとも動かない複数の屍たちに囲まれながら、ゾロは天井を見上げた。そこに描かれているのは、この国の神と、それに仕える者たち。

 もう、王族の護衛である自分の果たすべき役割はなくなった。護るべき対象が、いなくなってしまったのだから。

 敵からの攻撃なら、護りきる自信があった。いや、己の命に代えても絶対に護った。けれど、彼女は――。

 天井から傍らへと視線を落とす。そこには、まるで眠っているかのように横たわる娘。彼女はこの国の姫でありながら、護られるだけを良しとせず、家臣たちと共に剣を取り戦った。

 戦いの最中に、王と后が討たれたとの報が入っても、表情を険しくしただけで、涙の一滴も流さず剣を振るい続け。この国の未来を諦めないその姿を、彼女の護衛としてゾロは一番間近で見ていた。

 

 なのに。

 

 塔の階段での戦闘中に、彼女は足を滑らせ転倒した。ただそれだけ。それだけのはずなのに、彼女はもう動かなくなった。

 頭部を強く打ちつけはしたが、今も、短めの美しい黒髪からは血の一滴さえ流れてはいない。けれど、彼女は死んでいる。――2度と、動かない。

 

 

「もう、いいか?」

 今度は彼女に向けて、ゾロは呟いた。この国の兵はもう、ゾロしかいない。皆、攻め入ってきた隣国の者達に倒されてしまった。

 仕えてきた主(あるじ)達も、護るべき部下達も、ゾロにはもう、何も無い。己ひとり生き永らえる意味も無い。敵国に捕まり屈辱の日々を送るぐらいなら、ここで死んだ方がマシだ。

 けれど、自害はできなかった。与えられた命を自ら絶つのは、この国の禁忌。天井に描かれている神が許さない。

 だから、ゾロはたった独りとなってもここで戦った。敵に斬られて負けることは確かにこの国の兵として恥だが、本気で殺(や)り合った結果が死ならば、それは運命であり、本望だ。

 なのに、向かってくる敵兵達は次々とあっさり自分に負けてゆく。

 何故だ?何故殺してくれない?

 ――自分はもう、終わりにしたいのに。

 

 返事の無い娘の遺体を数秒見詰め、ゾロは立ちあがった。愛剣を手に、敵味方混ざり合った屍を踏み越え、彼女との距離を取る。

 もう、うんざりだった。このままゾロが大人しく運命を待っていたところで、きっと、周囲の敵兵の屍の数が無意味に増えるだけだ。ならば、禁忌を犯してでも自ら全てを終わらせてしまおう。

 幸か不幸か、ゾロはこれまで神に祈ったことなど一度も無かった。立場上、祈りや誓いの姿勢を何度か取らされはしたが、それらもあくまでポーズで。神に対して借りもないのだから、自分ばかりが神の言いつけを守る必要もないだろう。

 自分にそう都合よく結論付け、天井で微笑んでいる存在を意識から締め出すと、ゾロは自らに刃先を向けた。この距離ならば、自分の血で姫を汚すこともないだろう。

 あとは、目を閉じて、両の腕と手首の筋肉を動かせば……――。

 

 

「下手に強いっての、ある意味不幸なモンだな」

 

 

 唐突に耳に届いた、声。

 その瞬間には、ゾロは自らに向けていたはずの刃先を相手に向けていた。他者の気配に反応し、剣を構える。それは最早、ゾロにとって反射に等しいものとなっていた。

 階段の最後の一段を上り終えた軍靴が、勿体を付けた動作で血に濡れた床をゆっくりと踏む。何を考えているのか、たった独りで乗り込んできたらしいその男は、銃を背負ってはいるものの手ぶらだった。にもかかわらず、向けられたゾロの剣に怯まないどころか、すぐにゾロから視線を外し、床に転がる屍達を眺める。

「……仲間がどんどん倒れていっても、下手に強いせいで自分ひとりだけ死ねない。かといって、愛国心も強いもんだから、わざと敵に負けて殺されるなんて、自国の兵のプライドを傷つけるようなマネもできねぇ。ほんっと不幸だな、お前」

 男の視線が床からゾロへと上がる。鈍い金髪から片方だけ覗く目。そこからは、相手の感情は何も読み取れない。

 けれど、ひとつだけ推測できることはあった。

「……お前が、サンジか?」

「へぇ。一応そっちでも知られてんのか、おれの名前」

「殺せ」

「あ?」

「てめぇ強いだろ?さっさとおれに向かってきて、さっさとおれを殺してくれ」

 噂に聞いたことがある。兵士でありながら、銃器や剣より蹴り技を好むという、隣国の変わり者。名をサンジ。

 けれど人体の急所を知りつくしたその蹴りは、自らの金髪で片方の視界を覆っているとは思えないほどに正確で、一撃で相手を失神させることも、殺すこともできるという。その戦闘力は、隣国一。

 この男なら。敵国一の強さを誇るというこの男ならば。

 ――自分を、殺せるかもしれない。

 

 ゾロの睨むような視線を真正面から受け止めた男の反応は、「殺してくれ」と言われた者にしては、少々変わっていた。

 演技がかった動作で肩を竦めると、小さく溜息まで吐いてみせる。

「そーだな。確かにてめぇの言うとおり、こっちの陣じゃ、強さはおれがトップだ。こりゃ自慢じゃねぇぜ?単なる事実だ。つまり、てめぇを殺せる可能性が一番あんのは、おれだわな。――けど」

 タタン、と石の床がリズミカルな音を立てた。

 次の瞬間には、目の前に男の顔。

「悪ぃけどおれ、そんな優しくねぇから」

「……何だと?」

 瞠目しかけたのを意地で堪え、ゾロは相手を睨みつけた。

 ゾロと入口の間に散在していた屍6つを一瞬で飛び越えてきたその男は、音に反応して構え直されたゾロの剣先に、わざとのように顔を近づけ嗤う。

死にたがってる奴を『ハイ、そうですか』ってわざわざご希望通り殺してやるほどおれは優しくねぇ、って言ってんの

「っ!?ふざけんなっ!」

 思わず怒鳴り、剣先を更に突き付けるが、男はひょいと背を反らして避けるだけ。切っ先からは少し離れたが、ゾロとの距離は相変わらず近い。

「別にふざけちゃいねぇーよ、これはマジだぜ?おれの性格の捻くれ具合は、味方の奴らも認める筋金入りだ」

 いっそ自慢げに嗤うその顔に、無意識にゾロの剣を握る手に更に力がこもる。

 ふつふつと沸き上がる怒気に、もう一度怒鳴り散らしてやろうと口を開いたゾロはしかし、不意に口を噤んだ。

「ん?なんだよ、どうした?」

「……『殺すな。おれはまだ死にたくねぇ』」

「あっそう。そんじゃ、『きーっく』」

「ぐっ!」

 わざとらしい棒読みの掛け声と共に、中途半端に手加減された蹴りがゾロの鳩尾を襲った。激烈な痛みと吐き気がするだけで、そのくせちっとも楽にはなれない。最低だ。

 生理的に滲んだ涙目に構わず、ゾロは片膝を着いたまま相手を睨み上げた。

「……てめぇっ、ふざけんのもたいがいにしろよ!何のつもりだ!?本気で殺(や)れ!!」

「はぁ?ふざけてんのはてめぇの方だろ?おれはな、相手が“本気で望んでること”を邪魔すんのが好きなワケ。本気で言ってねぇ奴相手に、何でおれだけ本気を出してやらなくちゃならねぇーんだよ?バカバカしい」

 ゾロを見下ろし、男が小さく鼻を鳴らす。冗談でもなければ、ゾロをからかっているわけでもない。心の底から本気で言っているようだ。

 理解した瞬間、ゾロは一気に全身の力が抜けた。

 駄目だ、何を言っても何をしても、この男はきっと、ゾロの望みを叶えはしない――。

 

 立ち上がる気力さえ失せ、ゾロは口元だけを歪めた。

「お前……最悪だな」

「だろーな。よく言われる」

 一瞬でもこんな男に頼ろうとした自分が馬鹿だった。ゾロは少し前の自分を呪った。頭上から神が見ていようがなんだろうが、自分はさっさと禁忌を犯すべきだったのだ。

 もう迷わない、問題ない。このままこんな男に捕まるぐらいなら、今度こそ自力で終わらせる。

 

 決意したゾロは、剣を握ったままの右腕を持ちあげた。それまで脱力していたとは思えぬ素早さで、剣先を自身に向ける。しかし、横から高速で現れた敵の色をした軍靴がそれを弾き飛ばした。

 構わず傍らの屍の手から剣を奪い取る。それもまた弾かれた。

 舌打ちする間さえ惜しんで次の剣に手を伸ばす。今度は手に触れる前にそれが蹴り飛ばされた。その右脚を、ゾロはすかさず右手で掴む。

「っ!」

 片脚立ちで瞠目する男に、ゾロはニヤリと嗤った。最期にようやく、そのいけ好かない涼しい表情を崩しやがった、まあみろ。

 内心で吐き捨てながら、空いている手で素早く新たに剣を拾い、迷わず己に突き立てた。

 

 あぁ、これでやっと……――。

 

 

 そのまま途切れるはずだったゾロの思考は、途中で浮上した。おかしい。来るべきはずの衝撃が身体にこない。いや、左腕の動きを何かに遮られて――。

 目を開く。刀身の銀と、そこに元々こびりついていた血の赤。その上に、新たな赤がじわじわと流れてゆく。

 けれどそれは、ゾロのものではなくて。

「何やってんだてめぇ!邪魔すんなっ!!」

 思わず走った震えが、怒りからなのか動揺からなのかも判らぬまま、ゾロは射殺さんばかりに右上の顔を睨み上げた。が、その瞬間、不覚にも小さく息を呑む。

 ゾロに右脚を捕らえられたまま無理やり左手を伸ばし、刀身を掴んでいる男。その顔は、これまでの飄々とした態度とはまるで別人で。

「……ふざけんのはその奇抜な緑頭だけにしとけよ、マリモヘッド」

 地の底から響くような、低く冷めた声が落ちた。初めて男とまともに視線が絡む。

 相手の変わり様(よう)に、ゾロの手が僅かに緩んだ。その隙を逃さず、男は右脚を下ろしゾロに向き直るが、震える刀身の左手は離れない。

「何度も言わせんな。おれは、相手が本気で望んでることを邪魔してやるのが好きなんだよ。目の前に本気で死にたがってる奴がいたら、死なせねぇようにするに決まってんだろ

 瞬間、伸びてきた男の右手に胸倉を掴まれ、ゾロは半身を引き上げられた。反動で手から剣が滑り、耳障りな音を立てて足元に落下する。その流れのまま、まるで秘め事を囁くかのように、互いの顔を至近距離まで近づけられた。

「そんなにおれに殺して欲しいなら――幸せになれ」

「何?」

「敵国に捕まろうが、そこで屈辱の日々を過ごそうが、おれらの監視下でとにかく生きて、意地でも『めちゃくちゃ幸せだ』って思えるモンを見つけろ。そんであまりの幸せぶりに、『あぁ、死にたくねぇ』って本気で思ってみせろ」

 

 そうしたら、おれはすぐにお前を殺してやるよ。

 

 

 

 囁くように言って、男が両の口端を上げる。

 そこにいたのは、一度も頼ったことのない神よりもずっと厄介な――慈愛に満ちた笑顔の悪魔だった。

 

 

 

 

あとがき

 64846打という、左右対称番を踏んでくださったはっぴー様から頂戴しました、「サンジとゾロでパラレル話。対立する敵国の兵士同士で、できればサンジがかっこいいと嬉しい。」というリクエストで書かせていただきました。

 原作やアニメを離れたパラレル話を書いたのは、ワンピに限らず今回が初経験でした。ど、どうでしょう…、二人のキャラが別人になっていないといいのですが…!(どきどき) そして管理人の「かっこいい」の定義はちょっとズレいる気も。果たしてこのサンジ君は「かっこいい」になるのだろうか…?

 あ、ちなみにこの話のサンジ君は料理人ではないですが料理好きなので、やっぱり両手は大切にしています。蹴り技を極めた理由も同じです。そんな彼が、左手を犠牲にしてまで剣を止めた…ということの意味を、ゾロは後でちょっとでもいいので考えてください。(←業務連絡か)  あと、ゾロの国のお姫さまの名前は出していませんが、くいなさんのイメージでした。

 色々とツッコミどころ満載ではありますが(苦笑)、こんな話でよければ受け取ってやってください。リクエストありがとうございました!

 

 

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