ひらひら、ひらひら。

 お空から、いろんな色の紙が降ってくる。

 レースに出る人もお客さんも一杯で、あちこちからいろんな人の声がする。

 とってもカラフル。とっても賑やか。

 どきどき、わくわく。

 今日はいよいよ、ドラゴンフライレース本番。

 

 

Stealthily

 

 

「レース出場者の方ですか?」

 モコナと小狼とファイの三人で受付に向かったら、そこに立っていたお姉さんが声をかけてきた。胸に知世の会社とおんなじマークが付いてるから、きっと係りの人だね。

「はいー、そうですー。エントリーしたいですけど、ここでいいですかねー?」

 ファイがにっこり笑顔で訊いたら、お姉さんもにっこり笑顔で答えてくれる。

「ええ。ですが、窓口が二つに分かれています。右側の窓口で出場者の名前とエントリーナンバーを、左側の窓口で出場機の名称を登録して下さい」

 ええ?ドラゴンフライにもお名前つけるの?

 小狼も、モコナみたいに不思議に思ったみたい。小狼が小首を傾げたから、肩に乗ってるモコナに小狼の髪がちょっと当たった。ふふ、くすぐったー

「機体にも、名前をつけるですか?」

「えぇ、基本的にレース中の実況は、機体名で行われますので」

 

 

 お姉さんから一通り説明を聞いて、モコナたちは窓口のある方に向かったの。

 どっちの窓口にも、いっぱい人が並んでて、ファイも小狼も困ったような顔になってる

「これは、二手に別れた方が早いかもねー。小狼君、どっちの窓口に行く?」

「おれはできれば……――」

「名付けといえば、やっぱりファイなの〜!」

 モコナが小狼の肩からファイの方にピョーンって飛んだら、ファイがちゃんと両手で受け止めてくれた。ファイ、ナイスキャッチ。

「あぁ、桜都国でのことー?まぁ、オレは別に構わないけど、小狼君は?」

「えぇ、おれもそうしてもらえると有り難いです。いい名前が浮かびそうにないので」

 小狼が頷いたら、ファイがちょっと悪戯っぽく笑った。あ、ファイったら、何か企んでる

「いいのー?また、『ちっこいワンコ号』とかになっちゃうかもよー?」

「えっ!?」

 あはは。小狼、ほんとにびっくりしたみたい。目がドーナツみたいにまん丸になってる

 ファイも可笑しかったみたいで、クスって小さく笑った。

「うそ、嘘。冗談。とりあえず今回は、ワンコとニャンコは封印しとくよ」

 なーんだ、ワンコとニャンコ、使わないだ。ちょっと残念な気持ち。モコナ、あれ結構好きなのに

 だけど小狼は、ホッとした顔してる。そんなにワンコが嫌なのかな?あ、黒鋼がまた怒りそうだからかな?

 でもそうだね。小狼のドラゴンフライ、ワンコっていうより……――。

 

「モコナはどっちに行くー?」

 モコナがいろいろ考えてたら、ファイが見下ろしてきた。海みたいな蒼いお目めに、モコナ、ちょっぴり胸を張ってみる。

だってね。

「モコナ、小狼のドラゴンフライにピッタリの名前、思いついちゃった!」

「へぇ。どんな名前なんだい?」

 隣から小狼も訊いてくるけど、モコナはお口に手を当てて、「うふふ」って笑う。

「それは、レースが始まってのお楽しみなの!」

 だって、その方がわくわくするでしょ?

 小狼はちょっと驚いたような顔したけど、すぐにいつもみたいに笑って、

「そっか。じゃあ、楽しみにしてるよ

って、頭なでなでしてくれたの。えへへ、嬉しいな。

「じゃあ、モコナはオレと一緒に左の窓口だねー」

「それでは、また後で」

 離れていく小狼にバイバイって手を振って、ファイの手の平から肩に飛び移った。

 

 

 

 ドラゴンフライにお名前つける、左の窓口。いろんな人が並んでて、中には見たことある人もいる。侑子が言ってた「同じだけど違う人」だね。

「レースに出る人、一杯だね〜」

「そうだねー。この分だと、ちょっと時間がかかるかも。早めにエントリーしに来てよかったねー」

「ねー」

 ちょっとだけ、ファイの真似をする。

 本当、始まる直前だったら、焦っちゃうもんね。

「ねぇねぇ、ファイ。今並んでる間に、みんなのドラゴンフライのお名前、考えようよ!」

「あ、それもそうだねぇ。じゃあ、モコナは小狼君のと……せっかくだから、オレのドラゴンフライにも名前をつけてもらおうかな。自分で自分の考えるのも何だしねー」

「そっか、半分ずつ考えるだね!」

「うん、そういうことー」

ファイがにっこり笑う。小狼のもう決めたけど、ファイのドラゴンフライ、どんなお名前がいいかな?

ファイにぴったりのもの、考えてあげたいな。

 

「うーん、サクラちゃんの……」

肩に乗ってるから、すぐ隣でファイの唸る声がする。サクラのドラゴンフライの形を思い出してるのかな

どきどき、わくわく。

モコナもサクラと一緒のに乗るから、余計に気になっちゃう。

「羽あり卵って感じかなー。『ウィング・エッグ号』なんて、どう?」

チラッ見下ろしてくるファイが口にしたのは、とってもとっても素敵な名前。

「いい!すっごくかっこよくて、可愛い名前!」

 ぴょんぴょん飛び跳ねながら言ったら、ファイが「かっこいいけど可愛いの?」って苦笑した。

 あれれ?ちょっと変だったかな?でも本当にそう思っただもん。

 すっごくすっごく、いい名前。

「まぁ、気に入ってくれたならいっかー。じゃあ次は」

「黒鋼のだね!」

 黒鋼のドラゴンフライは、サクラのよりずっと大きくて、羽の形がコウモリさんみたいになってる

「黒ぽんはなぁー……。顔も怖いのに機体も結構怖い感じだから、名前ぐらいは可愛くしてバランスとらないとねー」

うーん、ってファイがちょっと唸る。ワンコは使わないって言ってたし、どんな可愛いお名前になるだろう?

ファイの顔を覗き込もうとしたら、ファイが、ふっと顔を上げた。危ない危ない、頭をゴッツンするところだった。

「よし!決めた!黒様の、『黒たん号』!!」

「あ!それって、ファイが黒鋼に最初につけた渾名だ〜!」

「へぇ、よく覚えてたね。そうだよー。やっぱり特別な名前には、記念すべき最初の渾名がいいかと思ってねー」

 うん、そうだね。大事なドラゴンフライの名前だもん、特別なものにしなくちゃね。

 可愛い名前だし、黒鋼の反応もちょっと楽しみ。やっぱり、いつもみたいに怒るのかな?

 

「モコナは小狼君のやつ、もう決めてあるだよね?どんな名前なのー?」

 並んでる列が進んで、ファイが数歩分歩きながら訊いてくる。ゆっくり歩いてるのは、肩に乗ってるモコナに震動がこないようにかな

「あのね、小狼のドラゴンフライは『モコナ号』なの!」

 両手を腰にあてて、ちょっとエッヘン!って感じで言ったら、ファイはきょとん、って顔をした。

「え?モコナ号?でも確かモコナは、サクラちゃんと一緒に乗るじゃなかった?」

「うん、そうだよ。でも小狼のドラゴンフライは、羽がモコナのお耳みたいにヒラヒラしてるでしょ?だから、モコナ号なの!」

 モコナのお耳をピクピクさせながら説明したら、ファイが笑ってくれた。納得してくれたみたい。

「へー、成る程ね。じゃあオレのやつはー?」

 訊かれて、ちょっと考える。

 ファイのも黒鋼のドラゴンフライみたいに大きいけど、形はそんなに怖くないの。それに、前についてる二つのライトは、ちょっと何かのお目みたいにも見える。

 どうしよう?ファイが乗るドラゴンフライのお名前、モコナも特別な名前をつけてあげたい。

 うーんと。

 えーっと。

 ……あ、そうだ!

 

「ツバメさん!『ツバメ号』っていうのはどう!?」

 ファイに言ったら、「んー?」ってファイが小首を傾げる。ファイはモコナのいない方に首を傾げたから、髪の毛もそんなに当たらなかった。

「つばめ……って、何―?」

「知らないの?暖かい所にくる鳥さんの名前だよ」

「あぁ、それでかぁ。オレの元いた所は、ずっと雪に閉ざされてたからなー」

 ファイがちょっと苦笑する。

 そっか、そうだったね。それじゃツバメさんも来られないよね。

 じゃあモコナがファイに、ツバメさんのこと教えてあげくっちゃ。

「ツバメさんはね、飛ぶのがすっごく速いの。ファイのドラゴンフライみたいに、ビューンって飛ぶの!」

「あはは、それで『ツバメ号』にしてくれただ?ありがとー」

「ううん、それもあるだけどね」

 ファイに頭をポンポン、ってされたけど、モコナは首を振った。

 確かに、ツバメさんみたいに飛ぶのが速いからっていうのも、理由の一つなんだけどね。本当は、まだ理由があるの。

「あのね、ツバメさんは おうちに巣を作るの!」

「おうちって……人が住んでる家?樹の上とかじゃなくて?」

 ファイが蒼いお目めをパチパチさせる。うふふ、驚いちゃった?

「うん、そうなの!面白い鳥さんでしょ?」

「へー、ほんとだねぇ。……でも、それがどうしてオレと関係あるの?」

 不思議そうなファイに、モコナはさっき小狼にやったみたいに、笑ってあげた。

「それはー、モコナだけの、ヒ・ミ・ツ!」

「……」

 ファイは一瞬、「え?」って顔したけど。でもすぐに笑って、

「もー、モコナってば、ほんとに焦らし上手―」

って、モコナにほっぺスリスリしてくれたの。ふふ、くすぐったー

 無理やり聞きだそうとしないファイのこういうところも、モコナ、好きだよ。

 

「次の方、どうぞー」

 あれれ?お姉さんの声がする。モコナたちの番がきたみたい。

 ファイの肩から窓口の台に飛び降りて、モコナ、真っ先にお姉さんに言ったの。

「あのね、モコナたちは、『ウィング・エッグ号』と、『黒たん号』と、『モコナ号』と、『ツバメ号』なの〜!」

 窓口のお姉さんは、びっくりした顔でモコナのこと見てて、ファイはいつもみたいにニコニコ笑ってた

 

 

 

あのね、モコナ思うの。

ツバメさんって、寂しがりやさんなんじゃないかなって。

だから、人がいる所に巣を作るじゃないかな?

 

 ファイにもね、ツバメさんみたいなところ、あるの。寂しいって気持ち、あるの。

 でもね、ファイもちょっとずつ変わってる。寂しい気持ちもあるけど、桜都国の時よりもずっと、サクラみたいなあったかい感じが増えてきてるの

 だからね、ファイに もっともっと変わってほしい。

 ツバメさんみたいに、寂しい時や人恋しい時は、人のいる所に行ってほしいの。

 ファイはまだ、そういう時に我慢しちゃうから。

 

 

 『ツバメ号』にはね、モコナのそんな気持ちも “こっそり”入れてあるだよ。

 

 

 

 

 

 

あとがき

 ……む、難しい。モコナ視点の文体、ここまで悩むとは。

 『ツバメ号』の由来、大捏造でした。(苦笑)ちなみに、ツバメが人家に営巣する本当の理由は、ツバメ自身が戦うことの苦手な鳥だからのようです。小さめの体、短い口ばし、威嚇のための声もなく、巣を守るにはあまりにも力が足りない。そこで、人間の力を利用して巣を守ろうと、家の軒下などに巣をつくっているそうです。賢いですよねー。

 

 

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